第5話「納骨や 嫁の計らい 春の土」
納骨や 嫁の計らい 春の土 (小松栄子・2017年春)
義父は生前元気だった時分から、死んだら大阪の難波にある小松家の菩提寺に葬ってくれと、私達に何度となく頼んでいた。お寺の住職と相談し、自分の戒名から葬儀のお布施の金額まで事前に決める念の入れようだった。にもかかわらず、亡くなって一年も経つというのに、父の遺骨はまだマンハッタンにあった。八四歳になっていた義母は、太平洋を横断するには高齢になりすぎていた。義母のアパートで、遺影の隣に置かれた骨壺に手を合わせる度に、申し訳なさを感じていた。義母はといえば、誰かにお願いすることもなく「みな、忙しいんやから、気にせんでええ」と言っていた。
義父が他界してから二回目の春、私は職場を退職した。時間が自由になり最初に取り組んだプロジェクトが義父の納骨であった。関西の桜が綻びかけた頃、単身日本へ向かった。機内手荷物として持ち込んだ骨壺は空港の金属探知機にひっかかった。アメリカでは火葬の習慣が根付いていないから、映像をチェックした係官が「この壷に入っている大量の白い粉は何だ?」と不審そうに聞いてきた。「人骨ですから開けない方がいいです」と答えると、しばらく上司と相談していたようだったが結局ノー・チェックで通過させてくれた。
大阪での納骨が無事に済んだ後、法要の写真や動画を義母のスマホに送ると、『何度も繰り返し見ています』と返信が届いた。
この句にこめられた義母の感謝の気持ちを嬉しく感じた一方、いつか自分も日本に行くことがままならなくなる時が来るかもしれない、という海外永住者としての宿命を感じたのだった。それがコロナ禍という形でこんなにも早くやってきてしまうとは、当時は想像だにできなかった。
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