第8話「目に見えぬ 菌に震える 紙風船」(コロナ禍のロックダウン)

  目に見えぬ 菌に震える 紙風船 (小松栄子・2020年)


 二〇二〇年の春、ニューヨークは世界最悪のコロナ感染地帯になった。三月中旬から三ヶ月余り、義母はごみ置き場に行く以外、自宅から一歩も出ることができなかった。食料と生活必需品は全て置き配に頼り、外から持ち込まれたものは念入りにアルコール消毒をして生き延びた。ロックダウン中、ビデオ通話で話す義母は、いたって元気で

「グラマンに追いかけられた戦時中よりはずっとましや」

 と気丈に振る舞っていた。元気そうだった義母だが、アパートの一室で、紙風船のようにふわふわと浮遊してきて命を狙ってくるコロナの恐怖とたった一人で闘っていた、そんなことを思い知らされた一句である。 


 PCR検査の陽性率が一桁まで下がった六月、三ヶ月ぶりに義母と外で会った。筋肉がそげ落ち足元もおぼつかない様子だったが、大気汚染がなくなり真っ青に突き抜けた空を見上げてこう言った。

「こんなにええ天気やのに難儀やなあ」

 義母の目には紙風船が見えていたのかもしれない。

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