聖女発見
「これも美味しいわ! え、もうない?」
行き倒れていた女は、私が携帯していた自作の保存食を食い尽くすと瞬く間に元気になった。
「悪いが、手持ちは以上だ」
「こんなんじゃ足りない!」
木々の隙間から落ちる陽光を蹴散らすように地団駄を踏む女を、私は改めて見つめた。
背は私より低いが、体は痩せぎすな私の倍ほどある。豊かに育った身には、ノースリーブの白いドレスを身に纏っていた。春が近いとはいえ薄着ではあるものの、もっさりと伸びた髪が膝下まで覆っているため寒そうには見えない。その毛髪の色は黄金。
「なぁに、ひもじげなお顔をして。あなたもお腹が空いているの? あたくしもよ」
肉肉しい頬が少し下がる。おかげで埋もれていた瞳の色も確認できた。鮮やかな赤だ。
条件には合致しているが――聖女というより、味より量の大衆食堂でまかない目当てに給仕の職に就いていそうである。魔物退治より、余り食材を退治していそうである。
この太ましい女が聖女だとはとても思えない。が、提示された情報には当てはまっているなら連れて行くしかない。
一つ咳払いをし、私は再び女に向き直った。
「失礼、私は」
「まだいたの」
私の言葉を遮り、女は厚い唇を開いた。彼女の視線を追えば、黒く小さな三体の塊が目に映る。
長い耳に細い手足、澱んだ緑に光る目、異様に膨れた腹――魔物だ!
私は即座に抜刀した。
「下がれ!」
「お下がりなさい」
私と女の声が重なる。
慎重に距離を保つ私を通り過ぎ、女は魔物の方へと近付いた。
ふっくらした手が翳される。それだけだ。それだけで三体の魔物はたちまちに黒い霧となって彼女の掌に吸い込まれ消滅した。
ただただ驚いた。魔物は剣で斬っても炎を放っても倒せない。液体の如く姿形を変えるのみで、追い払うしかできない。どれほどの剣の達人でも、どれほどの重火器を使おうとも、この点だけは変わらなかった。しかし今、目の前にいる女は、そんな不可能をあっさり可能にした。
間違いない――彼女は本物の聖女なのだ。
「やはり小物ね。これじゃ全然」
「聖女様!」
慌てて私は地に伏した。
「お疑いして申し訳ございません! お姿があまりに想像と違ったからといって、こいつはねーわ、こんなの聖女じゃなくて
「謝るくらいなら言わなきゃいいのに」
「いいえ! たとえ胸の内であろうと、失礼に変わりはありません!」
「バカ正直ね。いいわ、許してあげる」
さすがは聖女様、お体と同じくお心まで広く大きい。
そっと顔を上げると、聖女様は満月のように丸い顔を綻ばせた。
「あたくしはベルよ。あなたの名は?」
「わ、私はセラと申します」
恐る恐る名乗った私に、聖女――ベル様はご立派な腕を差し伸べてくださった。
「赤い髪に金の目、あたくしと逆ね。面白いわ、気に入った。よろしくね、セラ」
畏れ多くも握り返した手は、何とも心地良い感触だった。
このまま彼女を連れて戻れば、任務完了――となるはず、だったのだが。
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