第8話




「――ご機嫌よう、少年。僕の眼に狂いはなかったね。やはりキミは、至上の才能の持ち主だったよ」


 俺の斬殺を止めた人物。それは俺に『陰陽魚』なる玉を飲ませてくれて、巫装の力を与えてくれた人、清明さんだった。

 彼がいなければ九尾の“やられたらやり返せ”という要求に応えられなかったかもしれない。そう考えたら、とんでもない大恩人だ。お礼をせねば。


「ありがとうございました、清明さん。今の俺があるのはアナタのおかげです」


「うんうん」


「あとで食事でも奢らせてください。すぐに蘆屋あしやを斬りますので」


「うんうん――うんッ!?」


 というわけで刃を振り上げたところで、清明さんは「待て待て待て待ちたまえッ!?」と俺を羽交い絞めにした。なんなんだぜ?


「いやシオンくんッ、戦いは終わりだよ終わり! 妖魔だと勘違いされて襲われたようだが、キミが人間なことは僕が証明するからっ!」


「でもコイツ、俺を殺すぞって。これはやり返し案件では?」


「その案件一旦中止ッ! 彼にはあとで謝らせるからっ!」


「一旦って何秒くらいですか?」


「えっ!? じゃ、じゃあ100万秒くらい!」


 ふむ、100万秒か。学に乏しいため何日後くらいかは判らないが、まぁ地道に数えてみるとしよう。


『……』


「すまない九尾、清明さんは恩人だから言うことを聞くことにした。だが、一番はお前だからな? 絶対に99万9991秒後に斬るから。だから……九尾?」


『ん、あぁすまぬ。聞いてなかった』


 え、へこむ。


『しょぼくれるな。……貴様の恩人の清明という男。顔立ちも名前も、気に入らぬヤツにそっくりであるがゆえな……』


 懐から這い出て、清明さんを睨む九尾。清明さんのほうも九尾を見返し、「ほう」と呟いた。


「これはずいぶんと小さくて可憐な乙女レディだ。まさに人形のようだと思ったが、発汗までしているね。妖魔平賀ヒラガの製品か。僕好みの西洋風だ」


『黙れ、身体のことは言うな不愉快だ。それよりも貴様……“安倍 晴明”の子孫だな? 我を地の底の結界から出られなくしたあの……ッ!』


 出られなくした? ……ふむ、なるほど。なんで九尾が穴の底にいたのかと思ったら、あそこが家とかじゃなくて閉じ込められていたのか。じめじめしてて圧迫感あるし、好きであんな所に住む理由はないしな。

 ……あれ? そう考えると、もしや俺の家である牢も、あそこに住ませてもらってたんじゃなくて閉じ込められてたってことか……!? むむむ。


「大変だ九尾、やり返し案件発生だ。村人たちを監禁してくる」


『ってどうしたシオンッ!? よくわからんが話し中だから待て!』


「待つ」


 九尾の言葉は絶対だからな。


「――九尾、と呼ばれていたね。なるほど、キミが平安の大妖魔か。かの晴明でも葬れず、封印したという存在」


『ふん……大妖魔だったのは昔の話だ。人間エサもほとんど食えなくなり、すっかり衰え切っていたわ。貴様ら陰陽師も、さっさと狩りに来ればよかったろうに』


「あぁ、それは無理。封印箇所の情報が、失伝しちゃっててさ」


『は?』


 そんな重要な情報、消えるわけが――と、九尾が言っていた時だ。

 眼鏡の陰陽師、天草さんが「お~い……!」とよれよれになりながら駆けてきた。


「はぁーッ、ハァーッ……! ま、まったく大いに暴れてくれましたねぇ……。『封鎖結界』の拡大にどれだけ駆けずり回ったか……」


 汗まみれの天草さん。その懐から何枚かの『札』が落ちた。

 ああ、いつの間にか周囲から人が消えたと思った時、地面にちらほら落ちてたモノだ。

 そういえば蘆屋――というより【喰密刃クラミツハ】と暴れ回った時、どこに行っても人がいなかったな。この人がその札を撒いてたからなのか。


「ふぅ……。キミたちが戦い始めた直後、しれっと現れた清明さんから話は聞きましたよ。シオンくんとやらが人間であると」


「人間です」


「実際に術式巫装も使えるようですしねぇ。ソレは人にしか使えませんから。……しかし」


 じろっ、と。天草さんは清明さんのほうを睨みつける。


「清明ッ! アナタ、貴重な『陰陽魚』を何勝手に飲ませてるんですか!? もう数がないんですよ!?」


「いいじゃないか天草さん。シオンくんは逸材だったろう? 彼は心強い戦力になるよ!」


「だとしてもッ、本部への報告・連絡・相談は必要でしょう!? それがなかったせいで無駄な戦闘で仕事が増えてっ……ああああああ胃が痛いッ!」


 ……仲がよさそうだなぁと思った。

 まぁ俺と九尾のほうが仲いいがな。負けないがな。

 あと【喰密刃クラミツハ】ことミっちゃんとも仲いいもんな。


「ミっちゃん、また戦おうな……!」


 “ッ~~~!”


 あぁいいだろう、次こそは決着を付けるぞ宿敵よッ! ――的な鳴き声を出すミッちゃん。

 うん、カラッとしてて男らしくて大好きだ。ちなみに蘆屋は気絶してた。


「ってアナタはなんで暴走した巫装と仲良さそうなんですか……。はぁぁ……情報処理班への報告が今から憂鬱ですが、今はとにかく……」


 天草さんは眼鏡を上げ直し、俺に言った。


「アナタには色々と用があります。なので」


 ――陰陽師たちが本拠地、『八咫烏ヤタガラス』へと来てもらいます。


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