第6話


「それじゃあシオンくん、すまないが彼らと戦っておいてくれ」


 そう言うや、平賀ヒラガの足から鉄の音が鳴り響いた。

 なんと彼女のかかとが『変形』し、黒い車輪が現れたのだ。カッコいい。


「気を付けるようにね。あの者たちこそ、『陰陽師』。妖魔専門の狩人ハンターなのだから」


 車輪が猛回転すると、一瞬にして平賀は街を爆走していく。彼女の背中が見えなくなるまで、ほんの数秒しかかからなかった。すごいなぁって思った。


 

「……うーん。戦えって言ってもなぁ」


 

 俺は陰陽師たちのほうを見る。


 突如として現れた二人の男。

 共に黒を基調とした洋服の――清明さんと同じような恰好をした者たちだ。


 よし、とりあえず挨拶してみよう。


「こんにちは、四条 シオンといいます。平賀さんには足止めをお願いされましたが、正直やる気がありません」


 二人に本音をぶっちゃける。

 だって、人形をもらった対価に危険な奴らと戦ってほしいっておかしいもんね。


 強敵と戦えば、命を失う可能性がある。

 そして俺が死んだら、せっかく身体を手に入れた九尾まで死んでしまうということだ。

 それじゃあ意味がないだろう。というわけで平和主義な俺は戦わず、平賀さんには代わりの対価として今度うなぎでも奢ってあげようと決めました。

 お金ならラクに稼げるからね。弱い盗賊ボコボコにして。

 

「俺は善良な人間です。凶悪な力で弱き人間を傷付けるという悪い妖魔は許せない性質たちです。陰陽師様たちの敵では、決してありません。というわけでさらば」


「おい待てぇ」


 ――さらばしようとした瞬間、陰陽師のチンピラっぽい人のほうに呼び止められた。なんでだ。


「……妖気でわかるぜェ。おい侍モドキ。お前、『憑依型』の妖魔だろ?」


「ひょういがた?」


「しらばっくれんじゃねぇッ!」


 ひえ。今度はなぜか怒鳴ってきた! どゆことー!?


『……妖魔には、英霊型のほかに憑依型というのもあってな。人間を殺して中身を抜き、そこに入りこんで容姿も名前も地位も奪ってしまうのだ。そいつらと間違われたのだろう』


 こそこそと話す九尾さん。

 いつの間にやら、俺の懐の中に隠れていた。

 あー、そういえばこいつも陰陽師を厄介がってたもんなぁ。


『考えてみれば、我とシオンの状態は憑依型にかなり近いからなぁ。勘違いされても仕方ないわ』


「弁明する方法は?」


『ない。陰陽師共は殺すと決めたら一直線だ」


「やばいやつじゃん」


『貴様が言うな。……あと実際に妖魔われを宿しているしなぁ、逃げれんよなぁ。はぁ~~不幸だぁぁ……! こんなにも早く陰陽師に見つかるとは思わなかったわ。おのれ平賀めぇ……!』


 小さな身体をプルプルさせる九尾が可愛い。

 なるほどなるほど、とにかく今はかなりやばいのか。


「――オイ、何を下見て話してやがるッ!? 昼飯に食った胃の中の人間と会話中かぁ!?」


「俺の昼飯は鰻だが」


「って妖魔がンなもん食うかボケェッ!」


 さらにブチキレてくるチンピラさん。お昼の内容にまでキレてくるとは驚きだ。羨ましいのかな?

 彼は「舐めやがってッ!」と叫び、拳をこちらに向けてきた。


「……オレの名は蘆屋 鋼牙あしや こうが。妖魔伏滅機関『八咫烏ヤタガラス』の二等陰陽師だ。そして」


 隣りの男に視線を向けた。

 眼鏡をかけた、どうにも気弱そうな男性だ。


「――特等陰陽師、天草 什造あまくさ じゅうぞうと申します。……ちなみにこうして名乗るのは、人間われらの恐れから生んでしまった妖魔に対する、一応の礼儀ということで……」


 弱々しく笑う天草さんとやら。

 しかし蘆屋という男の眼には、彼への敬意の光が宿っていた。


「では鋼牙くん。感じる妖気は微弱ですし、この妖魔の相手はアナタに任せて大丈夫ですか?」


「うすッ、師匠! 初陣は白星で飾ってやるんで、お任せくださいッス!」


「はい任せました。それでは私は平賀を追いかけ――ても無駄ですし、ここで監督してますよ。……はァ、そもそも逃げ足を極めている平賀に対し、火力特化の私と天才とはいえ新人の鋼牙くんを回す采配が間違っているんですよねぇ。ただでさえ陰陽師は少ないというのに、上層部は要人警護なんて仕事を始めておかげでしわ寄せが……」


 ……何やらブツブツと呟き始めてしまう天草さん。なんだか苦労しているようだ。


「大変なんだな、陰陽師」


「ってお前ら妖魔のせいだろボケェッ! ……くそっ、さっきから調子を乱してきやがって……!」


「妖魔じゃないんだが?」


「黙れッ!」


 蘆屋は俺を鋭く睨むと、深く息を吐き出した。

 どうやら心を落ち着けたようだ。


「いくぜッ――巫装展開!」


 そして、彼は拳を強く握り、



「術式巫装【喰密牙クラミツハ】――ッ!」



 詠唱と共に

 まるで意思を持っているように蘆屋の影が沸き上がり、自身の黒衣に纏わりついたのだ。

 

「覚悟しろよ、妖魔野郎……!」


 恐ろしい姿へと変貌する蘆屋。

 影と融合した衣服にはそこら中に『獣のあぎと』が浮かび上がり、さらに顔の右上半部には狼の仮面が現れた。


「おいおい……蘆屋と言ったか、待ってくれよ」


 どうにか説得を試みてみる。


 俺は平和主義者なんだ。九尾を復活させるために妖魔を喰らい歩くと決めたが、元々は虫も殺したことがないような寒村の小市民だったんだ。

 そう。よく考えたら妖魔を狩る陰陽師と妖魔を喰わんとする俺は仲間になれる関係じゃないか。それなのに争うなんて虚しいよ、やめよう。

 歳も近いようだし友達になろうじゃないか。平和に生きる道を探そうじゃないか……!


「どうか話を聞いてくれ。俺は本当に敵対する気がなく……」


 そんな風に語っていた時だ。蘆屋は「御託はもういいッ!」と吼え、全身の牙を尖らせた。

 


「この妖魔野郎が! 今からテメェを、ッ!」


「あっ」



 ――俺はこいつを、殺すことにした。



 

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