賭け事セレナ、もぐもぐリン
セレナ・ソーンダーズの悪癖がダンテにばれたのは、数日前だ。
彼女がガラの悪い男達が入り浸る家屋に入っていったと聞き、ダンテとリンが顔色を変えてそこに飛び込んだ時に、すべて知られたのである。
『セレナ、無事か!』
扉を蹴破った先にいたのは、
『ダンテぇ……』
しかも彼女は驚いた顔で、地味な下着1枚のまま座らされているのだ。
どう見ても、これから乱暴される直前だったとしか思えない。
『お前ら、俺のパーティーメンバーをひん
『変態ロリコンヤロー、ボクが消し炭にしてやる』
完全に怒り心頭のダンテがナイフを抜き、リンが魔導書を構えると、男のうちひとりが慌てて躍り出た。
『ち、違うって! こいつが勝手に服を脱いだんだ!』
『『……え?』』
ふたりはきょとんとして、顔を見合わせた。
よくよく観察してみれば、セレナはどうにもばつの悪そうな顔をしている。
『このガキ、いきなり
『金がなくなったからって、服を賭けるとまで言い出す始末だ!』
『爆乳美女ならまだしも、ガキの服なんて1エメトの価値もないっつーの!』
『うるさーい! お前ら皆、あたしの下着姿でコーフンしてるくせに!』
男達が口々に事情を話すと、とうとう頭に来たセレナが立ち上がって吠えた。
しかし、ダンテからすれば、この悪漢達はまるで悪くない。
問題があるのは、『セレナ団』の貴重な資金を持って賭場に赴いたどころか、そこで全額
『……大負けしたのは本当か、セレナ?』
冷たいダンテの声を聞いて、反射的にセレナは背筋を伸ばした。
だらだらと冷や汗を流すどころか、猫耳も尻尾も総毛だっている。
『あ、ええと、あのね? あたしはちょっと、ちょーっとお小遣いを増やそうと――』
『ほ・ん・と・う・か?』
『……ひゃい……』
ナイフの先端を床に擦らせて、火花が散るのを見たセレナは、半べそで頷いた。
問い詰められるのも怖かったが、ダンテの鬼の形相が一番効いたのは言うまでもない。
『お前、こいつの保護者か? この小娘はとんだ
『大丈夫。もうセレナに、絶対お財布は握らせないから』
『あんた達、邪魔したな。これはセレナの負け分だ、足りなかったら言ってくれ』
ダンテがポーチから取り出し、男に渡した袋の中には、エメト硬貨が輝いていた。
『た、足りないどころか、倍はあるぜ!?』
『残りは迷惑料だ。もしもセレナが俺達の目をかいくぐってまた賭場にいるのを見つけたら、俺に教えてくれ。捕まえたら、報酬をやるよ』
『あ、ああ……』
そうしてダンテは、セレナに服を被せて、賭場を後にした。
以降、彼女は勝手に賭場に行ってないか、こっそり借金をこさえていないか、ふたりに監視される日々を送っているのだ。
あの一件を思い出す度、セレナはリーダーだとしても、身を縮こまらせるのである。
「報酬を片っ端から賭け事につぎ込むほどのギャンブル中毒だ、どこかで借金を作っててもおかしくないな」
「誰かからお金を借りてるなら、正直に言って」
「か、借りてないよ! 賭場やカジノにも、もう行ってないし!」
必死に身の
「どうだろ。セレナは物覚えが悪いから、約束も忘れちゃうしね」
だが、ここまで言われて黙っているほど、セレナも受け身ではない。
「なにをーっ! リンだって、毒フルーツだって忘れて食べて、お腹を壊すんでしょ!」
「むむ……!」
リンも思い出したくない話を持ち出され、頬を膨らませた。
セレナの『賭場すっぽんぽん事件』と同じくらい恥ずかしい話題として挙げられるのは、リンの『グンジョウモモ』事件だ。
それはとあるクエストに向かう途中、果物がたくさん生る森を通った時に起きた。
『おい、リン。この辺りの果物は食うな』
青々とした木からぶら下がる青色の桃を、リンがもぎって食べていたのだ。
ダンテは彼女をたしなめたが、リンは頬いっぱいに果肉をため、甘味を楽しんでいる。
『大丈夫。『アイイロモモ』はサマニ村の近くにも生ってたし、ボクはよく食べてたから。それに、魔法使いは戦士や剣士よりも体力を消費するの』
リンは小柄な割に、何かと理由をつけてよく食べる。
自然豊かな地方で育ったが故の経験が、彼女を食いしん坊にしたのかもしれない。
『甘いものをいっぱい食べて、スタミナを回復しておかないと……』
『いや、そうじゃなくて』
『ん?』
ただ、ダンテが心配していたのは、リンが太り気味になるかどうかではない。
彼女が一瞬だけ口から覗かせたそれがなんであるか分からないほど、ダンテは惚けてはいなかった。
『お前の食べたそれ、『グンジョウモモ』だぞ。王都の周辺にだけ生るアイイロモモの亜種で、美味なんだが、毒の成分が混ざってて……』
むしゃむしゃとリンが食べているのは、彼女の好物の偽物。
『……口にすると、激しい腹痛に襲われる』
しかも、ひどい効能を持つ、とんでもない劇物であった。
『――んぬおおおおおおおおおおッ!?』
次の瞬間、リンは顔をモモのように青くして、すさまじい顔でお腹を押さえだした。
そのあとの出来事は――言うまでもない。
回想が終わった頃には、セレナがげらげらと笑い、リンが顔を真っ赤にしていた。
「結局、リンがお腹ゴロゴロピーになったから、クエストも中止したんだよね! あの時のリンの顔、青くてモモみたいで……あはははっ!」
「う、うるさい、うるさいっ。セレナなんか、すってんてんになっちゃえっ」
「はいはい、喧嘩はそこまでだ」
ひーひー笑うセレナと、彼女をぽかぽかと叩くリンの間に、ダンテが割って入った。
楽しい思い出に浸るのもいいが、冒険者は常に先のことを考えなくては。
「とにもかくにも、話してたら、俺も興味がわいてきたよ。他にいいクエストもないし――」
目下でいう先のこととは、ダンテも関心を抱いた夢物語。
まだ誰も見つけていない謎にして、お宝のありかだ。
「――幽霊屋敷、探してみるか」
彼の
こうして『セレナ団』の次の目的は、幽霊屋敷の調査に決まったのだ。
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