おじ様大好き、ハイデマリー!

「「あああぁ――ッ!?」」


 いきなり美少女に口づけされたダンテは目を見開く。

 彼のパーティーメンバーは口が裂けんばかりに大声を張り上げて驚愕きょうがくする。


「まったく、気が早いぞ、マリー」


 一方でアルフォンスは、腰に手を当てて呆れるだけだ。

 少女はやっとダンテから唇を離すと、少しだけ頬を膨らませて言った。


兄様にいさま、わたくしはずっと待っていたのです。大陸を突き進む機関車と同じですわ、もう歯止めなど効きませんの!」


 もちろん、手はまだ彼の背中に回したままだ。


「あ、え、ええ、どういう……?」


 どうにも混乱したままのダンテに向かって、少女は野花のように明るく笑った。


「ダンテおじ様、わたくし――ハイデマリー・グライスナーと結婚してくださいまし!」

「「けけけ、結婚ん――ッ!?」」


 応接室が揺れるほどの衝撃がはしった。

 当然だ、いきなり現れた少女がダンテにキスをして、おまけにどう見ても20近く歳の離れたダンテに求婚したのだから。

 もちろん、王族貴族の間での年齢の離れた婚姻はそう珍しい話ではない。

 しかし、この場合はただの冒険者と騎士で、その場合はずっと珍しい。


「い、い、いけませんよ! まだお付き合いもされていないおふたりが、接吻せっぷんなんて!」

「ダンテ、どうなってんのさ! あたし達、全然ジョーキョーが理解できないんだけど!」

「というか、おじ様ってなに? そういうプレイ?」

「違う違う、そうじゃない! 俺はだな……」


 セレナ達3人に問い詰められて、流石のダンテもたじろいでしまう。

 眉間にしわを寄せる彼女達のさまを見て、マリーと呼ばれた少女はフン、と鼻を鳴らした。


「あらあら~? 揃いも揃って田舎者のが、わたくしとおじ様のベストカップルぶりに嫉妬していますの~?」


 明らかにダンテに対する態度とは真逆の嘲笑ちょうしょうを、3人が聞き逃すはずがなかった。


「田舎者?」

「芋?」

「女?」


「わたくし、何かおかしいことを言いまして? ああ、猫耳族の野蛮人と死んだ魚の目のガキンチョ、行き遅れのおばあ様にとっては図星で、苦し紛れに怒ってますのね? わたくしはおじ様にだけ用がありますの、帰ってもよろしくてよ」


 おまけに失言を取り消すどころか、一層小馬鹿にする始末だ。

 セレナもリンも、オフィーリアですら、子供に挑発されて黙っている性分ではない――特に年齢を指摘されたオフィーリアは、なおさらである。


「じゃかましいッ! 150万エメトの剣で、ドタマかち割ったらぁッ!」

「その赤毛、チリチリパーマにしてやる」

「年の功を甘く見るとどうなるか、若気わかげだけが取り柄のちびっ子に教えてあげましょうか」


 このまま放っておくと血を見る羽目になりそうだと思ったダンテは、とうとうハイデマリーとパーティーメンバーの間に割って入った。


「よせ、皆。マリーも、いい加減離れろ」

「むぅ~、おじ様はいけずですわ」


 指に手を当てて上目遣いになっても、もうダンテは動じない。


「ダンテさんの言う通りだ。少し乱暴だぞ、マリー」

「アル兄様まで……」


 アルフォンスにまでたしなめられると、ハイデマリーもしぶしぶ了承せざるを得なかった。


「妹の無礼をお許しください。私と同じで、10年来の再会に少し気がはやっているのです」


 3人もまた、複雑そうな顔で納得した。

 顔には明らかに「この子娘を理解わからせる」と書き記されているのだが、アルフォンスも察していながら、ひとまず話題を逸らすことにした。


「改めて、自己紹介を。私はのアルフォンス・グライスナー。こちらはにして妹のハイデマリー・グライスナー。共に王国騎士団の騎士として、国と人々を守る者です」


 グライスナー兄妹の紹介を聞き、オフィーリアが目を丸くする。


「し、白騎士に……赤騎士!?」

「オフィーリア、知ってるの?」

「王国騎士団では、それぞれ武勲ぶくんや功績を称えられた騎士が色の頭文字を与えられます。確か、私の記憶が正しければ、位が低い順に黄、青、黒、紫……赤、そして白になります」


 無名の騎士になったくらいでも、親が泣いて喜ぶというのがリットエルド王国の常識だ。

 称号が与えられれば、一族の名誉にもなる。

 そんな称号の中でも最高位のものを授与するなど――国の歴史に名を残すのと同じ。


「赤騎士は国内でも指の数以下、そして最上位の白騎士は国内に3人だけ。白騎士だけは数が絶対に増えない。今のメンツが引退するか死亡するまで3人しか存在できない、国のあらゆる騎士の中から選ばれた国王直属の超エリートだ」

「そんなにすごいんだ……!?」


 目の前にいるふたりがどれほどの人物かを悟って、セレナが息を呑んだ。

 当の本人であるはずのアルフォンスは、少しむず痒そうにはにかむばかりだ。


「買いかぶりすぎです、ダンテさん。私はまだまだ、教えを乞う若輩じゃくはい者ですよ」

「その白い鎧を身に纏うやつに、誰が指摘なんかできるんだ、アル?」

「アル……貴方にそう呼ばれたのも、もう10年前ですか」


 懐かしさにふけるアルフォンスの隣で、ハイデマリーがずい、と身を乗り出した。


「おじ様に恋をしたのも、10年前ですわ♪」

「こ、恋……!」


 ダンテは(キスまでされておきながら)まだ、ハイデマリーの発言や挙動がジョークの一環であるとすら思っていた。

 ところが、彼女のキラキラと輝く瞳がそれを否定していた。

 恋に恋する、ではなく、紛れもなく一個人に恋心を抱く目をしているのだから。


「わたくし、今すぐにでもおじ様と結婚したいと思っていますの! もちろん、兄様には許可をいただいておりますわ!」

「おいおい、簡単に許可なんか出すもんじゃないぞ!?」

「どこぞの馬の骨に妹を渡すより、マリーが愛する恩人の方がずっと信用できます」

「そういう問題じゃないだろ!?」


 重い鎧を纏っているのも構わず、ハイデマリーはダンテにべったりとくっつく。


「というわけでおじ様、マリーと結婚してくださいな♪」


 ダンテの匂いを堪能するかの如く、鼻をハムスターのように動かすハイデマリー。

 こんな光景を見せつけられて、仲間達が朗らかな気分でいるはずがない。


「「じー……」」

「うっ、視線が痛い……と、とにかく、今は離れてくれ、マリー!」


 突き刺すような目線から逃れるために、ダンテはどうにかマリーを引き離した。

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