第2話 結婚式

 腰が沈むほど柔らかいソファに座り、私はぼーっと紅茶を飲んでいた。


「マリエ様、お代わりはいかがでしょうか」

「あ、どうも…」


 慇懃な態度のメイドたちが、かいがいしく私のカップに新しいお茶を注いでくれる。豪華な応接室と、天蓋付きのベッド、大理石のバスルームがついた部屋。私のぼろアパートの部屋のゆうに4~5倍はありそうな豪華すぎる部屋に、「マリエ様のお部屋でございます」と通されたときは、さすがに顎が外れそうになった。

――いや、部屋はすごいけど、お茶も美味しいけど、とにかく元の世界に帰りたい……。

 そう思いつつ、私は深くため息をつく。


 レオとかいうクソガキ王と公開口喧嘩をさらしたあと。私はコールや偉そうな役人たちから必死でなだめられ、ひとまずこちらの部屋に連行された。そのうえで、コールたちからこの国の「しきたり」について説明を受けたのだった。


 なんとも理解しづらいことだが、魔法や精霊の力が実在するこの国では、王様の代替わりの際に、異世界から花嫁を召喚する儀式を行わなければならないという。とはいえ、儀式を行って実際に召喚できる可能性はせいぜい10%程度とのこと。失敗した大多数の王は、普通に貴族や他国の王族などから王妃を迎えるらしい。

 しかし、数百年に1度、この儀式に成功して王妃を迎える王がいる。儀式に成功した王は絶大な力を神から与えられるといい、その王が納める国は例外なく栄え、災害や争い事から保護されるのだとか。


「ですから、マリエ様を召喚できたのは、本当にめでたい、国をあげて祝うべき慶事なのです!」


 …と、コールは目を輝かせて力説していたけど。私は脳裏に、あのクソガキの金髪とブルーの目を思い浮かべて思わず顔を歪ませる。あんなクソガキと結婚なんて、絶対にイヤ。そもそも、日本だったら条例に引っかかるところよ。

 ちなみに、彼は18歳という若さだそうで、1週間ほど前に前王である父を亡くしたばかりらしい。


「ですから、レオ陛下もまだ落ち込んでいらっしゃる中の突然の出来事で、混乱していらっしゃるんです!どうかマリエ様が年上の余裕で、優しく受け止めてあげてください……!」


 と、コールは涙ながらに懇願してきたけど、あれが落ち込んでいる態度かといえば絶対に違うということくらい私にもわかる。


「とにかく、お二人の結婚は必須です!そもそもマリエ様、あなたはこの世界でレオ陛下の庇護なしに、どうやって生きていくつもりなんです?元の世界に戻る?無理です、無理。我々は異世界から召喚する魔法は知っていても、元の世界に戻す魔法なんて知りませんもん。あなた様に選択肢はないのです。何も言わずに、レオ様の花嫁となって我が国の繁栄にお力をお貸しください…!」


 と、最終的にコールはもはや脅迫に近い形で結論づけて、確かにこの世界の知識も身よりも財力もない私は、非常に投げやりな気持ちであのクソガキ王との結婚を承諾したのだった。


「あーーよかった、マリエ様が話のわかる方で…!それじゃ、善は急げということで、式は3日後に行いましょう。このあと衣装係が当面のお召し物をお持ちして、ウェディングドレスの採寸も致しますね。そのあとは結婚式の段取りを祭事係からご説明しますので」


 こうして、コールはやけに手回しよくこの後の段取りを告げて、ルンルンと部屋を出て行き、私はぼーっと衣装係の登場を待っている、というわけだ。


 ――自分では、どうしようもない事態というものがある。

 36年も生きていれば、そのくらいのことは理解できる。あんなクソガキと結婚なんて、という思いはもちろん消えないが、少なくとも結婚相手が若く美しい見た目であることはラッキーといえる、かもしれない。そのうえ、自分には永遠に縁がないと思っていたけど、ある意味では玉の輿だ、これは。


 そう自分に言い聞かせながら、もう3杯目になる紅茶に口をつけたところで、ふいに扉がノックされてぞろぞろとメイドたちが入ってきた。


「マリエ様、お待たせいたしました。衣装係が参りました」

「まずは入浴をお手伝いいたします。お召し物をお預かりいたします」

「えっ!?いや、お風呂はひとりで入れますから大丈夫です…!」


 今にも衣服を剥ぎ取られそうになって、私はあわてて首を振るが、メイドたちは意に介さず、「不思議な形のお召し物ですね」「スカートが短すぎるわ」と好き勝手なことを言いながら私を浴室へ連行していった。


 他人に体を洗われる、という大人になってから初めての経験も、慣れてしまえば正直楽だった。

 私は少しずつこの世界での暮らしに慣れていき、ウェディングドレスの採寸やら、神官との結婚式のリハーサルやら、この国の簡単な歴史や基礎知識の授業やらをこなしているうちに、あっという間に3日が過ぎた。



 そしてとうとう、結婚式。私は3日ぶりに、あのクソガキ王と神殿で再会した。相変わらず美しい金髪と深いブルーの目をした奴は、長く重そうなビロードのマントをまとい、頭には宝石がジャラジャラついた王冠をかぶって、非常に不機嫌そうな顔をしていた。――たぶん、私も同じような顔をしていたと思う。

 神官に教えられたとおりのマナーで、神に永遠の婚姻を誓う儀式の間中、クソガキ王はむっつりと押し黙っていた。3日の間にすっかり私の茶飲み友達になっていたコールが、参列者の席で感動の涙を流しているのが目の端にうつる。思わず深いため息をつくと、クソガキ王がちらりと私を横目でにらんだ。


「いいか、勘違いするなよ。王妃になったからと言って、おまえみたいなババァと添い遂げる気はないからな」

「そっちこそ勘違いしないでいただけますかね。私はほかに選択肢がないから嫌々従っているだけで、あんたと結婚するくらいならコールと結婚したほうが1億倍マシですから」


 前を向いたまま早口で言い返すと、クソガキ王がピクリと肩を震わせるのがわかった。


「……今晩一回、義務を果たしたら、もう二度とおまえの前に現れてやる機会などないと思え」

「それは最高ですぅ。どうか今晩の一回もなんとかキャンセルしたいですぅ」

「絶対に、絶対に、おまえを不敬罪でブチこんでやるからな…!!!」

「どーぞどーぞ、私を異世界からきた女神とあがめているらしい国民がそれを許すなら」


 ――こうして、無事に結婚式が終わり、私たちは最悪のムードの中、初夜を迎えることとなった。

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