第14話



 ――そして、一夜明け。


「ん~~~……!」


 俺は、『八咫烏』の大屋敷内の一室で目を覚ました。

 ふかふかの布団から起き上がり、ぐぐっと背伸びする。


「いやぁ九尾、布団ってこんなに気持ちいいんだな……! 土の寝床とは大違いだぞ」


『うむぅ、これは我も溺れてしまうぞぉ……!』


 枕元を見れば、そこには赤ん坊用の布団にくるまった九尾がグデグデしている。

 俺も九尾も土の上で寝てきた者同士である。布団に入ってからはしばらく快適すぎて眠れず、いざ意識が落ちたら朝までぐっすりだった。


「にしても、悪いな九尾。なし崩し的に陰陽師として働くことになってしまった。お前、陰陽師に封印されたんだろ?」


『あー、別にかまわんわ。我を封じた“安倍 晴明”はとっくの昔に死んでるからな。そして我の復活を果たすには、ここの組織力を借りたほうがよい』


 ――妖魔を食い殺した果ての、九尾の復活。それが俺たちの目的だ。


『……ちなみにシオンよ。我が肉体を取り戻せば、貴様は内側から弾けるかもしれんと言ったよな? つまりは死だ。そうなっても、まだ構わんか』


「ん? それは――」


 もちろんだ、と言おうとしたところで。

 ふいに舌に、浅草のうなぎの味が蘇った。


「……もちろんだ」


 少し遅れて、答えを返す。

 俺は九尾のおかげで生きてる身だ。だからコイツが“生き足掻け”と言ってくれたから、俺は生きようと思ってここまで生きた。

 だから、“やられたらやり返せ”の理屈で行けば、九尾に命を捧げても不満も文句もない。


『ふん……っ』


「ん?」


 答えた俺に、なぜか九尾は鼻を鳴らした。小さな少女の顔を背け、俺から視線を外してしまう。かなしい。


「どうしたんだ、九尾? 俺、大人しく死ぬって言ってるんだぞ? 嬉しくないのか」


『チッ、うるさいわ! ……ただ、まぁ、アレだ。変なことを思い付いてしまってな』


 変なこと、だと?


『ほれ。あの真緒マオとかいう妙に乳だけ突き出たメスがいるだろう? あの怖いヤツ』


「いるな」


 怖くないが。優しいが。


『アイツの血には、相当な治癒能力がある。それに『フランケン』なる妖魔が、不死化実験を進めているらしい』


 らしいな。


『ゆえに、だ。シオンよ』


 俺のほうに横顔だけを向ける九尾。その真紅の瞳で、ちらりと俺を見る。


『治癒の血か、例の実験の成果。――そのどちらかを貴様が使えば、我が分離しても生きられるかもと思ってな……』


「っ……!?」


 思わぬ言葉に、俺は目を見開いてしまう。

 ……完全に死ぬ気だったし、死んでもいいと思ってたが。

 だが……もし、生きれたら……またあの鰻を食べれたり出来たら……。


『むむっ~! フンッ、我としたことが寝ぼけたことを言ったわッ。おいシオン、我はふかふか布団で二度寝するからな!? 朝飯はここにもってこいよ!』


 そっぽを向いて再び寝入ってしまう九尾。

 俺はその小さな背中に、「わかった」と答えたのだった。



 ◆ ◇ ◆



「――というわけで清明さん。言い遅れたけど、俺の目的は九尾の復活だったんだ。その過程で死ぬ予定だったんだが、もしかしたら生きれるかもってなってな。嬉しくなって報告だ」


「うーん死刑……!」


「え」


 俺の言葉に、清明さんは気まずそうに言い放った。

 え、死刑? え?


「あのね、シオンくん? 僕らの会社は妖魔伏滅機関『八咫烏ヤタガラス』。妖魔を啄む奈落の鴉の群れってわけ。だからねー……大妖魔の復活が目的とか、ちょっとねー……」


 ちらちらと周囲を見る清明さん。

 ちなみにここは、昨日も集まった食堂の一画である。


 なお、昨日と違って蘆屋あしやと真緒はいない。

 なんか二人とも訓練場なる場所で引くほど殴り合いをして、『模擬戦はよくとも私闘は禁止だ!』と訓練長なる人に怒られてしまったらしい。

 で、罰として半日間ぶっ続けの屋敷内清掃。ソレを朝方終えたとのことで、起きてくるのは多分お昼だ。


「周囲に人は……よし、いないね。とにかくシオンくん、九尾復活の目的は大っぴらに言わないこと。じゃなきゃ、現上層部にマジで消される」


「了解だ……」


 清明さんに怒られてしまった。俺は反省が出来る男なので反省だ。

 でも九尾復活は諦めたく…………あれ?


「清明さん、大っぴらに言わないことって――え、それだけか? するなとは言わないのか?」


 それに、『現』上層部ってなんだ? なんで現をつけた? んん?


「さてね~。あぁ、ちなみに妖魔を捕食するなら脳の中心部だけでいい。人と同じくそこが意識たましいで妖気を貯めた大部分だ。それと人体破裂から生き残るには、真緒くんの血よりも『フランケン』の成果を当てにしたほうがいいね。いつか殺したら奪えばいい」


「わ、わかった……」


 さらには助言までくれた。

 う、ううむ。清明さんが何を考えてるか知らないが……でも。


「ありがとうございます、清明さん」


 俺は深々と頭を下げたのだった。

 



 ◆ ◇ ◆



 ――そして、昼頃。

 俺と蘆屋と真緒は、清明さんにより屋敷前の桜並木の入り口に呼び出されていた。


「さて、陰陽師は人手不足だ。特に最近は、偉い人が陰陽師の要人警護サービスなんて始めたものだからね。僕もわりとそこそこ仕事しないといけないくらい忙しくなった」


 俺たち三人――なお蘆屋と真緒は睨み合っている――を前に、清明さんは語る。


「キミたちにも今日からさっそく活動してもらう。……で、昨日はブチキレマン一号二号が飛び出したせいで言えなかった、この班の最終目的を発表するよ」


「最終目的?」


 俺は首を捻る。なお蘆屋と真緒は片目だけで睨み合いながら、もう片方の目を清明さんに向けた。器用だな。


「この班の最終目的――それは」

 

 

 ――大妖魔組織『天浄楽土』の殲滅だ。

 

 

 

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