第7話「ワンカップ口紅残るバレンタイン」(ロマンス)


  ワンカップ口紅残るバレンタイン (小松栄子・2019年2月14日)


 不思議な色気が漂う俳句である。ワンカップというのは、ワンカップ大関のことかと思いきや、これはカップルが一つのグラスをシェアしているから『ワンカップ』なのだと、義母が教えてくれた。


 教会で行われるコンサートに友達と連れだって向かったバレンタインの夕暮れ、早めに到着してしまった義母達は、ステンドグラスの下で若いカップルが一つのグラスでワインを飲んでいる場面に遭遇した。質素な若者カップルが放つ淡い恋愛の輝きを切り取って一句仕上げたあたり、俳句の腕を上げた様子が窺える。


 義父が逝去してから三年が経ち、この頃には義母はすっかりマンハッタン暮らしを満喫していた。四十年間のニュージャージー生活では使う機会が限られていた社交の才能を、彼女は齢八十にして開花させた。義母は若い男性にも人気がある。アパートの同じ階に住む台湾人の男性に、チャイナタウンへ買い物につれていってもらったり、義父の処方薬を調剤してくれていたイケメン薬剤師と一緒に美術館に出かけたりしている。そうかと思うと、グランドセントラル駅の近くで道に迷っていた日本人大学生の観光客グループを自宅に連れてきて、ピザをごちそうしたりする男前な一面があったりする。とても私にはできない事ばかりだ。義母の物怖じしない大阪人気質と面倒見の良さが、ニューヨークの風土にぴったりフィットしたようである。

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