第7話




「斬る」


「えっ」


 殺すと決めて0.1秒。俺は蘆屋あしやの目の前にいた。

 0.2秒。双刃の柄を逆手で握り、居合抜きで彼の首を――、


「ちょッ――うッ、うぉおおおおおッ!?」


「む?」


 瞬間、蘆屋の衣服が蠢く。影に染まったえりが立ち、俺の刃を防いだのだ。

 さらに今度は蘆屋の腕が釣り上がり、俺を殴り上げようとしてきた。まぁ飛び退いて避けるが。


「なるほどな」


 よくわかった。

 こいつの巫装ぶそう、【喰密牙クラミツハ】の能力は『影を纏った衣服の硬質化および』だ。


 硬さに関しては襟で刃を防がれた時点でわかった。

 だが、勝手に衣服が動いたのは蘆屋の意思じゃないだろう。本人は完全に反応出来ていなかったからな。

 そして殴りかかってきた動きも不格好だった。棒立ちの本人を衣服の腕部分だけが無理やり動かしたのだろう、おかげであっさり避けることが出来た。

 考察完了。刀を握ると頭が冴えるな。よし。


 

「斬る」


 

 斬撃を再開する。一瞬にして再び迫り、首から上を攻めて攻めて攻め続ける。


「おッ、おいおいおいおいッ!?」


 腕で守り続ける蘆屋。今度は衣服と本人の『生きる』という意思が合ってか、かなりの精度で防がれてしまう。

 さらに蘆屋は大きく飛び退く。全身に衣服という名の外筋が付与されたおかげか、瞬く間に距離を取るが……、


「斬る」


 斬撃瞬動。大気を斬って刹那の真空を生み出し、空気が戻る現象を利用して踏み込む。


「ってなんだそりゃァ!?」


  

 ――かくして、浅草を舞台に追走劇を開始した。

 

 

「斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る」


「うぉおおおおおおおーーーッ!?」


 斬殺斬殺斬殺斬殺。考えることはそれだけだ。

 華やかな街を疾駆する。駆けて駆けて駆け抜けながら何度も刃を敵にぶつけた。

 術式巫装は展開しない。加減ではなく、展開に必要な一瞬の集中と時間があったらソレは斬撃に回したほうが良いと思ってだ。

 何故なら斬れる。このままなら斬れる。

 腕で頭部を庇われ続け、鉄の鳴るような音が響くも。数秒のうちに何度も何度も何度も何度も、何度も斬って、甲高い音を響かせ続ければ――ほら、


「ぐぎィッ!?」


 鉄の音階に混ざる水音。逃走しながら相手が叫んだ。

 隙間を縫って敵の頬を斬り裂いたのだ。ついに相手の自動防御が、俺の斬撃に遅れ始めた。

 戦闘開始から


「斬る」


「ひッ!?」


 今度は殺すと振るった刃。されど斬撃を空を切る。

 ――成る程賢い巫装のようだ。防御を諦め、本体を無理やり伏せさせたのか。

 そして今度は腕を地につき、脱兎の如く蘆屋は跳ねた。向かう先は二階建ての民家の屋根上。回転しながらそこに着地するのと同時、蘆屋の片足が


「おッ、おい喰密牙クラミツハァッ!?」


 喚く絶叫。股関節から響く脱臼音。

 悲鳴と共に蘆屋の脚は、己が背中に密着する角度まで振り上げられた。

 次瞬、烈蹴。極限まで溜められた力が解放され、つま先が民家の瓦屋根を蹴り穿った。

 豪速の残骸が雨の如く降り注ぐ。


「アァァァアアーーーーッ!?」


 俺ではなくて蘆屋の口から声が上がった。 

 どうやら蘆屋、巫装が暴走してしまったらしい。

 足を振り上げた時は言わずもがな、蹴った時にも足の先から破骨音がしたしな。


「なるほど」


 自律行動も考え物だ。下手に巫装に意思がある分、俺が斬る斬る追い詰めてたら、生存本能からプッツンしちゃったのか。

 邪魔な蘆屋への気遣いも捨て、全力で俺を殺してやろうと。つまりは俺のせいなのか。すまん。

 まぁ。


「斬るが」


 残骸の雨を斬り刻む。千の破片を億のちりへと即時斬殺。九尾の猛攻に比べれば余裕。


 さぁ、ここからは強者の【喰密牙クラミツハ】が相手だ。

 拙速よりも、確実に斬ろうか――!


 

「巫装展開」


 

 そして舞い散る粉塵の中。

 戦闘態勢を取る蘆屋の影と、「お前らやめろォッ!」と叫ぶ彼の声を感じながら。


 

「術式巫装――【黒羽々斬クロハバキ】」


 

 全て斬るべく、仮面と黒刃を顕わにした――!



 

 ◆ ◇ ◆



「楽しいな」


「ぎゃああああーーーーーーーーッ!?」


 激突し合う刃と影衣。雌雄を競う斬撃欲と闘争欲。

 まさに男と男の戦いだ。俺が刃を振るうたびに、【喰密牙クラミツハ】が拳を振るうたびに、浅草の街に鋼の音と蘆屋の絶叫が響き渡る。

 あぁ楽しい。今や俺たちは屋根を駆け、何度も何度もぶつかりながら互いの力を高め合っていた。蘆屋は泣いてた。


「やるなミッちゃん、これでも喰らえ」


 放つ斬撃空衝刃。あえて刃の『峰』を振るい、圧された空気を斬撃として飛ばした。


 “ッ――!”


 しかしミッちゃんも負けてはいない。

 声なき声と共に超高速で拳を振るい、あちらも空気の拳撃を飛ばした。見えない剣と拳がぶつかり、轟音と蘆屋の手首の脱臼音が響く。

 ふむ、中距離技を編み出したのだが効かないか。もどかしいのにそれが楽しい不思議な気分だ。

 ミッちゃんも同じ気持ちなのか、いつからか『フッ、やるな人間……ッ!』って具合に衣服に浮かんだ獣の口を笑ませるようになってきた。


「もっとやろうかミッちゃん」


 “ッッッ――!”


「――もうやめてくれぇええええーーーーーッ!?」


 微笑む俺とミッちゃんと、あと泣きながら吠え叫ぶ蘆屋おまけ


 あぁすまない九尾。俺の神にして親友よ。

 お前こそ生涯唯一の友だと思ってたが、どうやら二番目の友が出来そうだ。なんだか気が合うんだよ。


『獣モドキと合うって、貴様の気とやらおかしいぞ……?』


 呆れ声の九尾さん。たぶん嫉妬してるんだろうわかるよ。

 

 さぁ、こうしてせっかく出来た友だ。

 だからこそ、全力で。


「斬るぞ」


 そして――ついに命を奪う時が来た。

 巫装となって切れ味を増した俺の刃。それを防ぎ続けた【喰密牙クラミツハ】の腕部分が、ついに裁断されたのだ。

 露わとなる砕け散った蘆屋の腕。当然生身だ。あれなら次は防げまい。使い手が死ねば巫装も動かなくなるはずだ。

 じゃ。


「斬る」


「ァアアアアアアアアーーーーーーーーッ!?」


 かくしてさらばと、今度こそ頭部を斬り落とそうとした――その瞬間。

 

 

そこまでストップだ、少年」

 


 俺の腕を掴む、長身の男。

 気付けば俺の隣には、恩人と呼ぶべき人物が立っていた。


「どうもです、清明さん」


 ――安倍 清明。


 俺に、ハジマリをくれた人である。


 


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