聖女加護付与


 ベルの目が開く。ナイスタイミングだ。



「いい匂い……」

「起きたか。今出来たところだ」



 身を起こしたベルに、私は木の実で作った即席の器を差し出した。



「キノコと山菜で作ったスープだ。小川で捕まえてきた魚の香草焼きもある。調味料の類しか持ち歩いてないんで、大したものは作れなかった」



 ベルは私の顔と器を交互に見てから、スープに口をつけた。



「美味しい!」

「私の料理はベルの口に合うんだな。最初に食べさせた保存食も気に入っていたようだから」

「あれも手作りなの? すごい、魔法みたい!」



 魔法ときたか。ならばと私は掌大の赤い果実をベルに手渡した。疑いなく、ベルがそれを大きく齧る。が、途端に吐き出した。



「にっが!」

「その苦い果実をこうする」



 私はベルから返された果実を木串に刺し、焚き火で炙った。



「食べてみろ」



 木串を受け取ったベルは、今度は唇の先で啄むようにして食べた。



「甘くなってる! やっぱりあなた、魔法使いね!?」



 丸呑みする勢いで果実を平らげるベルに、私は苦笑いで答えた。



「魔法なんかじゃない。この果実は、熱を加えると甘くなるんだ。それにこの魚」



 魚の香草焼きも良い具合に仕上がっていた。包んでいた葉を開けば、独特の芳香が広がる。それを私は口に放り込んだ。



「実はこの魚、猛毒があって食べると即死する」

「イヤよ、死なないでセラ!」

「最後まで話を聞け。でもその毒は、香草で中和できるんだ。この通り、私は生きてる。ベルも食べてみろ」



 ベルは少しの間を置いて、果実より慎重に魚を口に運んだ。



「本当、平気だわ。それにとても美味しい。これを食べて死んでもいいと思うくらいよ!」



 ベルの率直な感想に、私は吹き出してしまった。



「先人もそう思ったのだろう。だからこの魚を食おうと試行錯誤した。中には命を落とした者だっている。それでも食わなきゃならなかったんだ」



 ベルにスープのおかわり持ってくると、私は彼女の隣に腰掛けた。空を仰げば満天の星。もう夜になっていたようだ。



「私は流浪の一族の出身でね、少人数の群れであちこちを彷徨っていた」



 聞かれもしないのに身の上話を始めたのは、久々に夜空を見上げ過去の日々を思い出したせいだ。



「様々なことを教わったよ。特に食えないものを食う術は、我々が生きる上で重要だった」



 ベルが黙っているのをいいことに私は続けた。



「五年前アルカに来た時に母親が重い病に罹ったんだ。群れは母を見捨てて、次の場所へと去って行った」

「ひにょい話にぇ」



 おかしな口調で相槌が返される。食べながらもちゃんと聞いてくれていたらしい。



「仕方ない、弱い者を切り捨てねば生きていけないのだから。獣と同じだ」



 母はすぐに亡くなり、私は一人路頭に迷った。群れで得た知識で何とか食い繋いでいたら魔物が現れるようになり、聖騎士団が身分問わず募集をかけ始めた。そこでも群れで教わった戦闘術が役立ち、入団を許され今に至る。


 話し終えると、あたたかな感触が頭に触れた。夜空から向き直れば、天の月より大きなベルのまんまる顔に迎えられる。



「つらいことも多かったでしょう。でもこれまでの様々を経て、あなたはここにいる。どれか一つでも欠けていたら、あなたに出会えなかったかもしれない。あたくしは、あなたの過去全てに感謝するわ」



 頭を撫でられるのも、こんな言葉をかけられるのも初めての経験だった。



「せ、聖女様にそう言われると光栄だ」

「あたくしが聖女なら、あなたは魔法使いね。髪色に合わせて、これからは暁の魔法使いと名乗りましょう」

「魔法ではなくて、ただの知恵だ」

「いいえ、魔法よ」



 きっぱりと、ベルは断言した。



「あなたはあたくしの心を変えた。アルカであたくしに振る舞われた料理にも、きっと様々な知恵が凝らされていたはずよ。なのに少しも心は動かなかった」



 いつになく真剣な目をしたベルに、私は戸惑った。


「あなただから、あたくしの心は動いたのよ。暁の魔法使いさん、あたくし、あなたを気に入ったの。だから」

「何をしている!? 逃げろ! 魔物が現れた!」



 ベルの声をかき消し、薮から飛び込んできた男が叫ぶ。焚火の光で我々の存在に気付いたのだろう。


 男の顔には見覚えがあった。見慣れたアルカ下級聖騎士の黒い団服。名前は知らないが、自分と同じく聖女捜索の任務を受けた団員の一人だ。

 向こうも私と認識したようだが、すぐに表情を引き締める。



「その人を避難させたら合流しろ。近くの小川上流にある小洞窟だ」



 隣にいたベルを一般市民だと思ったらしい。


 今は聖女の件など後回しだ。悪い意味で有名な私の手も借りねばならないほど事態は切迫しているようだから。



「ベル、残り物は全部食べていいから一人で大丈夫だな? 大人しく待てるな?」



 ベルの両肩をもんにょり掴み、私は幼子にするように言い聞かせた。



「あたくしも行くわ」

「危ないからダメってお前、聖女だった! いやでも他の団員もいるし、見付かったらお前、来てくれれば助かるが、けどだけど」



 焦って自分でも何を言っているのかわからない。すると軽やかにベルは笑った。



「あなた、本当に面白いわね。あたくしなら大丈夫よ」



 そう言って彼女は、両手で私の頬を包んだ。



「セラ、あたくしはあなたがとても好きよ。約束して。また美味しいものを作ってくれるって」



 頷くと、ベルの丸い顔が膨らみ始めた。膨らんだのではなく近付いてきたのだと察した頃には、額に柔らかな唇が押し当てられていた。



「暁の魔法使いに、聖女の加護を。聖女と呼ばれた時から、一度こういうのをやってみたかったのよね。さ、行きましょ!」

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