鉄鋒



 くぐもったアラーム音で目を開ける。いやに身体が重い。毛布の山をかき分けて、ようやく光を目にした頃には、タツキの息は上がっていた。

「ぜぇ……ぜぇ……っあいててて」

 もがいている間は必死だったのと、寝ぼけていたのとで、忘れていたのだろう。左手首が急激に痛み始めた。思わず傷口の手前側を押さえる。

 涙目になりながらアラームを止めた。スマホが午前八時を示している。

 なんとはなしに、部屋を見回す。見慣れないが、見覚えはある。タツキは、意識の覚醒していくのと並行して、昨夜の出来事を振り返っていた。いつもの投稿アプリを開いてみると、タツキの通っている学校名と、大学講師の文字が一面に並んでいた。どこもかしこも、この話題で持ちきりのようだ。

 彼女は、検索欄に鎺と入れてみることにした。

「わっ」

 思わず声をあげる。

 彼女が考えていた数倍、いや数十倍はヒットした。中には本来の鎺に関する投稿も見受けられたが、その大半は、ナイフ病罹患者の正義の味方として暗躍しているという秘密組織についての投稿だった。投稿時間も新しい。

「全然知らなかったな」

 脚色の行きすぎているものが散見されたのも、それはオカルトや陰謀論の恰好の餌食となっているナイフ病。鎺についてもそういった話がついて回るのは仕方の無い事でもあるのだろう。しかし、実際に救われたとか、励まされているといった投稿も多い。スクロールする彼女にも微笑みが浮かんだ。

「私が知らないだけだったんだ」

 だがタツキの瞳には、段々と、焦りが滲んできた。昨晩何か、私と彼らとの間で、素っ頓狂な約束がなされたような。

「私…先生の疑いを晴らしたくて……いや待って。確かその前に私、二人と一緒に……そう、三人でCASE:712の調査、を……」

 タツキは青ざめた。事件に巻き込まれたという現実離れした感覚と、痛みと失血ハイのせいで、正常な思考回路が機能していなかったことを思い知る。シノギの心配していた通り、そんな調査に乗り出したところで、自分は役立たずだ。それで済めば良いが、最悪の場合彼らまで危険な目に遭わせることになるかもしれない。彼女のスマホの画面には、鎺に希望を託した多くのメッセージが映し出されている。

「……」

 タツキは部屋に暫く立ち尽くしていた。

 窓の外からは車の往来と、人の話し声が時折聞こえてくる。家にはあまり人の気配は無く、これといった音も聞こえてこなかった。

 ゆっくりと、静かに、彼女は荷物を鞄に詰めた。部屋を出ると、玄関の場所はすぐに見当がついた。物音を立てないように、細心の注意を払う。キャンバス地のスニーカーが見えた時、ほっと息を吐いた。

 左手を動かしきれない分、タツキが思っているよりも時間がかかった。それでも何とか靴紐を結び、そろそろと立ち上がる。人生で一番というくらいにゆっくり、ドアを開けた。身体が完全に外へ出きるまで、彼女は呼吸すら止めていた。開けたのと同じ時間をかけてそっと閉める。

 タツキは肩にかかった鞄を背負い直した。そしてまた、忍び足で距離を稼いでいく。道の角まで来たところで、ようやく彼女は大きく息を吐き、今度は早歩きで建物から離れようとした。地図アプリを開いて、ここが大学から三十分程歩いたくらいの場所である事に胸を撫で下ろした。

 タツキは学校の方角を見据え、迷いなくそちらへ向かって行った。

 やっぱりだめだ。

 あの部屋の中でタツキは思った。鎺は、ナイフ病罹患者にとっての灯火だ。それを無闇に風前に晒すわけにはいかないと。自分の無力さは、自分が一番分かっている。

 だからこそ、それに付き合わせてはだめだとタツキは思ったのだ。期待され、それを台無しにされるのが、どれだけ惨いことか、彼女は痛いほど知っていた。

 CASE:712の捜索は、私がいなくとも行えるだろう。鎺にとっては、いない方が円滑と言えるかもしれない。だから私は、私なりに調査を進めれば良い。彼らの邪魔になることがないように。

 タツキの目的は、治療法を模索することであって、プロトタイプを見つけることではない。つまり、CASE:712そのものではなく、あの研究レポートを探せば良いのだ。論文の内容に治癒の手がかりがあれば万々歳。なければ、それでおしまい。タツキはそれ以上CASE:712に関わることはなくなる。

 それが最善策だと、タツキは考えていた。

 だから彼らのアジトを脱け出して、こうして今、学校の前に立っている。

 案の定、三箇所ある出入り口と、正面門は全て閉じられていた。見事に咲き誇る桜の下には、報道関係者がまばらにいるのが見られた。

「警察によりますと、容疑者の供述と、肉眼には見えないほどのわずかな血痕から、切りつけられた女子学生の捜索を続けているということです。また、容疑者がナイフ病をほのめかしていたこと、現場の血痕からは金属成分が検出されたということで、より精密な検査が必要になってくるとも述べていました。学校側は事件を受け、一週間、こちらのキャンパスを完全閉鎖し、今後の対策と警備強化について検討していくとのことです。このように身近にナイフ病の事件が起こったことについて、学校関係者は……」

 耳に入った女性リポーターの声に思わず左の袖を伸ばした。カメラに入らないように注意して移動する。するとまた別の報道グループにまとまっていた、こちらは新聞記者らしい男性がタツキに近寄ってきた。

「こちらの学生の方でしょうか、よければ少しお話を……」

「ただの近所の人間です」

 タツキは早口で言いきってその場を去った。少々無理があるのは百も承知だった。ただの近所の人間の容姿には見えないことも。だが、自分こそ警察が捜索中の女子学生ですなどと、どうして言えようか。この事件は、彼女の予想していたよりもずっと大ごとになっているのだ。タツキは周囲に目を配りながら、裏の出入り口、北門まで急いだ。

 なるべく足下だけを見るようにして、構内に足を踏み入れる。クロガネが昨夜見せてきた画面に間違いはなく、確かに学校は閉鎖と報じられていたが、先ほど自分のアカウントで確認したところ、米印のあとに続く注意書きの文言をタツキは見つけたのだ。それは、事件翌日、つまり今日一日はキャンパスを開放するので、荷物や忘れ物など、手元に持っておきたいものは回収しておけという内容だった。

 先生は元医者だ。詳しいことは教えてくれなかったし、教えられたところでタツキには理解ができないだろうが、臨床の何かだと言っていた。

 シノギの言葉を思い出す。

「何かのタイミングで鎺の影に気が付いて、この事件を隠れ蓑に逃げようって魂胆か。この事件に乗じて、学校の警備が強化されるよう仕向けたかな」

「……まさか」

 自分に言い聞かせるように囁く。彼がしっかり者なのは間違いないが、用意周到で狡猾な人間だとは断じて思えない。だが一度疑い始めると、思考がそちらに傾いてくるのも事実だった。

 シノギとクロガネ、及び鎺は、CASE:712を追っていると言った。CASE:712の研究レポートは世に出ていないか、もしくは秘匿されているらしかった。そのコピーを偶然であれ発見できた先生は、CASE:712について何か知っているのではないか。そう考えると、昨夜は全く理解できなかったシノギの推理が、タツキにとっても現実味を帯びてくる。

「まさか、ね」

 タツキの首が左右にぶんぶんと振られた。

 彼のように考えることは到底タツキにはできなかった。彼女がシノギの意見に賛同できるのは、あくまで先生がCASE:712と何か繋がりがあるかもしれないというところまでだ。

 肩の鞄に手を添える。

 幸運にも、タツキが先生から受け取ったページはファイリングされていなかった。彼女の手元に残っている。

 先生に会えれば、何かしら進展が望める気がした。

 故郷と縁を切ったタツキにとっては、彼は唯一の、安心できる大人だった。

 まだ午前の早い時間だからか、大学構内は閑散としていた。

 タツキはすんなりと入れたことに意表を突かれつつ、きょろきょろと辺りを見渡す。昨日はパニックで思い出せなかった彼の名前も、しっかりと分かっている。

 そろそろと扉を開けた。鍵はかかっていなかった。

 タツキは小さく呼びかけてみる。

「先生」

 返事はない。

「先生?」

 もう一度やってみたが、しんと静まりかえっている。不在だろうかと首を傾げた時、奥のドアががちゃりと開いた。

「先生!」

「タ、タツキさん?」

 彼は仰天し、腰を折ってタツキと目線を合わせる。顔を覗き込んでよく見るように目を細め、本物の彼女だと分かるといっそう驚いた様子だった。

「どうしてここに」

 彼は突然の訪問に狼狽しているようだった。

「あんまりよくないんだけど。荷物を取りに来たんじゃないでしょう?」

「分かってる、ごめんなさい。でも、どうしても訊きたいことがあって。用が済んだら、すぐ出ていくから」

 タツキは鞄から件のコピー用紙を取り出してみせた。

「先生、CASE:712について、他に何か知ってることはない?」

「……」

 彼の沈黙は、永遠に続くかと思うほどに長く、重かった。最悪の答え合わせを予感して、タツキはごくりと唾を飲んだ。

「僕から……タツキさんに教えられることは……その一枚にあることだけだ」

 逡巡しながら、ゆっくりと彼が言う。

「それ以上、君が踏み込むのを……僕は望んでいない」

「どういうこと、先生」

 彼の顔は悲哀に満ちていたが、口角は上がっていた。無理やり笑おうとしているようだった。

「痛いのはもう、嫌だろう」

 彼がタツキの手首を指し示した。彼女は咄嗟に腕を背中に回して、患部を庇うような姿勢をとった。

「な、なんで知ってるの」

 気丈に振る舞ってはいたが、タツキは明らかに動揺していた。シノギの声が頭の中で何度もこだました。

 二人の視線が交錯する。

「竹内さん?」

 彼の背後から声が飛んできた。

 彼がはっとする。

「そこに誰か。学生でも?」

「え、ええ、貸出についての質問を。もう済んだので帰らせます」

 そう言ってすぐさまタツキの肩を掴むと、彼は彼女を棟の出入り口まで連れて行った。そして何かを彼女の手に持たせる。

「じゃあ、これで」

「ま、待ってよ先生。今がダメなら、学校が開いたら……」

「その頃にはもう、僕はいないよ」

「えっ?」

「ここを辞めることにしたから。だからもう、タツキさんとは会えない。ごめんね、さようなら」

 一度踵を返した彼は、振り返ることなく行ってしまった。

「先生……」

 手に持たされた物を見てみると、それは鏡だった。手のひらに収まるほどの、持ち運びに適した物。種類の違う犬のイラストが蓋の部分に並んで描かれている、折りたたみ式のありふれた長方形のミラーだ。百円ショップで買えそうな、安い見た目。

 しかしなぜこんな物を彼が託したのか、その真意まで聞くことは叶わなかった。

「……虚像ってこと?」

 タツキは下唇を噛んだ。

「私が見てた先生は、ほんとの先生じゃなかったってこと?」

 チャイムが構内に響いた。

 挫けそうになる心にタツキは言い聞かせる。

 気を強くもて。弱気になるな。拒否されることなんて、慣れきってるはずだろう。これくらいで落ち込んでいないで、できることをしなくては。

 そう自分を鼓舞したが、悲しみはすぐには癒えなかった。

「……帰ろう」

 ぽつりと口にした途端、目から雫がこぼれた。

「帰ろう」

 袖口で目を擦って、もう一度言う。

 シャワーを浴びたい気分だった。

 鞄はいつもよりお腹に寄せて持った。切られた傷がズキズキ痛んだ。電車は乗って来た時よりも空いていて、端の席に座れた。タツキさん、といつもにこやかに迎えてくれた彼の声を思い出すたびに、涙がじわりと浮かんだ。

 彼は、タツキのタグを見ても態度を変えずに接してくれた、唯一の人間だったのだ。シノギの言ったことは本当に正しかったのか、今はまだ分からない。けれど、彼の台詞が意味することは、限りなくシノギの推測に沿ったもののように思えた。

 滲んだ視界で、スマホを点けた。メールの通知が何件も来ていた。どれも今後の講義の予定や、事務手続きの受付についてのものだ。今日が全休でよかった、とタツキは心から思った。こんな調子で授業に出たところで、何も得られないだろうから。

 改札を出て、見慣れた家路を往く。

 厚底のスニーカーが、いつもよりも重く感じた。

「……?」

 家の近くまで来たところで、タツキは足を止めた。彼女の家は二階建ての、学生向けに造られた、割と新しいアパートだ。そのアパートが面している道に、見覚えのない銀色の車が停まっていた。どこかの部屋の客だろうか。今までにも何度か、そういうことはあった。家族が泊まりに来たり、友達が迎えに来たり。

 そのどちらにも馴染みのないタツキは、少し冷めた目で車を見た。

 階段を上って、ドアの前に立つ。一晩しか経っていないのに、とても久しぶりな気がした。早く風呂に入って、着替えて、休みたい。鍵を出そうとして、いつもと違う場所に入れたのを思い出す。音が鳴らないようにと、底に詰め込んだのだ。

 手間取ったタツキは、頭を半ば突っ込むようにして鍵を探した。すると、ちょうど誰かが階段を上がってくる音がした。

「こんにちはー」

 端に寄り、鞄の中から適当に挨拶をする。

「どうも。この部屋の住人の方ですか?」

「はい?」

 随分と硬い声色だ。それに初めて聞く。不思議に思って鞄から顔を出すと、スーツ姿の男が立っていた。

「どうも。この部屋の住人の方ですか」

「そうです」

「タツキさん?」

「そうです、けど」

 男は安心したように息を吸い、そうですかと言った。

「私、警察の者です。刑事をしておりまして……昨晩あった事件の捜査に当たっています」

 流れるような仕草で警察手帳を見せられ、タツキは鍵を握り締めながらはあ、と気の抜けた声で頷いた。

「昨夜、事件に巻き込まれて以降、行方不明とのことでしたので。課をあげて貴方を捜索しておりました。よろしければお話をお聞かせ願えないでしょうか」 

 タツキにはあの銀色の車の持ち主が誰なのかピンときた。彼だ。いわゆる、署までご同行願います、というやつだ。悪い人ではなさそうだが、今のタツキに人と正常に話せるだけの愛想はなかった。

「それは、ご迷惑をおかけしてごめんなさい。そこまで尽力していただいて、ありがとうございます……あの、私、今帰ってきて。話なんですけど、お風呂入ってからとかでもいいですかね。そのあとだったら、幾らでもいいんで」

「勿論です。私はあの車で待っていますので、準備が整いましたらいらしてください。貴方がご無事であったこと、心より嬉しく思います。捜索班にも、貴方を発見したと伝えておきますので」

 彼が心底喜んでいるのが分かったので、タツキはどうぞと短く了承した。ぺこりと会釈して、鍵を開ける。

「本当によかった。このまま見つからなければ、実名と顔写真を公開するようでしたから」

 ドアを閉める直前に、彼がそう呟いたのが、タツキは恐ろしくてたまらなかった。全国放送で報道されようものなら、と考えると震えが止まらない。また私のせいで、家族が苦しむところだったのだ。

 タツキは家を出るのに二時間かけた。

 車に近づくと、先ほどの男が出てくる。

「お待ちしておりました」

 これでも急いだ方なんだけどな、と思いつつタツキは笑顔を取り繕った。傷を濡らさないようにしたり、軟膏を塗り直したりで時間を取られたとはいえ。メイクも着替えも、左手を庇いながらで少し遅くなったとはいえ。

「それは?」

「持って出かけるのがクセというか。ないと落ち着かなくて」

 トートバッグを抱える。男は柔和に頷いた。

「そうですか。では、そのままお乗りください」

「警察に行くんですよね」

「そうしていただければ大変助かりますが、別の場所でも大丈夫ですよ」

「えっ、そんなことできるんですか」

「貴方がリラックスしてお話しいただける環境が一番ですから」

 タツキは車の窓ガラスを見つめた。鞄には、置いていく気になれなかったコピー用紙が入ったままになっている。

「いえ、目的地は変えなくて大丈夫です」

 なんとなく、その方がいい気がした。

 後部座席に乗り込む。

「本当によろしいですか」

「はい」

「それでは」

 刑事はシートベルトをして、バックミラー越しに会釈した。戸惑いながらお辞儀を返すと、車が発進した。

 何か訊かれるかと身構えていたのだが、一向にそんな様子はないので、背もたれに体を預ける。タツキは窓に目を向け、景色が流れていくのを長いこと眺めていた。

 どれくらい乗っていただろうか、徐々に道が広く太くなり、そのうちに見たことのある建物が目に飛び込んできた。

 知っている。誰でも一度は目にしたことがある。切り分けられたバウムクーヘンのような、独特の形状。握られたタツキの拳に力が入った。そういえばタツキは警察に行くのかとしか質問しなかった。それは当然、警察署という意味だったのだが。

 紛れもない、その庁舎は警視庁だ。曇り空に堂々とそびえ立っていた。

 車を降りてから捜査一課に着くまでの道のりを、タツキは緊張しきってただただ俯いていた。あまり見ないでくれ、と心の中で念じていた。

「では、こちらにどうぞ」

 通された部屋は、想像していた殺風景なものとは異なり、会議室のようだった。女性が近づいてきて、お茶をお淹れしますと一礼される。

「では、早速ですが、本題に。まずはこちらをご覧になって下さい」

 いつの間にか、年若い刑事が隣に座って、タツキの正面にパソコンを滑らせた。講師の男がクロガネと話している映像だった。しかし、クロガネの顔は一切映らないように工夫されて撮られている。

 すぐにピンと来た。シノギが撮影していたと言っていた映像で間違いない。

 動画は、画角外からタツキが飛び込んできて講師の男に掴みかかったところで途切れていた。

「これは事件発生当時、その場にいた男性が撮影していたらしく、彼は警備員が来るとすぐにビデオカメラを渡して現場を去ったそうです。動画がここで終わっているのは、警備員と警察に通報しに走ったから、とあとから来た警備員に対して明かしていたようですね。ここに映っている、容疑者に飛びかかった人物は、貴方で間違いないですか?」

「はい。私です」

「では、こちら。容疑者の奥にいる人物については、貴方の顔見知りの方、と」

「あ、違います。授業で何回か見たことある人でした。学生だと思います」

「その方のお名前とかは?」

「ごめんなさい。分からないです」

「いえいえお気になさらず。では、撮影者に心当たりはありますか」

「いいえ、全く。これは防犯カメラじゃないんですよね?」

「ええ、ビデオカメラで撮っていた者がいたようです」

「あそこは普段から人が全然いない場所なんで……撮ってた人がいたなんて」

「成程、ありがとうございます。つまり貴方は、学生を脅迫している容疑者の犯行現場にたまたま遭遇してしまい、学生の方を助けようとして容疑者に向かって行ったと、こういうことで間違いないですね」

「そうです」

 タツキはなるべく、馬鹿そうな、今時の若者の顔を作るのに努めた。さっさと解放してもらいたかった。そして嘘をついた。鎺の影形が綺麗さっぱり無くなるように。

「お待たせいたしました。熱いのでお気をつけください」

「ありがとうございます」

 女性が盆の上の湯呑みをタツキの左手側に置く。左手で持ち上げようとしたものの、それは痛みで叶わなかった。代わりに右手で持とうとすると、彼女よりも先に、女性が湯呑みをタツキの右手側に移動した。

「どうぞ」

「あっ…ありがとうございます」

 女性に頭を下げると、彼女はほんのりと笑ったように見えた。

 湯呑みは程よく熱くて、手にじんわりと心地良かった。

「その左手首の怪我は容疑者によるものですね」

 若い刑事が、緑茶を飲むタツキを凝視する。

「容疑者が使ったとされる果物ナイフは、我々が到着した時には真っ二つに折られていました。そしてその刃の部分に、貴方の痕跡が残されていた。現場の地面、コンクリートからも、貴方の血液が検出されました。容疑者が第三者の存在をほのめかしたことから、捜査一課は貴方の足跡を追うことにしたのです。しかし貴方は丸一晩、姿を消していた。大学内のどの防犯カメラにも映ることなく現場を去り、数時間前に帰宅した」

 彼は疑いの目をタツキに浴びせ続けた。

「教えてください。この映像が途切れたあとに、何があったのか」

「……あまりよくは覚えてないです。とにかく夢中で……危ないと思って、ナイフを持った男に飛びかかって。揉み合ってるうちに、あの人に抵抗されて、怪我をしました。それで、うずくまって…………気がついたら、公園で寝ていました」

「ほう。公園の、ベンチでしょうか」

「えっと」

 タツキが時間をかけて述べた答えに、若い刑事は納得のいっていない様子だった。

「どうだったかな」

「……気がついた時、傷は手当てされていましたか」

「されてました」

「貴方が意識を失う前まで、容疑者の果物ナイフは折れていませんでしたか」

「うーん、たぶん」

「目覚めたのはどの公園ですか」

 ホワイトボードに貼られていた大きな地図を示され、タツキは少し体勢を変えた。

 彼女の頭脳が冴え渡った。

 まず防犯カメラに映らなかったということは、クロガネが使ったのは正面の校門か大学西側の出入り口に絞られる。どちらも大きな守衛室があり、防犯カメラはそこの内部に設置されていて、他の門よりも画角が狭いのだ。さらに警備員が常に見張っているだけだから、目を欺きやすかったはず。そこから考えて、正門と西門と、アジトの三点全てから同じ距離くらい。

「ここだったと思います。この公園」

 タツキの示したのはつまり、当たり障りのない答えだった。悪く言えば、参考にならない答えであった。

 若い刑事が、彼女の目覚めた場所をベンチだったのかとわざわざ訊いたことで、警察側は公園を区別できるぞと言われたようなものだ。だがそれは、タツキとて同じこと。この時ばかりは、タツキは自分の趣味に感謝した。作品を練るために周辺をぶらつかないと、納得のいく創作ができない。そこに余計な妄想を加えながら散歩するのがタツキの楽しみなのだ。おかげで学校の設備にも、学校周辺の地理にも詳しい。

 若い刑事はぐぬぬと言葉を飲んだ。

 責め立てるような彼の物言いは、疲れているタツキには痛いくらいだったが、これに関してはタツキが一枚上手だったと言わざるを得ない。

 若い刑事の顔が明らかに面白くない、という風に変わる。彼の猜疑から逃げおおせたことを確信し、タツキは小さく息を吐いた。

「タツキさん」

「はい」

 警視庁に着いてから、タツキに対して一言も発さなかった、物腰の柔らかな刑事が口を開いた。

「貴方の血液から、金属成分が検出されたと、鑑識からの報告があがっています。失礼ですが、貴方はナイフ病の罹患者なのではないでしょうか」

 空気が張り詰めたのをタツキは感じた。

 彼女が湯呑みを持つ手に力を込める。

「もし、そうって言ったら、逮捕されるんですか」

「まさか。ナイフ病罹患者という理由のみで拘束したりはいたしません。現に、貴方は被害者だ」

「無意識の時にだけ症状が出るって患者もいるじゃないですか」

「その線は薄いと判明したでしょう。噛みつかない!」

 口を挟んだ若い刑事を、盆を持った彼女が嗜める。

「鑑識の報告では、貴方は軽度のナイフ病と認められる、とありました。私達がお聞きしたいのは、貴方が本当にナイフ病の罹患者であるのかどうか、という点です。返答如何で貴方を逮捕したり、刑事処分に課すことはないと誓います」

 彼の真摯な眼差しには偽りは見えなかった。

 鞄を抱き締め、タツキはおずおずと口を開く。

「そう、です。その通り。私はナイフ病の、軽症患者と診断されています」

 そして左手首を差し出した。

「今は見せられないけど、ここにタグが埋められてる」

「ああ、そんな」

 女性が口を手で覆った。

「痛かったでしょう」

「はい、たくさん。今も痛いし」

「そうでしょうとも」

 物腰の柔らかな刑事も頷いた。

「認めてくださってありがとう。さぞ勇気がいることでしょう。では、そんな貴方にもう一つ」

「はい」

「鎺、という組織をご存知ですか」

「はば……?」

「鎺ですよ。は、ば、き!」

 首を傾げてみせるタツキに焦れたのか、若い刑事が再び前のめりになる。

「知ってるでしょう。ナイフ病の罹患者が窮地に陥った時、我々警察よりも早く、患者達を守り、救って、煙のように消える。半分都市伝説みたいな存在ですよ。今回の事件で、罹患者である貴方は鎺に救われ、そのことを隠して我々に伝えている可能性がある」

「こら、もう、邪魔しない!」

 たおやかな女性が彼を引き剥がす。

 物腰の柔らかな刑事はじっとタツキを見ていた。

「どうでしょうか」

 優しく問いかけてくる彼には、若い刑事ほどの勢いはないが、逆らえないような圧を感じた。

 考えろ。タツキはどう答えるか、頭をフル回転させた。

 まず考えつくのは、ここで鎺を知ってると言う選択肢。恐らく私は解放してもらえなくなる上に、シノギとクロガネに迷惑がかかる。一番最悪。次に鎺を知らないと言う択。詰められはするけど、帰してはもらえると思う。だからこれはたぶん安牌。

「タツキさん?」

 でも、きっと。私にとっての最適解は、別にある。

 タツキは左手首を握った。

「……」

 そして彼女の口をついて出たのは、

「CASE:712」

 という一言だった。

 場が静まり返る。

「どこで…それを」

 刑事が驚きを露わにした。

 かかった。タツキが眉間を寄せた。さすがはナイフ病に関わる事件専門の部署まで設けている警視庁捜査一課。何か知っているらしい。

 タツキは賭けに出ることにしたのだ。

 戦う術は、幾らでもある。そう啖呵を切ったからには、戦い抜いてやる。

 鞄から例の用紙を取り出す。

「ナイフ病を治したくて、その方法を探して文献をあさっていた時に。ですが、これ以外のページは見つかりませんでした。なんらかの理由や力によって、このレポートはひた隠しにされているように感じました。皆さんのその様子だと、やはりこれはナイフ病に関連している模様」

 高圧的にならないように、タツキは一つ一つの言葉を選んだ。

「私は、この一枚にある情報しか知り得ません。もし、他のページの行方やCASE:712について何か知っていることがあるのであれば、教えてほしいんです。教えてくださるなら、この紙は皆さんに預けます。昨夜の事件の全ても、お話しします」

 印籠を見せつけるあの時代劇の見せ場のごとく、彼女は右腕をピンと伸ばしていた。鎺という組織は、彼らにとってCASE:712と同様、その影を追っている存在のはずだ。

 タツキには臆する様子など微塵もない。

「公園で目覚めたというのも嘘です」

「やはり、本当はやはり……」

 若い刑事がわなわなと指をさした。

「貴方ね、大人しく、真実を話すべきだぞ!」

「先に教えていただけるなら、喜んでお教えします」

「……タツキさん。司法取引の真似事ですよ、これは」

「そ、そうだぞ。それに、取り調べにおいて虚偽を報告したとあれば」

「いいえ、刑事さん。その行為自体を即座に罪に問うことはできません」

 立場だけを見れば、この場において最も弱いのはタツキだ。しかし彼女は一切そんな空気を纏わずに、堂々と、深く頭を下げた。

「お願いします。治療法を、見つけたいんです。治したいんです。その手がかりになるのなら、どんなに些細な情報でもいいんです」

 誰も口を開かなかった。

 フロア全体は喧騒に包まれていたが、この会議室だけは水を打ったように静かだった。タツキの大博打に呆れる者、目を見張る者。

 確かなことはただ一つ。どう転んでも、彼女に損はない。若さ故とはいえ、と警察からつまみ出されても、とっとと帰れるならそれでも良かった。

「……あのう。私は、賛成」

 沈黙を破ったのは女性刑事だった。

「この事件の捜査を円滑に進められるなら、それで、いいと思います。彼女は自力で一枚、探し当てた。国家権力が血眼になって探しても揃わない、CASE:712の研究レポート、それも我々の知らない新しいページを。一枚見つけられたんだもの、彼女ならいずれ、全部を見つけられる。そのお手伝いを警察がしたということで、いいと思います」

「何を言っているんですか、そんなのだめに決まってるでしょう!」

 女性刑事は憤慨する若い刑事ではなく、彼の方を見る。

 彼女の意見を聞き終えて、物腰の柔らかな刑事が険しい顔でタツキを見た。

「……見たもの、得た情報について口外しないと誓えますか」

「先輩!?」

 若い刑事が素っ頓狂な声をあげた。

「責任取るのは先輩ですよ!」

「構いません。彼女の意見に、私も賛成です」

「そんなことばっかしてるから上に目をつけられるんですって!」

「先輩、ありがとうございます」

 女性刑事が彼に頭を下げる。

 それはタツキも同じことだった。驚きを隠せない様子の彼女は深々と頭を下げ、目を瞑って言った。

「あ……ありがとうございます。鎺に関して、私の見聞きした全てをお話しすることを約束します」

 無論、鎺のことを全て明かすつもりはさらさらなかった。揉み合いの途中で助けてもらったことだけを伝えればそれでいいだろう。彼らへの恩だけは仇では返せない。そもそも、警察がそこまでして鎺を追っている理由はなんなのか。タツキの中に疑問が浮かぶ。

 しかし物腰の柔らかな刑事が頭を下げたことで彼女の意識は現実に引き戻された。

「こちらこそ、感謝します。さあ、顔を上げてください」

 誓約書は存外シンプルなもので、名前を書くだけで済んでしまった。

「では、資料の保管庫へ向かいましょう。こちらへ」

 三人に付き添われ、タツキは地下に案内された。

 蛍光灯が手前から順に点いていく。

 その構造は図書館に似ているものを感じたが、天井につきそうなほど高い棚は、書庫ではなく巨大なロッカー群だ。

 まるで迷路を進んでいるかのような気分で、彼らのあとに続く。

 かなり奥まで来たところで、三人の足が止まった。

「ここです」

 女性刑事が、懐から鍵を出して、ロッカーを開く。彼女の背後から覗くと、大きめのスーツケースでも難なく収納できてしまいそうな空間が広がっていた。そこにファイルが一冊だけある、というのが、なんとも奇妙で、タツキの背筋は寒くなった。

「これが、警視庁が現状集められているだけのレポート。うち何枚かは入手した時点でコピーだったんだけれど、他は原本だと確認が取れてる」

「この資料をコピーすることは、原則禁じられてるからな。写真にも撮るんじゃないぞ、絶対」

「まあまあ落ち着いて。そうですね。もっとよく広げられる場所で見ましょうか。二階に行きましょう」

 彼女は頷いて、先導を買って出る。

 若い刑事は終始、厳しい目をタツキに向けていた。しかし、彼にとってそれは義務であり使命だ。道理がある。だからこそ、タツキにとっては痛くも痒くもなかった。

 タツキは来た時とは反対に、しっかりと顔を上げて歩いた。二階には休憩スペースのような、空いた空間にテーブルと椅子が置かれている場所があった。

「コーヒー買ってきます」

 ぶすくれた様子で若い刑事はどこかへ行ってしまった。

「さあ、どうぞ」

 腰を落ち着けて、彼はタツキにファイルを差し出す。

「どうも」

 緊張と期待に胸を高鳴らせ、タツキがファイルを開く。

 初めの紙には二という数字が振られていた。タツキの持つ一の最後の文章とぴったり繋がる言葉で始まっている。

「それ、やっぱり一枚目で間違いないみたいね」

 女性刑事の言葉に頷く。

 何枚かめくると、手書きのものにゆき当たる。

「これは……」

「それが原本です。著者の手書きによる草稿。今、CASE:712に最も近い情報といえます」

 昨晩、シノギ達のファイルにも、似たようなものを見つけた。シノギかクロガネが手で写したものと思って目を通す時もそこまで気にしていなかったが、こちらが本命だったか。

「貴重な原本ということで、サンプルを入手できたのは一度のみ。その時の解析でも特殊なインクが使われているということしか判明していません」

「特殊なインク?」

「なんでも、金属が含まれていたとか」

「……金属」

 思わず繰り返す。

 嫌な予感が、タツキの全身を支配した。

「な、なんだ貴方は!」

 瞬間、若い刑事の声がフロア中に響く。

 彼の声がした方向を見ようと辺りを見渡した時、後ろで悲鳴が上がった。

 素早く振り返る。

 呻き声と、倒れ伏す人々。

 その間を縫うように歩いて来たのは、学生服の少年だった。彼はきょろきょろとしてから、タツキと刑事二人を見つけると、こちらに向かってきたのだった。

「止まって。彼らに何をしたの!」

「そこで止まりなさい」

 彼らは盾となるべくタツキの前に立ち塞がった。だが少年は気にしていないとばかりにずんずんと進んで、至近距離で立ち止まる。

 タツキには見えなかった。少年が何をしたのか。

 ただ、次の瞬間には二人は床に倒れ、血を流していた。職員達の苦しげな息遣いがフロア中を包んだ。

「あれ、一般入庁者だ。おそろーい」

 少年はタツキの首からかかっている入館証を見つけると、自身の首にある同じものを掲げた。そしてタツキの手にあるファイルを奪い、ぺらぺらとめくる。時折、記憶と照合するかのような素振りを見せて。

「へー。マアカの言った通りじゃん。すげー」

 感心したように彼はそう言って、ポケットからスマホを取り出した。何か操作をして、耳に当てる。

「っあー、もしもし、センセー?」

 タツキは、身体にぴしりとヒビが入ったような感覚に襲われた。

 エレベーターと階段から、職員がなだれ込んできた。他のフロアから、騒ぎを聞きつけたのだろう。しかし少年はどうでもいい、というような目を彼らに向けた。数人が彼を取り押さえようと駆け寄ってくる。

「はは。危ないよー」

 そんな風に言った少年が、スマホを肩で押さえた。彼は両腕から先をそれぞれ肩の高さまであげた。

 初め、タツキは、彼が降参のポーズをとったのだと思った。彼の手には何もなかった。何も、持っていなかった。両手とも、ごっこ遊びで子供がよくやる、銃を模した手の形をとっていた。

「ばーん」

 彼がそう言ったと思ったら、駆け寄ってきていた職員がその場に倒れた。

「ばきゅーん」

 タツキが愕然としている間もなく、抑揚のない声がするたび、次々と職員が倒れていく。少年の電話口から何か音がした。

「あーはいはい、ごめんって。ちょっと襲われてる。え、何?」

 耳を澄ました彼は、タツキを見下ろした。そして彼女の手にある紙を見つけると目を細めた。

「ん。見つけた」

 目にも止まらぬ速さでテーブルを越え、タツキの背後に回った彼は、周囲の職員に向かって少し声を張った。

「一旦、止まって?」

 そして天井を撃ち抜く。

「それ以上来たら、この人、即・ばーん、だから」

 ね、とにこやかにタツキの肩に片手を置いた。

 端正な顔立ちの少年は、震えるタツキから紙を取りあげた。そして一通り目を通すと、こてんと首を傾げた。

「あれ、センセー。これ一ページ目だよ。いらないやつじゃん」

 電話口の向こうから話し声がした。

「よく聞こえない。え、回収しなくていい? 持ってたやつを殺すな? ケーサツのファイルだけ持って帰れって?」

 少年はタツキを一瞥し、つまらなさげにため息をついた。

「あっそ」

 相手はまだ何か話し続けているようだったが、少年はそう吐き捨てて電話を切った。内ポケットにスマホをしまうその仕草は、それだけ見れば、本当に他の十代後半の少年と変わらない。

「持ってたやつ以外は、どーでもいいってことね」

 少年の構えた手が、ゆっくりと左右に振られた。

 それは地獄の光景だった。

 窓ガラスが割れて破片が飛び散る。職員達が、なす術なく床に倒れていく。フロア内は凄まじい轟音に包まれていたが、タツキはひとり、無音の中にいる気分だった。

 何が起こっているのか分からない。

 タツキは目の前で起こっていることを眺めることしかできなかった。

 絨毯が紅黒く染まり、広がっていく。小動物のように身体を震わすタツキは、ただただ無力だった。

 こんなことが起こり得るのか。

 フロアにいた職員がひとしきり動かなくなったところで、少年は腕を下ろした。

「あは。よえー」


「──渡りて百艘、廻りて彼岸」


 外から飛んできた声。

 少年が振り返る。


「──言の葉のはたて、扇の要」


 刹那、破壊されていた窓から、黒い影が飛び込んでくる。その影は少年を目標として凄まじい速度で向かってきていた。

 少年の手が影を狙う。

「ばーん!」

 彼の指先から、鉛玉が発射されたのを、タツキは目撃した。


「──悉皆衆生六界六道、在るべき処に此レを帰せ」


 影は身を翻し、その弾をこともなげに躱す。


「──綺麗礼賛」


 一気に踏み込んで距離を詰めると、脇腹から何かを振り抜いた。

 それが体に触れる寸前で後退した少年は、よろめきながらタツキから離れた。しかしすぐに体勢を立て直し、影に向かって弾丸を撃つ。

 影は手にした得物で、いとも容易くそれを弾いてみせた。影は攻め手を緩めることなく、避けに徹した少年はじりじりと反対の窓際まで追い込まれる。

「罹患者か」

 影の俊敏さに、少年が顔を顰める。狙いが定まらず、苛立っているようだった。

 タツキと少年との間という位置を保ち続けた影は、そこでようやく呼吸を入れた。

 息と共に吐かれたのは、静かで、けれど獰猛な殺気だ。

 目にも止まらぬ速さで間合いを詰める。

「覚えておけ」

 そして握った刀から、一閃。

「クロガネ キサキ」

 少年の首を目がけて放った。

「お前の諱を、墓碑に刻む者の名だ」

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