第4話
日当たりの悪い寂れた部屋に戻ったカティアは髪に付けていた蝶々の形をした髪飾りを取ると、話しかける。
「…カティアです。先程婚約破棄されました。彼はニナの方が良いらしいです。ニナがダニエルを婿に取って侯爵家を継ぎ、私はどこかに嫁がせるとお父様が決めたそうなので逃げようと思います」
髪飾りに見える蝶々は使い魔でカティア自身と契約してる。怪我を負えばゆっくりと治癒してくれて、こうやって連絡をとることも出来る優れものだ。蝶々がいたから13歳からの5年間我慢してこれたし、「彼」のおかげで体罰を加えられてもダメージを抑えることが出来た。
けどもう良い。祖父には申し訳ないがカティアは全て捨てて逃げることに決めた。優しい祖父のことだ、カティアの選択を責めはしないだろう。
「…あの妹を?正気か君の父親は?」
蝶々から怒りに満ちた低い声が聞こえてくる。若い男性…ウィリアムの声でカティアにとっては耳馴染みのあるものだ。
「あの人はニナを溺愛してますからね、出来る出来ないは関係ないんでしょう。ロバート(管理人)が居るから酷いことにはならないと思いたいですが、ニナのことだから彼のこともそのうち追い出しそうですね…」
「人の心配してる場合か。兎に角逃げるのなら早く荷物をまとめろ」
「これからやりますよ…ここを出たら隣国にでも行こうかな、ウィリアム先生のおかげで一通り魔法は使えますから運が良ければ、魔術師として身を立てることが出来るかも」
「は?カティア1人で行くつもりか?」
「そうですよ、先生に迷惑かけられませんし」
「迷惑なんて気にしなくて良いと何度も…まあ良い。カティア、これから迎えに行くから大人しく待ってろ」
「はい?先生…切れた…」
言いたいことだけ言ったウィリアムは一方的に切ってしまった。
(迎えに行くって…前にも同じことを言われた時はお祖父様との約束を守りたいからと断ってしまった。厚意を無にしたのにずっと気にかけてくれた…)
本当は嬉しかったのに、断ったことを凄く後悔して。でも必死で努力して全部無駄になった。
こんな自分にウィリアムが気にかける価値はあるのだろうか。
数刻後、突然部屋のドアが乱暴にノックされてメイドが入ってきた。
「カティアお嬢様、直ぐ応接室に!旦那様がお呼びです!」
(お父様が…?)
もうカティアを売り飛ばす先を決めたのか。まだウィリアムから連絡が無いのに。
ここで拒否をするのは得策で無い、とカティアは渋々メイドに言われるがまま部屋を出た。
ノックをして応接室に入ろうとした時、父と誰かの声が聞こえる。
「は、本当にカティアで宜しいのですか?あの子は地味で愛想も無く、妹を虐めるような性根です。それに引き合えニナは愛らしく、性格も良い…」
「…くどい、何度言わせる。俺が欲しいのはカティア・クラウナーだけだ。カティアを嬉々として虐めていた性悪な女なぞ、名前を聞くだけで気分が悪くなる」
(っ…この声!)
カティアは思わずドアを開けた。ソファーにはヘコヘコと媚びへつらう父と、その向かいに黒髪に蜂蜜色の瞳を持つ精悍な顔立ちの男性が座っている。
「カティア!ノックもせずに失礼な!も、申し訳ございませんヴァイス殿下!」
(ヴァイス殿下…?)
黒髪は王家の血を引く証だと聞いた。いや、大事なのはそこじゃなく…。
(髪と瞳の色を変えているけど…それに声も…)
ヴァイス殿下と呼ばれた男性はゆっくりとカティアの方を向くと、ふわりと微笑んだ。
「この姿では初めて会うな。約束通り迎えに来た」
(ウィリアム先生…)
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