幻影の幽霊屋敷
「……そいつはな、王都のおとぎ話だ」
セレナ達から依頼書を取り上げ、ダンテが話し始めた。
「王都周辺の森でずっと昔から目撃されてる、ひとりでに歩く屋敷。霧の立ち込める夜ふけにしか姿を見せず、木々をすり抜けるように歩いていくんだとさ」
「うーわ、なんか不気味だね」
「新種のモンスターじゃないの」
まったく新しいモンスターが見つかるのは、そう珍しい話ではない。
王都の大図書館にある『大陸魔獣図鑑』は年に3回は
仮に謎の屋敷がモンスターなら、単に見つかっていないだけの、つまらない話だ。
「もしも新種なら、もう30年以上見つかってないってのも、おかしな話だろ?」
「「30年!?」」
ところが、ダンテの言葉を聞いたふたりはとても驚いた。
調査隊も発足した昨今、30年も見つからないモンスターとなれば、もはや伝説の類だ。
「最初に目撃されたのがその頃で、2回目が10年前。で、近頃現れる
思い出すように、ダンテが言った。
「噂じゃあ、屋敷の中には金銀財宝があったらしい」
「マジでっ!?」
こう話せば、セレナが反応すると知っていたかのような態度で、ダンテは笑う。
「ところが、財宝を持って帰ってきた奴はいない。数年前までは宝に目がくらんで依頼を受ける奴もいたが、誰も帰ってこない」
「お宝をいっぱい見つけたから、独り占めしたんだよ」
「クエスト中に発見したアイテムは、依頼主からの希望がなければ、冒険者側の取り分になる。報酬ももらえるなら、少なくとも達成報告くらいはするだろ」
「……確かに」
リンがあっさりと納得したように、アイテムの独占は、冒険者にとってほぼデメリットだ。
周囲からの評価は下がり、報酬ももらえないのだから。
万が一仲間を殺し、ギルドにも戻らないほどのアイテムが見つかったならば、それは恐らく王都を危機に陥れるほどの危険な代物だろう。
そうでないにしても、幽霊屋敷を探すメリットはあまりないと思われているに違いない。
「だんだん気味悪がられて、クエストは破棄された。でも、たまにこうして物好きが思い出したように依頼を出してはたらい回しにされてるんだよ」
「じゃあ……30年近く、誰も達成してないクエストなんだね」
「というより、誰も成功できるわけがないと思ってるのさ」
セレナが腕を組んで、なんだか分かったような顔で深く頷いた。
「ダンテが受けようとしない理由がわかったよ。幽霊屋敷を探すクエストなんて、はっきり言って時間の無駄じゃん!」
「それに、お化けなんていないし。全部、自然とモンスターが引き起こす現象だよ」
しかもリンに至っては、幽霊屋敷の存在すら信じていないようだ。
怯えを隠しているとかではなく、本当に恐れなど微塵も抱いていないらしい。
ダンテも同様で、お化けなどいないと思っている。
「珍しく俺とお前らの意見が合ったな。そりゃそうだ、このクエストを依頼したどこぞのアホ貴族も、達成できないと知ってるから――」
だから、どれほどのお金を積まれても、クエストを受けるつもりはなかった。
「――
そう、たとえ普通のクエストの30倍近い報酬だとしても。
「受けますっ!」
セレナ以外は。
「……は?」
ぽかんと口を開くダンテとリンの前で、彼女は目をエメト硬貨の形にして輝かせていた。
「幽霊屋敷を見つけただけで10万エメトでしょ!? それだけあればもっといい服も買えるし、宿もゴージャスにできるし、毎晩酒盛りだってできちゃうよ!」
拳をぐっと握りしめて力説するセレナだが、金に目がくらんでいるのは明らかだし、口からべらべらと流れてくるのは、どれもこれもつまらない欲望ばかりだ。
普通ならおかしくなったのではないかと思うが、仲間にとっては日常茶飯事である。
「出た、セレナの悪い癖」
リンの言う通り、これはセレナの悪癖だ。
山のように積まれたお金の話を耳にすると、そのことしか考えられなくなるのだ。
「あのなあ、なんで誰も達成できなかったか分かってるのか? 幽霊屋敷なんてのは、存在しない大ぼらだからだ」
「でもでも、10万エメトだよ!? 調べるだけの価値はあるんじゃないかな!」
ダンテの正論がわざと耳に入っていないかのように、セレナは躍起になる。
「他のクエストはみーんなしょぼいし、依頼書には調べて手掛かりを持って帰るだけでも1万エメトって書いてるし! かるーく辺りを探索してみて、それっぽいものを納品すればいいじゃん!」
「冒険者のセリフじゃないよね、それ」
「納品アイテムの偽装は、罰則対象だぞ」
「だ、だったら、何かのクエストのついでで……」
だとしても、今回はあまりに必死過ぎる。
まるで、今すぐにでもお金が必要だと言っているかのようだ。
そして、ここまでムキになる理由に、ダンテはひとつだけ心当たりがあった。
「……なーんか必死だな、セレナ」
「ぎくっ」
ダンテがセレナに詰め寄ると、彼女は
「セレナ、まさか
「ぎくぎくっ」
リンがセレナをじっとりとした視線で見つめると、彼女はだらだらと汗を流す。
間違いない、セレナはまたもやらかしたのだ。
「はぁ……お前、あんなにひどい目に遭って、まだギャンブルが止められないのか」
ふたりの顔を直視できず、セレナは縮こまった。
なんと彼女は――賭け事をし過ぎて、何度もトラブルを起こしていたのだ。
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