アルフォンスと赤い騎士
「ちょいちょーい、ダンテ!? そこは知ってるところじゃないの!?」
顔を上げてツッコむセレナと同じくらい、ダンテも戸惑っている。
「俺もそうだと思ってたっつーの! 兜を脱いだら知人が出てくるって踏んでたのに、マジでまったく知らないやつが出て来るなんて、想像してないんだよ!」
「ははは、そう言うと思ってましたよ」
一方で白い髪の騎士は、くすくすと笑った。
まるでダンテのリアクションすら、予定調和だったと言わんばかりの態度だ。
「無理もありませんね、私と貴方が最後に出会ったのは10年も前でしたから。それに、一緒にいたのも半月に満たないくらいでした」
「……10年前?」
「まだ思い出せませんか? 北の大国からの難民の中にいた兄妹を?」
しかし、アルフォンスと名乗る騎士の言葉で、ダンテの目に変化が現れた。
困惑がひとつの確信へと変わってゆく目だ。
そしてやっと、彼の記憶は、10年以上前に埋もれた思い出を浮かび上がらせた。
確か、
「……アルフォンス……お前、騎士に預けた兄妹の……あの小さい兄貴の方か!?」
ダンテが思わず声を上ずらせると、アルフォンスはにっこりと笑った。
「そうです、その小さい兄の方ですよ」
とうとう、ダンテは眼前の青年が誰なのかを完全に理解した。
「いや、驚いた……大きくなったというか、まさか騎士になるなんてな」
「強くなる道を選んだんです。もう、私達みたいな悲しい想いをする人を増やさないように」
彼のはっきりとした言葉遣いに、ダンテは半ば安心感のようなものを覚えた。
アルフォンスを最後に見た時、彼は獣のように飢えていて、隙あらば自分を助けたダンテの持ち物、武器、果ては命まで奪いかねない
少なくとも、騎士になると言い出す性格ではなかった。
それが、まさかここまでの
「……そうか。とにかく、元気そうで何よりだ」
我が子の成長したさまを見たかのように、ダンテの口端が上がった。
さて、彼とアルフォンスに置いていかれたセレナ達は、事情も聞かされていないので、やや不満げな表情をしていた。
「ダンテ? さっき、こんな騎士の知り合いはいないって言ってなかったっけ?」
「俺の知ってるアルフォンス、いや、アルは騎士じゃなかったんだよ。そもそも最後に会った時から、もう10年近く経ってるしな」
「10年って……ねえ、10年前は何をしてたの?」
「……ま、色々とな」
いつものようにはぐらかすダンテを見て、アルフォンスが首を傾げる。
「ダンテさん、彼女達には何も話してないのですか?」
「お前は知ってるのか、アル? 俺が
「ええ、王国大
クロードの名前を聞いた途端、ダンテは露骨に顔をしかめた。
謎の多い男だが、よもや国の
「あいつ、知らないうちに宰相にまでなってやがったのか……」
説明すると長くなるので詳細は省くが、ダンテが特級冒険者だった頃から、クロードという男は何かと読めない男だった。
そんな人間がどうして政治の場にいられるかなど、今は考えても無駄だろう。
それよりも気になるのは、アルフォンスのことだ。
「ところでアル、
正確に言うと、アルフォンスといつも一緒にいたはずの妹のことだ。
10年前に見た時はいつでもべったりとくっついていた彼女が、兄から離れているとは、ダンテにはちょっぴり考えづらかった。
彼が妹の所在を聞くと、アルフォンスがまたも笑った。
ただし、さっきまでと違う、挑戦心を
「ああ、マリーの話をする前に、少し手合わせなどいかがでしょうか――」
アルフォンスが言葉を
「――ッ!」
突如として部屋の扉が乱暴に破かれ、何者かがダンテめがけて突進してきた。
しかも真紅の鎧を身にまとった誰かが突き出しているのは、幅広い刃を伴う剣だ。
咄嗟の出来事にセレナもリンも、オフィーリアですら反応できないさなか、ダンテだけはナイフを引き抜き、鋭い斬撃を防いだ。
「不意打ちのつもりだろうが、殺気剥き出しじゃあ意味ないだろ」
ちりちりと火花を散らしてぶつかり合う刃を弾き、赤い騎士が猛攻を仕掛ける。
テーブルがひっくり返り、剣劇の余波で椅子が真っ二つになってもお構いなしだ。
「カタール剣か、珍しい武器を使ってやがる!」
おまけに赤い騎士の剣さばきといったら、ダンテが2振り目のナイフを抜くほど素早い。
剣士のセレナが、獣人特有の目の良さで凝視しても、ダンテと赤い騎士が振るう刃の残像しか見えないくらい、ふたりの動きは速いのだ。
ついでにアルフォンスはというと、突然部外者が襲い掛かってきたというのに、腕を組んで見守ってるだけである。
「ちょっと、何してんのさ!」
「いくら王国騎士とはいえ、いきなり斬りかかるなど無法でしょう!」
「落ち着いてください。
王国に
赤い騎士は背丈が低く、女性というのも察せるが、止めない理由にもならない。
「わけわからないこと言わないで。ボク、あいつを止めるからね」
「必要ありません。もうじき、決着がつきますので」
リンが魔導書を開こうとしたが、アルフォンスが制した。
理由は簡単で――もう、決着はついたも同然だった。
「太刀筋は鋭いがな、わきが甘いッ!」
「……ッ!?」
カタール剣が乱暴に弾き飛ばされ、壁に突き刺さる。
赤い騎士が武器を取りに行くのを当然許すはずもなく、ダンテのナイフが騎士の首にあてがわれた――動けば斬る、という意思表示だ。
「実戦なら首が飛んでたな。さて、俺に挑んできた命知らずの顔を拝ませてもらうとするか」
勝利を確信したダンテは、赤い兜に手をかけ、勢いよく脱がせた。
そして、他の誰でもない、自分自身が一番驚く羽目になった。
「……お前……!」
なんせ兜の中から出てきたのは、赤い髪の美少女だったのだ。
真っ赤なショートのポニーテール、ぱっちりと開いた瞳、竜のようなギザギザの歯。
活発さの中に、令嬢のようなおしとやかさが垣間見える少女が誰であるか。
ダンテはアルフォンスの時と同様に、脳の奥から記憶を掘り起こされた。
「……嬉しいです、
だが、先に口を開き、動いたのは少女の方だった。
「わたくしと兄様を思い出してくださって……まだ、心の中にわたくしを留めていてくださっていたなんて!」
頬を赤らめた彼女は、歓喜に瞳を
「10年待ち続けたわたくしの想い、受け取ってくださいな!」
「んむっ!?」
そして――なんと、ダンテと唇を重ねたのだ。
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