第4話



「むっ、美味い……ッ!」


 ――『うなぎの蒲焼き丼』なる食べ物をがつがつと頬張る。


 鰻という生き物のふっくらとした肉に、甘じょっぱいタレとたっぷりのご飯が最高に合う一品だ。

 うむ、残飯よりすごく美味いぞ。そう屋台の店主を褒めようと思ったら、九尾から『喧嘩になるぞ!?』となぜか怒られた。へこむ。


「むぐっ、んぐっ……うむ、旨味が……旨味が旨いぞッ……!」


『あぁ、流石は残飯育ち。食べ物を褒める言葉がヘタクソ……!』


「頑張る」


 ちなみにこの街、店主の話によると『浅草』って名前らしい。

 んで、その街の川沿いに並び立つ食べ物屋台の一つで喫食中というわけだ。旨味が旨いぞ店主さん。


「へへっ、どうだいお客さん? 浅草名物・鰻の蒲焼き丼の味は最高だろ? 川のすぐ近くだからこそ味わえる、産地限定の新鮮な味ってやつでよ……!」


「む、俺も産地限定だぞ? 鰻と違って働けるし」


「はい?」


『張り合うなクソ集落奴隷……!』


 

 鰻と戦おうとしたら止められた。やっぱり九尾は優しい奴だ。


 

 ……それにしても、都会はとってもすごい場所だなぁ。

 見たこともない食べ物がいっぱいあって、すごく恵まれているようだ。どうせならこの浅草って街の奴隷に産まれたかったよ。


「とりあえず店主、鰻おかわりだ」


「あ、あいよっ。……ちなみにお客さん、金はあるのかい? 鰻ってすごく高いんだがよぉ……」


「もちろんだ」


 お金がどっちゃり入った小銭袋を店主の前に置く。すると店主は慌てて謝り、「さっ、流石はお侍様! すぐに鰻をお焼きしますッ!」と準備を始めた。ゆっくりでいいよ。


「ふふふ、楽しみだなぁ鰻……!」


『おいシオンよ、奪った金で喰う飯は美味いか~?』


「ああ、すごく美味いぞ」


 なにせ、生まれて初めて稼いだお金で食べるご飯なんだからな。いくらだっておかわり出来そうだ。


「……でも、どうせなら九尾にも食べさせたかったなぁ。俺が食べてる姿を心の中で見てるだけなんて、辛いんじゃないか?」


『むぐっ!? に、人間ごときが我を気遣うな! 我は別に平気だッ!』


 そうかぁ?


「どうせなら、俺も九尾に合わせようか? お前と同じく絶食するとか」


『って本気でやめろぉッ!?』


 お願いだからそんな気遣いやめてくれッ、と叫ぶ九尾さん。

 そこまで真剣に気遣いを断るあたり、やっぱり九尾は優しい奴だ。親友になれてよかったと思う。


「でもなぁ。九尾の声って他の人には聞こえないみたいだし、それでご飯も食べれないんじゃ寂しいよなぁ……」


 俺はつまらない人間だ。こんなごくありふれた面白みもない男と四六時中一緒で、そのうえ娯楽もないとなれば、息が詰まってしまうだろう。

 そんなのは嫌だ。俺はいつだって九尾に面白おかしく生きていて欲しいと願っている。


 というわけで、何かいい方法はないかと考えていると――、

 

 

「――やぁ人間くんっ! さては『商品』をお求めだね~!?」

 


 女の声が隣から響いた。

 驚いてそちらを見ると、そこには奇抜すぎる容姿をした少女が立っていた。

 奇抜だ……もう、意味が分からないくらい奇抜だ。


 髪は金色の上、見たことがない二つの尾のような髪型。

 服装は黒いヒラヒラの三角形みたいな衣服だ。胸元も足も出まくっていて寒そうだ。

 その上、二つの胸が西瓜すいかよりも大きかったり、そのくせ背は低かったり、目の色が左右で違って赤と青だったり、頭から二つの角が生えていたり目筋が整いすぎていたりで人間とは思えないほど雰囲気が妖しくて……!


 

「こ――これが、都会の女ってやつなのか……!?」


『って違うぞシオンッ! コイツ、妖魔だっ!』


 

 焦った声を出す九尾さん。『なぜこんなところに英霊型がッ!?』とよくわからないことを叫んだ。

 え、この人って妖魔なのか?


「うむっ、正解だよ九尾くん。――私の名前は『平賀ヒラガ』。開発者兼商人をやっている妖魔モノさ」


 よろしくねーと、優雅にお辞儀をする平賀さん。

 どうやら彼女、九尾のことを知っている上、声も聞こえているらしい。


「やったね九尾、話し相手が出来たぞ」


『別にいらんわ!』


 別にいらんのか。

 じゃあしばらくは俺と二人で話そうなと言ったら、『不愉快だ!』と言われた。へこむ。


「……ちなみに九尾よ、妖魔っていうのは人型なのか? お前みたいな化け物の姿をしているんじゃないのか? まぁお前は白くて綺麗だったが」


『こんな時に褒めるなッ! ……たしかに貴様の言う通り、妖魔は恐ろしい姿をしているのが基本だ。なにせ、人間の恐れから産まれた生物だからな』


 だが、例外もあると九尾は続ける。


『たとえば凶悪な英傑など、人間でありながら畏怖の対象となっている者がいるだろう。……その恐れが集まりすぎるとな、対象の死後、そいつの霊魂を原型とした妖魔が現れることがあるのだ』


 その存在こそ『英霊型妖魔』。

 並の妖魔より知性が高く技術も持ち、さらには生前の逸話を妖術として再現してくる恐ろしい相手だ……と、九尾は俺に注意してきた。


 だがしかし。


「あっはっはっ、警戒しなくて大丈夫だよー。なにせ平賀わたしには、戦闘経験なんてこれっぽっちもないからねぇ~」


 降参~と言い、平賀さんはどこからともなく白旗を出した。

 

『む……信用ならんな。英霊型妖魔というのは、生前の欲望を狂気的に満たそうとする節がある。我が知る宿儺スクナ蘆屋アシヤも、頭のおかしい連中だったぞ』


 頭おかしいのか、すごく怖いなぁ。

 ――そう呟いたら『貴様が言うなシオン』と言われた。なんでなんだぜ?


「ふむふむ……たしかに九尾くんの言う通りだ。今の私は、革新的なモノを作って世間に広める欲望に燃えているよ。この少女の姿も、“淫らで目立つ女の身体で売り子やれば売れまくる”と思ってなったものだからねぇ」


『偏見だろそれ……』


 呆れ声でツッコむ九尾だが、平賀さんはそれを無視。俺にずずいと顔を近づけてきた。なんなんですかね?


「で、だ。今の私は、『ナニカを求める心』の声を聴くことも出来てねぇ。シオンくんとやらのお求めも聴いたよ」


「なに?」


 彼女は二色の瞳を細め、俺の耳元で囁いた。

 

 

 ――『九尾が自由に生きれる身体』、欲しいんじゃないのかい? と。

 

 

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