“金色のドラゴン”

「ふう……それで、アル?」


 仲間達のじっとりとした視線とハイデマリーのから逃げるのに必要なのは、アルフォンスの説明だ。


「俺もアルとマリーを見られたのは嬉しいが、わざわざ冒険者ギルドまで俺を探しに来たのは、ただ顔を合わせたいってだけじゃないんだろ?」

「さすが、鋭いですね」


 アルフォンスの眉が、わずかに動いた。

 嫌なことを聞かれたというよりは、複雑な気持ちを秘めた顔だ。


「兄様……」

「仕方ないさ、マリー。今回の1件は、彼にも深いかかわりがあるんだから」


 ハイデマリーの肩を叩き、アルフォンスが言った。


「ダンテさん――金色こんじきのドラゴンが現れました」

「……!」


 今度はダンテの眉間みけんにしわが寄った。


「……やはり、ご存じなのですね。金色のドラゴンが、何者であるか」


 彼の明らかな変化を、アルフォンスやハイデマリーだけでなく、仲間も見た。

 特にその表情は、セレナだって一度も見たことがなかった。

 自分達の勝手な行動で怒った時も、ブティックやカフェに無理やり連れて行った時も見せないほど、複雑で――怒りよりも、悲しみに満ちた顔だったのだ。

 もっとも、気になったのはダンテの様子だけでなく、ドラゴンの存在そのものだ。


「ドラゴンって、あのドラゴンだよね?」

「火を吹いて空を飛んで……角がある、ドラゴン?」

「そう、そのドラゴンです。ただし今回は、少しばかり厄介な事情があるのです」


 セレナが、事情が何であるかを問いかけるよりも早く、ダンテが身を乗り出した。

 まるでセレナや仲間達が、会話に入ってくると困ると言わんばかりに。


「いつから現れた?」

「ちょうどひと月前になります」

「体格は? 身体的特徴は?」

「成人のドラゴンの倍近くあります。相当数の死線を潜り抜けてきたのか、全身に傷もあり……中でも片方の角が折れているのが、最大の特徴でしょう」

「……そいつが俺を、呼んでいるんだな?」


 アルフォンスが頷く。


「そこまでお見通しとは。ドラゴンが特定の人間を名指しで呼び出そうと試みるなど、長い騎士団の歴史の中でもそうそうなかったことです。ダンテさん、貴方は金色のドラゴンに何をしでかしたのですか?」


 ダンテの脳裏に浮かぶのは、ついさっきのギルドでの、クロードとの会話だ。


『ダンテ、君のが君に追い付いたんだ。逃げ続けていた自分自身のあやまちと向き合う時が、とうとう来たんだよ』


 あの時はてっきり、クロードの嫌味かと思っていた。

 ところが、彼の言葉はまったくそのままの意味だった。


「……そういう意味かよ、クロード」


 ならば、ダンテがクロードの挑戦ともいえる事件から、背を向けるわけにはいかない。


「アル、マリー、詳しく話を聞かせてくれ」

「分かりました。駐屯所の奥に隊長しか入れない部屋があります、そこに行きましょう」

「話が終わったら、わたくしとデートですわ、おじ様♪」


 アルフォンスとハイデマリーが、ダンテを連れて客室を出ようとした。

 当然、セレナが彼らをそのまま放っておくわけがない。


「あ、待ってよ!」


 彼女が声を上げると、ダンテもぴたりと足を止めた。


「ダンテ、あたし達を置いてくつもり? 同じ『セレナ団』の仲間なんだからさ、困りごとは皆で解決するもんでしょ?」


 セレナの後ろでは、リンとオフィーリアもじっとダンテを見ている。

 今まで彼は(口にこそ出さないが)、何度も彼女達に助けられてきた。

 それは戦闘面や知識面というより、自分の中にある暗い感情を助け出してくれるような、突き進むべき道を示してくれる明るさによるものだ。

 だが――だからこそ、ダンテは己の行いを、初めてセレナ達に見られたくないと思った。


「……今回は別だ。悪いが、先に宿に帰ってくれ。こっちの仕事が長引くようなら、しばらく依頼もお前達だけでこなしてほしい」

「理由も聞かされないで、リーダーのあたしがはいそうですかって、納得すると思う?」


 腕組みをするセレナは、明らかに説得には応じない雰囲気をかもし出していた。


「言っとくけど、あたしは絶対納得しないよ。何かを抱えた顔してるダンテを放っておいて、自分達だけカンケーないところで待ってるなんて、リンもオフィーリアも絶対しない」

「ボクはセレナよりもガンコだよ」

「私はダンテさんに助けられました。そうでなくとも、セレナさんの言う通り、私達は絆で結ばれたパーティーです。助け合うのは、おかしなことではないでしょう?」


 彼女の幼馴染であるリンはもとより、オフィーリアも、ダンテの事情を聞くより先に、自分達を蚊帳の外にするのはやめてほしいと言いたげだった。

 きっと強情というよりは、優しさと友情が勝っているのだ。

 そんなこと、ダンテは言われずとも分かっている。

 分かっているからこそ、心苦しい時も存在するというのに。


「何事にも例外はある。それに、仲間だから聞かせたくないこともある」

「そんなの……」

「これは俺が犯した罪だ。だから俺がつぐなう――関わらないでくれ」


 きっぱりと言い切ったダンテは、もうセレナ達の方に振り返らなかった。

 アルフォンスもまた、彼の会話が終わったのだと判断した。


「ダンテさん、部屋に案内します。パーティーメンバーの皆さまは、もうしばらくここでお待ちください。部下の騎士が、駐屯所の出口までお連れします」

「そういうわけですわ、とっととお帰りくださいまし」


 あっかんべー、と舌を出すハイデマリーを見たのを最後に、扉がばたん、と閉まる。

 残されたリンとオフィーリアは、じっとセレナを見つめた。


「……セレナ、どうする?」


 彼女は腕を組んだまま、うつむいていた。

 顔も見えないほど深く、深くうつむきながら言った。


「どうするって、決まってるじゃん。ダンテが関わるなって言ったんだよ?」

「でしたら……」


 不安げなオフィーリアに向けて、セレナは顔を上げた。


「――あたし、あまのじゃくだから。やるなって言われたら、やりたくなるんだよね」


 そこにいたのは、まるで小悪魔のように不敵に笑う、猫耳の少女だった。

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