第3話
「ふんふんっふふん!」
村を出てから半日。俺はうきうきとした気分で山道を歩いていた。
歩くたびに、懐の小銭袋からじゃらじゃらという音が響く。
硬貨のかち合う音が鳴るたび、俺はさらに上機嫌になる。
『……ご機嫌だなぁ、シオン』
「ふっ、まぁな」
胸から響く九尾の声に頷く。
そう。俺はまさに有頂天だった。
――なにせ、初めてお金を稼いだんだからな……ッ!
「いやぁ。『命だけは助けてやるから、身ぐるみ置いて金を出せ』と言われた時は驚いたな。山の中を歩いていたら、急に荒くれ共に囲まれてさ」
人生で初めての経験だったよ。
山菜取り以外で村から離れることを許されてこなかったから、山賊の類いになんて出会ったことがなかったんだよなぁ。マジでいるんだってちょっと興奮しちゃったよ。
化け狐の九尾に出会った時と同じくらい驚いた。そう九尾に話したら『山賊と妖魔を一緒にするな!』と怒られた。反省。
『まったく、可哀想な連中だ……。よりにもよって
「ああ、九尾に比べたら弱かったな。お前と違って火も吹かないし」
『当たり前だろ!』
ちなみに命までは取っていない。
だってあの人たち、命だけは助けてやるからって言ってたからな。それを殺したら“やられたらやり返せ”の教えに反する。
だから俺も、適当に手足の腱を斬るだけで済まし――金目のモノを、奪い取ることにした。
それで今に至るわけだ。
「ふふふ……お金、稼いじゃったなぁ……! 労働で稼いじゃったなぁ……!」
俺は素直に感動していた。
なにせ今まで労働の対価といえば、食いかけの残飯くらいだったからな。
それくらいしか貰えない俺の労働価値は屑だ。俺は無能な役立たずなんだ、と思っていた。
だけど……山賊さんたちは、俺の働きを認めてくれた。
一切渋ることもなく、喜んで金銭を差し出してくれた。
「うれしいなぁ、うれしいなぁ……!」
ありがとう、ありがとう。
自分の仕事が認められるのは、こんなに嬉しいことなんだな。
俺、これからも頑張って仕事するよ。具体的には頑張って刀を振るいまくるよ。ふふ。
「次の山賊、こないかなぁ。あ、いっそ俺から探そうかなぁ? 仕事は自分から取りに来いって言うし」
『さッ、山賊ども逃げろーーーッ! 変なヤツがうろついてるぞォーーーッ!!!』
変なヤツがうろついてるらしい。俺はすごく怖いなぁって思った。
◆ ◇ ◆
「――おぉ、ここが都会かぁ……!」
山を下って歩き続けること一日。
俺はついに、都会という存在に辿り着いた……!
大感動だ。住んでた村より何十倍も大きく、人も数えきれないほどいるぞ。
建物も三階建てや四階建てのモノがあったりする。俺の家(※牢)の何倍くらい大きいのだろう?
都会って本当に存在したんだなぁ。
化け狐の九尾に出会った時と同じくらい驚いた。そう九尾に話したら『都会と妖魔を一緒にするなッ!』と怒られた。反省。
「うーん、適当に歩いてたら迷子になりそうだな。この街の奴隷に案内してもらおう」
『いや、奴隷がいるようなクソ集落は貴様のとこくらいだと思うぞ……』
「マジか」
俺ってば産地限定ってやつだったのか。ちょっと嬉しくなっちゃうな。
「自己肯定感が上がったぞ」
『なにゆえ!? ……まぁいい、とにかく飯屋でも探そう。貴様にはこれから、妖魔を斬りまくってもらわなければいけないんだからな』
せいぜい精を付けるがいいと、優しいことを言ってくれる九尾さん。
あぁわかったよ。まずは腹ごしらえで元気になろう。
「努力して稼いだお金で、いっぱい食べるぞォ……!」
『貴様がしたのは努力じゃなくて暴力だろッ!?』
親友の九尾と話しながら街を歩く。
これが幸せな日常ってやつか。こんな平和な時間が、いつまでも続けばいいなって思った。
◆ ◇ ◆
「ッ――おいガキィッ! 肩がぶつかったぞ!?
「あ」
『あッ!?』
平和な時間から三分後。俺は通行人を殺そうと思った。
相手は入れ墨だらけのお兄さんだ。明らかに向こうからぶつかってきたにも
うん、それはいい。別に痛くなかったし。怒鳴られるのは日常だったから慣れている。
が、
「殺す」
「えっ?」
殺すと言われたから殺すと決めた。
俺は最速で双刀を抜き、まずは全身の衣服を切断。ここまで大体0.1秒。
相手は都会人だから、なにかすごい武器でも持ってないかなぁと心配してのことだ。
だけど衣服から零れ落ちるのは小さな鉄の塊だけ。これは確か、銃というヤツだったか。
よし、0.2秒目で切断。これでもう脅威にならないな。
というわけで、0.3秒目。
今度は首を刎ねようとした瞬間――、
『やッ、やめろアホーーーーッ!』
九尾の声に、俺は刃をびたりと止めた。
……ちょうど、男の首の薄皮を裂いたところだ。そこから血が僅かに血が流れるや、男は「ヒッ、ヒィイッ!?」と遅れて叫んだ。
「すッ、すンませんッすンませんッすンませんッ! 有り金全部渡しますからッ、ご勘弁をッ!」
「おぉ嬉しいな。くれるなら貰うぞ」
「はいぃ!」
落ちた小銭入れを拾い、恭しく渡してくれるお兄さん。どうやら優しい人だったみたいだ。
田舎から出てきた若者の俺。怖がっていた都会で感じる人の優しさに、感動した瞬間だな。本になりそうだ。
うーんでもな~?
「出来ることなら、お前の命も欲しいんだが……?」
「ヒギィイイイイイイーーーーーーーッ!?」
本音を言うと、優しいお兄さんは全裸のままで逃げて行ってしまった。
ばいばーい。
『ふぅー危ない危ない……!』
「……なぁ九尾。どうして俺を止めたんだ? あいつ、殺すって言ったぞ? これはやり返し案件では?」
『ってアレはただの脅しだボケッ! ……まぁ明らかに悪人ではあったが、そうだとしても安易に命を奪おうとするな。騒ぎを起こせば、『陰陽師』共に嗅ぎつけられる……!』
――妖魔を狩る者、『陰陽師』。あいつらに見つかると面倒だ、と九尾は呻いた。はえ~。
「なるほど……。よしわかった、いらぬ騒ぎは起こさないようにしよう。次からは、相手が攻撃しようとしながら“殺すぞ”って言ってきたら殺すぞ」
それならきっと脅しじゃなくて本気だからな。
うん、嘘が全く見抜けない俺だが、その欠点を埋める方法を見つけたぞ。
俺も都会に来て成長したなぁと思った。
『うーん、出来れば妖魔以外は殺してほしくないんだが……って、なんで我が人間に対して命を奪うなとか言わなきゃならんのだッ!? 我、九尾の妖狐ぞ!? 数多の人間を喰らってきた大妖魔ぞ!? それなのになぜ……!』
「きっと九尾が優しいからだぞ」
『って貴様がおかしいだけだッ! アホーーーーッ!』
プンスカと怒ってしまう九尾さん。
いつか九尾が身体を得たら、声だけじゃなくて顔も見てみたいなぁと思いました。
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