ナマイキ年下王子様と、疲れた異世界召喚OL
@akagawayu
第1話 召喚
それは、あまりに突然の出来事だった。
その日私は、いつも通り小さな印刷会社での経理の仕事を定時に仕事を終えて、スーパーで買い物をして帰宅したところだった。
年配の既婚者しかいない職場と家を往復する生活は少しさみしい。が、何も生まれ変わりたいとか、異世界に行きたいなんて思っていたわけではない。
ささやかな幸せのための晩酌用セットが入ったスーパーの袋を両腕に下げて、アパートのドアを開け、靴を脱ぐ。そしていつも通りに手を洗い、うがいをして、買ってきた食品を冷蔵庫に入れようと扉を開けた。その瞬間。
「ええええ!?」
冷蔵庫の中からとんでもなく眩しい光があふれ出し、一気に光に包まれた。私は何が何だかわからないままギュッと目を閉じて、そこで一瞬意識が途切れた。
次の瞬間。目を開けると、そこは信じられないような光景が広がっていた。
西洋のお城のような、石造りの豪華なホール。ステンドグラス風の天井から大きなタペストリーがかかっている。まわりをぐるりと囲むのは、よくラノベやアニメで見かけるような、中世ヨーロッパ的な見た目の異人たち。長い剣を下げた騎士風の男やら、小ぎれいなマントをまとった文官風の男やら、ひらひらのドレスを着たご婦人方やら、誰もが驚きと期待に満ちた表情で私を取り囲んでいる。
そして、正面の玉座らしき立派な椅子に座った若い男の子が、にらみつけるようにこちらを見ている。
「な、なにこれ…!?」
夢!?夢なの!?白昼夢!?何かの事故!?ドッキリ!?
状況がまったく理解できない。夢にしては、“空間”が細部までリアルすぎる。でも、こんな大がかりなドッキリを仕掛けられるような心当たりもない。
言葉もなく混乱していると、黒いローブをかぶった、怪しげな魔法使い風の男が私の手をとって高らかに叫んだ。
「新王様、成功でございます!」
「え、何、ドッキリなの!?」
思わず彼を見上げるが、男はまったく意に介さず、玉座の男に向かって喚きたてる。
「こちらが異世界から召喚した、陛下の花嫁にして魂の伴侶、新王妃様でございます!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
人生で一番、素っ頓狂な声を出していたと思う。
「なんだって!?異世界から召喚!?」
慌てまくる私に、ようやく魔法使い風の男が振り返って、満足げに微笑んで見せた。淡い紫色の前髪の間から、金色に輝く目がちらりとのぞく。
「突然のことでもちろん驚かれておられるでしょう。私はこのカリマール王国の宮廷魔術師、コール・レイモンドと申します。私めが召喚魔術で、異世界からあなた様をこちらの世界に召喚いたしました」
「魔術……?召喚……?マジですか…?」
頭がまったく回らない。信じられない、嘘だ、と理性は叫んでいるけれど、圧倒的な現実感が理性を吹き飛ばす。間違いなく、ここは夢でもVRでもなく、現実の世界だ。取り囲む人々の息遣い、ステンドグラス状の窓から差し込む光、目の前にいるコールとかいう男の存在感……すべてが本物でしかない。本能が告げている。これは、現実だと。
目の前で、金色の瞳の魔術師・コールがにこりと笑う。
「あなた様は、このたび新王に即位されたレオ陛下の花嫁として召喚された、選ばれし乙女なのです」
「は、花嫁って…」
痛いほどの視線を感じて、恐る恐る顔を向けると、王座から不機嫌そうに私を見下ろしている、まだ十代くらいの男の子と目が合った。透けるほどに輝くさらさらの金髪、深いブルーの瞳、つるりとしたミルク色の肌。見事な刺繍が入れられたマントを無造作に肩にかけ、白いドレスシャツの首元を窮屈そうにはだけている。
――まさか、このコドモが、王様ってこと?
私の心の声が聞こえたかのように、コールが目を輝かせてうなずく。
「さあ陛下、あなた様の花嫁ですよ!」
「はいぃ?ねぇ、ちょっと待って…」
慌てて口をはさみかけたところで、押し黙っていたコドモ王が、勢いよく玉座から立ち上がった。金色の絹糸のような髪の毛が跳ね、ブルーの瞳が鋭く私を射抜く。思わず見とれたその瞬間だった。
「いやいや、おばさんじゃん!!!!!」
石造りのホールに、響き渡る声。隣に立つコールの体が硬直したのがわかる。ヒッ、と近くにいた役人風の男が息をのむ音がする。コドモ王は、周囲の空気に気づかないのか、気づいたうえで気にしていないのか、なおも続ける。
「おーい、コール頼むよ。なんでこんなトウの立ったババァを呼び出してんだよ。今すぐ丁重にお帰り頂いて、俺と同年代の女の子をもう一回召喚してよ」
「へ、陛下、なんとバチ当たりな…!花嫁召喚の儀式は絶対、ですよ!」
顔面蒼白のコールが、あわあわと私の肩を掴んで玉座に向かって押し出す。
「こちらの乙女が、陛下の花嫁です。これは神が定めたこと!いくら新王とは言え、神の摂理に逆らうことはできません。こちらの花嫁をめとらずに、王冠を戴くことは許されないのです…!」
「そういわれても、無理なもんは無理だし」
金髪の王は不機嫌そうに断言し、汚いものでも見るかのように、私にチラリと視線を送る。
「俺、マジで無理だから、こんなババァ抱くの」
「陛下…!」
顔色を白黒させて焦るコールの隣で、私は、ぶわっと全身の毛が逆立つのを感じた。
勝手に召喚しておいて、勝手に品定めして、「おばさん」「無理」「帰れ」だと?
―――ふざけるのもたいがいにしろっ……!
「……おい、口の利き方も知らないガキが」
「は?」
横柄に私を見下ろす“王様”に、私はがっつりメンチを切り返した。頑固な職人連中を相手にしてきた社会人をナメんな…!
「あんたみたいな毛も生えそろわないクソガキ、こっちから願い下げだっつーの。ママのおっぱいでも吸ってろ粗チン!!」
今度は、私のドスをきかせた声が、ホールに響き渡った。静まり返った空気の中で、一瞬きょとんとした顔で動きを止めた王の顔色が、少しずつ何を言われたのか理解したようで、すーっと赤黒く変化していく。
コールが、ふらりとその場で卒倒しているのが目の端にうつった。
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