15 お金って、人を変えるんだなあ
朝になって発酵ダルを確認する。すると1食単位のミルクでバターを作ると、少量しか作れないということが判明した。
「まさかのスプーン1杯しかできないとは」
「予想外の少なさでした……」
「これはあれだね。こういうことを見越して、ミフルー様はミルクタンクで999個にしてくれたんだよ」
「なるほどです!」
計算上ではミルクタンク1つ分でバターを作ると、500gにはなるんじゃないかと言われた。それでもその程度の量なんだ……。
「バターって恐ろしい食材だったのですね」
「冒険者だったらそれくらいの肉、晩ご飯で食べてるもんね」
そういえばホノカ様が異世界から持って来たお昼ご飯も、いっぱいあった。今の私たちは、それほど食べるわけじゃないからミルクタンク3つ分でも作っておけば、しばらく大丈夫だろう。
「これなら最初から大量に仕込めばよかったです」
「でもそれやると失敗するよ」
出来上がる量が不明だし、作ってみたけど使わなかったとか、そんなことになる場合もあるそうだ。他のものと合わないとか、他のもののほうがよかった。そういう、無駄に素材を消費してしまう事態になるって。
「結局は普通のパンで、空腹度を管理するのが一番だったんだよね」
「それってゲームの話ですよね?」
「ゲームの話です」
現実だから美味しいもので満腹になりたい私は、すぐにバターを仕込んだ。
生クリームのほうは、ミルクとだいたい同じくらいの量ができていた。これはつまり、もうモンブランだ。昨晩ホノカ様にモンブランのレシピを、確認してもらっている。
「モンブランが作れちゃいます」
「じゃあ答えは1つだね!」
かまどにモンブラン用の食材を投入する。小麦粉と栗を買っておいてよかった。できたばかりのバターと生クリームは、全部なくなってしまったけど、美味しいの前では仕方のないこと。抗うことなんてできない。
完成まであと30秒。
「砂糖もお試しで作っておいて正解だったね、マイ」
「はい!」
「おー、5個できた」
思わず生唾を飲み込んでしまう。ホノカ様の世界の、美味しいお菓子。やっと食べることができる。
私たちは全力でモンブランを堪能するために、朝ご飯前に食べることにした。1つはコンビニのモンブラン。もう1つはできたてのモンブラン。半分ずつ食べて、味の違いも試す。
まずはコンビニのほう。
「ああ、なんかもう懐かしい感じだ。いつもと同じ美味しいモンブラン」
「こ、こんな美味しいもの、私初めてです!」
甘くて、とろけて、あっという間に口の中が幸せになる異世界のお菓子。あっという間になくなっちゃうのに、栗の香りが「美味しい」の余韻を与えてくれた。
「全然足らないねー」
「足りませんねー」
できたてのモンブランを取る。私は黙って1つずつ用意した。コクリと頷くホノカ様。
こちらはコンビニ産と違って真っ直ぐな味がする。だけど栗の香りは、こっちのほうが強いようだ。うん、どっちのモンブランも、私には美味しいものだった。
ホノカ様はどうだろうか?
「私もどっちも好き」
「ならよかったです」
味の違いだけど、お砂糖とお酒の差が出てるんじゃないかって教えてくれた。色んな種類の砂糖を混ぜて作ってるし、ブランデーを入れてあるから複雑な味になってるのではないかって。
「コンビニのはブランデーと栗の香りのハーモニーで、マイ産のモンブランは栗のよさを推してるって感じ?」
「なるほどっ。お酒には興味がありませんでしたけど、お菓子に使うならあってもいいですね!」
から揚げにはニホン酒。
モンブランにはブランデー。
お酒には味や香りに深みを持たせる力がある。私は、そう学んだ。
ただし、イネもブドウもワインも手元にはないので作ることはできない。
「ホノカ様、朝ご飯を食べたら採取に行きましょう」
「ドワーフとお酒って、切っても切れない間柄なんだなあ」
採取に向かうにあたって、ルールを決めることにした私たち。起きたときの火起こしと、お湯用の石を用意することはいいとして、午前中は採取。午後は建築。夜寝るまでは私の勉強と。
私1人で森をさまようと危険だから、ホノカ様と行動を供にしなくてはならないからだ。だけど採取一辺倒にしてしまえば拠点の整備もできないし。
採取する前準備として、行動範囲内の魔物退治が必要だ。私もホノカ様に手伝ってもらいながら、魔物を叩くことにした。戦闘は任せてと言われたけど、任せっきりというのも違う気がするので。
「神様ポイントが増える理由が分からないので、なんでもやっておいたほうがいいのではないかと思ったんです」
「言われてみれば、確かに」
余程じゃなければ、生き残れるくらいには強くなりたい。そう思えるのは、美味しいものを食べて活力を得たからだろうか? それとも美味しいものを得るためには、強いほうがいいから?
どちらにしても、私は美味しいものを得るために全力を尽くそう。
出掛ける前に、バックパックをクラフトする。エゼルテーの街に行くときは背負うことになるので、練習も兼ねておく。バックパックを背負って動くということは、背負ってないときと比べて邪魔になるからだ。ついでにベルトポーチも作って、中にトゲ罠を詰め込んだ。
ホノカ様は練習しなくても、問題ないそうだ。元々使ってたそうだし。でも街での買い物には使うからバックパックとこの前作ったショルダーバッグを渡しておく。
「準備できました」
「それじゃ出発ー」
ドラゴンを倒したから、拠点周りに魔物が流れてきているということはなさそう。明らかに魔物の数が少なかった。空から探せるので、見つけやすいはずなのにな。意気込んで来たけど、2回しか練習できなかった。
「視野を広くね、マイ。目の前の魔物に集中しすぎてるからさ」
「はい、分かりました!」
「でもその集中力って、もの作りには大切なはずだしなあ」
戦闘に使うものじゃないから、戦闘しなくてもいいのにーってまだ言ってる。
「だって今のままじゃ、ホノカ様にお膳立てしてもらわないと、採取もできませんし……」
「するよー? お膳立て、いくらでもするよ?」
甘やかそうとするホノカ様。私のほうがホ「ノカ様を甘やかしたいのに。美味しいものを食べてもらって、ニコニコさせたい。だって凄くお可愛らしい」
「ほらあ、変なこと言ってないで。採取するんでしょ」
「あっ、はい」
口に出していたみたいだ。隠すようなことでもないし、よしとする。
さあ、気合を入れて採取しよう。
今日採取しようと思っているのは、薬草とモモ。他に果物があれば、といったところだ。果物は簡単に甘味が取れるからいくらあっても困らない。干したりジャムにしたり、作業台で果糖を取ってもいい。
「そういえば果物の種を拠点内で植えたら、生えてきますかねえ」
栗の木も生やしたいな。拠点内で取れたらモモもモンブランもいっぱい食べれる、素晴らしい世界ができる。
「木って難しそうだけど、でも万能作業台で肥料とか作れたらイケそうな気もする」
「種イモと一緒に肥料も買ってありますけど」
「万能作業台で作ったほうが高性能だよ、きっと」
夜の勉強のときにでも確認しておこう。万能作業台で肥料が作れないなら、街に行ったとき木の植えかたを教わろう。アリーシャさんなら詳しい人を教えてくれるはずだし、肥料も買えばいい。
そんなことを考える自分に、少し驚いた。
一度買い物を経験したせいか、足りないものを街で買うと考えるようになってるな。これが普通ってことなのかな。お金って、人を変えるんだなあ。
「お金を稼ぐと、心も豊かになるんですねえ」
「急にどうしたの……でもまあ、それに囚われると、心が狭くなっちゃうよ」
お金って、やっぱり人を変えるんだ。
「楽しいことに使うのが正解なんじゃないかな」
「分かりましたっ」
今の私は楽しいことしかないから、心が狭くなるようなことにはならないかなとは思う。
「あっ、見てくださいホノカ様。回復草の群生地ですよ!」
「ホントだ。凄い生えてる! 鑑定鑑定っ」
「どうですか? ヒルク草ですか? この回復草」
「うーん、私には分かんないなあ。全部同じ表記になってるよ」
「もしかして全部がヒルク草なんでしょうか。霊山アーって」
「どうなんだろうね?」
普通のと見た目で違いが分からないから、ホノカ様の鑑定頼りになってしまう。しかしまだ鑑定レベルが足りてなくて、ただ回復草とだけ見えているそうだ。
「でも能力を伸ばすときって楽しいんだよね」
「分かりますっ」
私も文字が少しずつ分かるようになってきて、楽しい。
できることが増えてきて、楽しいんだ。
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