第2話



「月が綺麗だな」


 ――全てが終わった後のこと。

 俺は夜空を見上げながら、村はずれの丘を登っていた。


 過ぎ去る夜風が気持ちいい。父の遺した白い首巻がなびく様は、まるで箒星のようだ。

 目に入る全てが美しい。とても心が満たされている気がした。生きてるって幸せだなぁ、と思った。


 

『あああああああああ、どーしてこうなったー……ッ!』


 

 と、そこで。そんな俺の『心』から声が響いた。


「元気そうだな、九尾。ちなみに俺も元気だぞ」


『知るかボケェ!』


 元気に答えてくれる九尾さん。やっぱり俺とお揃いみたいで嬉しくなった。


「俺たち、不思議なことになったよなぁ」


 ――戦いの後、俺は死んだ。

 九尾の脳天を抉ってからすぐ、その場に倒れ込んだはずだ。


 まぁ当然だな。内臓がいくつも飛び出していたし、そりゃ死ぬさ。


 だけど、死の直前。そんな俺を支えてくれたのは、九尾の“やられたらやり返せ”という言葉だった。


「俺、心臓が止まりながら考えたんだよ。そもそも九尾は俺を食べようとしていただろ? って」


『ひえ……』


 それで、食べた。

 死んだ身体でどうにか九尾の頭蓋を斬り、脳みそをパクパクと食べた。

 その結果が――今だ。


「で、なぜか俺の傷は全快。そのうえ九尾もなぜか死なず、俺の中に住むようになった。まさに最善の結果だな」


『って何が最善だッ!? 我にとっては最悪の結果だ! 貴様が大人しく食われればよかったんだァ~ッ!』


「ん? やり返せと言ったのはお前だろ? 俺は大人しく死ぬ気だったのに」


『うぐッ!?』


 聞き返したらなぜか黙り込んでしまう九尾さん。騒いだり黙ったり、とっても愉快な性格だ。一緒に住めて嬉しいなぁって思った。


「この状況、狐の嫁入りってやつか」


『いや違うだろ!? あと我はオスだッ!』


 そうして仲良くお喋りしながら、やがて丘の頂上に着いた。

 そこから下を見渡すと――俺の村が、燃えていた。


 

「綺麗だな」


 

 やったのは俺だ。みんなが寝静まっている間に、全ての家に火をつけた。

 貴重な油も村長の屋敷からたっぷり持ち出し、小さな村を囲うように全部燃やした。


『フンッ、ずいぶんと大胆な復讐劇だ。やはり村の連中に恨みがあったか』


「いや、別に恨んでなんかいないぞ?」


『なぬ!?』


 九尾の言葉が分からない。なぜ、俺が村の仲間たちを恨まないといけないんだ?


「たしかに、俺は父を殺されたうえ労働を強いられてきた。だけどこれまで残飯をくれて、育ててくれたのは事実だ」


 感謝の気持ちが大切だと思う。

 誰かと生活していれば、ふとした言動で傷付けられてしまうことがあるだろう。

 そういう時、大切なのは“相手にこれまでしてもらったいこと”を、思い出すことなんじゃないだろうか?

 そこから浮かぶ感謝の気持ちを以って、相手の罪を許してあげれる寛容さが、人には必要なんじゃないか。


「俺はみんなを、家族のように思っているよ。そんな俺がどうしてみんなを恨めるんだ……」


『は……? な、ならば、どうして火を……?』


 決まってるだろ。


「九尾。お前に、“やられたらやり返せ”と教わったからだ。村のみんなを家族としたら、俺にとってお前は『神』だ。お前が俺に望むのならば――家族も、世界の総ても焼けるぞ?」


『ひえッッッ!?』


 改めて九尾には感謝だよ。

 お前が俺に“生きろ”と言ってくれた時のよろこびは、永遠の胸の宝物だよ。

 この感情、お前の存在と一緒に、未来永劫、俺の中に閉じ込めていくからな……!


 そんな素敵なコトを考えながら、村が燃えていく様を見届ける。

 


「――たッ、助けてくれぇえええ!!!」

「――アァァァァッ、熱いィイイーーーッ!?」

「――誰がこんなことをーーーーーッ!?」

 


 炎の中から響く絶叫。多くの人影が家から飛び出し、そして紅蓮に消えていく。

 

 まぁ、運が良ければ助かるだろう。

 地面にすらも油を撒いて村中を火の海に変えたが、それでもどうにか走り抜ければ、命だけは失わずに済むかもしれない。

 俺もみんなには死んでほしくないからな。俺はあくまでやり返したいだけで、殺したいなんて思ってないんだ。いつかみんなで笑い合える日を願っているよ。


 ただ――村長はもう、駄目そうだけどな。



「――なッ、馬鹿なァーーー!? どうして儂がッ、こんな目にィーーーーッッッ!?」


 

 次の瞬間、村長の屋敷からひときわ大きな悲鳴が響いた。あれが断末魔というやつか。


「逃げられなかったんだな、村長」


 彼の屋敷は大きいからな。俺に与えてくれた小さな牢の、百倍以上はあるだろう。

 あれじゃあ燃える家から飛び出すことも大変だ。お金持ちもいいことばかりじゃないんだなぁと、俺は思った。


「……さて九尾。これで俺は根無し草だ。これからどうしようか?」


『死ねと言ったら?』


「死ぬが?」


『ッッ、ってやめろトンチキが! 貴様が死んだら我も死ぬだろうがッ!?』


「おー」


 そういえばそうかもだな。じゃあ、死ぬのはナシだ。

 これからの生き方その壱、【九尾のためにも出来るだけ生きる】っと。


『ハァまったく。……では、こうしよう。貴様が我にしたように、他の妖魔共の脳幹の一部を喰らって回れ』


「ん、妖魔?」


 首を捻る俺に、九尾の妖狐は『我のような存在だ』と答える。


『人間共の恐れを媒介に産まれた生命、それが妖魔だ。――我らも貴様ら人間と同じく、脳に意識を宿しておる。そして、我らの存在を構成する妖力も、脳にたっぷり詰まっているわけだ』


 ほほう。その妖力とやらを喰らって回って集めろと。


「で、そうしたらどうなるんだ? 脳を喰らって、妖力とやらを集めたら」


『決まっておろう』


 ニヤリ、と。九尾が俺の中で笑った気がした。


『我が肉体の再構成よ……! 貴様の身体を突き破り、繭から這い出る蝶のごとく復活してやるわ……ッ!』


 なるほど……!

 妖魔とやらが妖力で構成されているなら、ソレをたっぷり集めれば、また肉体を持つことが出来るのか。

 うん、わかった。


「いいぞ、お前の意見に従おう」


 これからの生き方その弐、【妖魔を斬って食べていこう】だ。

 よーし。やること決まるとやる気が出るなー!

 俺も明るい人間になったものだ。


「頑張るからな、九尾!」


『お、おう。……って貴様、話聞いてたか? 我が再び受肉したら、我を取り込んでる貴様は死ぬかもなのだぞ?』


「まぁそうだな」


 で、だから?


「言っただろう、九尾。俺にとってお前は神だ。俺の人生の全てなんだ。だから俺の命も身体も、喜んでお前に捧げるぞ……?」


『ひぅー……っ!?』


 ――こうして俺は夜が明けるまで、九尾に想いを伝え続けたのだった。

 

 よし、仲良くなれたな!


 

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