聖女訳有
「あたくしの好物は、お前達が魔物と呼ぶもの。けれどあたくしに食べられるのは、魔物だけだとお思い?」
謳うように言いながら、彼女は剣を無造作に掴んだ。白くふくよかな手から血が流れることはなかった。掌を開けば、元は刃だったらしき銀の粉が舞い落ちる。
「お父様はあたくしに、何でも食べろと仰った。この世界を救えとも。果たして、この世界にとっての害悪は魔物かしら? あたくしにはお前達の方が害悪に見えるわ」
剣を失った男も、反対側でベルを掴んでいた男も、ランタンの心許ない光でもわかるほど顔面蒼白となった。ベルが全身から放つ、とてつもなく重く強い気に飲まれたせいで。
「人間を食すのは初めてよ。喜びなさい、お前が記念すべき第一号よ」
うっそりと笑った唇が、大きく開かれる。そしてそれは、彼女を殺そうとした男に近付き――。
「やめろ!」
私は駆け寄り、ベルの太い体を抱き締めた。
「お前のこの体は、好きなものでできているのだろう!? なのにこんな愚かな存在を取り込むのか!? こいつを食うなら私を食え! 少なくとも私なら、お前の誇りを汚さない!」
「セラ……」
「人間……滅びる……我らと同じく……」
ベルが呼ぶ私の名と重なり、機械音のように耳障りな声が耳を打つ。目を凝らせば、暗闇の片隅が動いていた。
「まだ残り物があったのね」
どうやら大型の魔物の断片らしい。
「我ら……食らい尽くされた……この狂神、ヴェール・ゼ・ヴァールに……」
「あたくしをご存知なら話が早いわ。見逃してあげるから、そちらの世界に戻って伝えなさい。こちらにお前達の居場所はないと。他所へ行かないなら、今度こそ食べ尽くして根絶やしにするわよ?」
「ならば……お前も再び、無の世界に幽閉されるがいい……二度と……出てくるな……」
そして、闇より濃い漆黒の塊は消滅した。
どうやらベルはいろいろと訳ありな存在らしい。だが私には関係のない話だ。
それよりも今はやらねばならないことがある。
「さあ、約束のデザートを作ろう。暁の魔法使いの魔法を見せてやるぞ」
ベルに手を差し出し、私は微笑んでみせた。ベルも笑顔で頷き、ふくよかな手で握り返す。
「ええ、楽しみだわ。でもお腹が空いたから、ついでにお食事もお願い!」
どこまでも食い汚い奴である。けれどこれがベル、これぞベルなのだ。
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