08 八つ当たり

「ん……?」


 えっと? ここ、どこ……?

 ホノカ様?


「っ!?」


 いつの間にか寝てしまっていた。

 油断した!

 急いで拠点のチェックに走る。


「大丈夫……罠、ちゃんと動いてる」


 私がいつ寝てしまったのか分からないけど、朝になっていた。

 罠にかかって瀕死になっている魔物6匹を、クラフターズハンマーで殴り殺す。毛皮と骨と魔石が素材になるようで、収納箱にはいくつか入っている。

 あとでクマ罠をもう少し追加しておこう。大きいサルでも、足をはさまれたら動きが鈍る。足がちぎれても、私には好都合だ。

 工夫しながら、なんとしてでもホノカ様は絶対お守りする。


「大丈夫」


 ホノカ様の様子を見る。

 ホノカ様が寝たままになって5日目くらいから、苦しそうな表情はなくなっている。状態が落ち着いたのだろうか?

 スヤスヤ寝ているホノカ様をなでる。


「今朝は魔物6匹分の魔石が手に入りましたよ、ホノカ様。明日には30個を超えるかもしれませんね」


 返事はない。ただただ、寝ているだけのようだ。でも、まだ目を覚ましてはくれないし、原因すら不明だ。

 私にはホノカ様になにが起きたのか、分からない。ミフルー様からの神託が、何度か届いているけど7という数字以外は読むこともできない。不安と焦りだけに支配されそうな日々を送っているけど……。


「私しか動けないんだ。しっかりしなくちゃ」


 ホノカ様の朝ご飯を用意しよう。パンとチーズをミルクで煮る。少しだけ岩塩を入れて、ドロドロの液体になるまでかき混ぜながら、私も食事を取った。

 ミルク粥が冷めるのを待つ間、クマ罠を作ってしまおう。罠はホノカ様に食事を召し上がっていただいたあとに、設置することにした。

 焚き火に火を点けながら、お湯を沸かすための石も入れておく。


「そろそろ冷めたかな」


 黙って作業していると、また不安に襲われるから意識的に声を出す。


「ホノカ様ー。朝食ができましたよー」

「ん~、ありぁと、マイ」

「ホ、ホノカ様っ! ホドガじゃばあぁぁ……」


 よかっ──



 ──あたたかい……フワフワする。


「ン……? お、風呂?」

「あ、起きた。おはよ、マイ」

「夢じゃ、ないですよね? ホノカ様」

「うん。ごめんね、マイ。辛い思いさせちゃった」

「いえ、いいえ、ホノカ様。起きられないなんて、ホノカ様のほうが大変だったに違いありません」

「私は意識がなかったから、なんとも……」


 それに無茶したのはマイじゃない、と言われた。

 それは……仕方がないと思う。


「ミフルー様も想定外の事態だったみたいなのよ」


 私に届いた神託を読んで、どういうことだったのか分かったそうだ。

 ホノカ様が言うには──


 今回の状況のきっかけは、ホノカ様がインベントリに無理やり巨大な岩盤を詰め込んだことが原因らしい。サイコキネシスが空間魔法に干渉して、構築されている術式を歪め、上限を突破していたんだそうだ。


 そのままでは術式が崩壊してなにが起きるか不明で、結果によってはかなり危険なため、急遽ホノカ様を一時的に休眠状態にしたうえで、インベントリの拡張を行なっていたらしい。

 そのため、私には神託を出す程度しか干渉できなかったみたいだ。


 ミフルー様から私に届いていた神託には、ホノカ様が無事であること、7日で目覚めることが記されていたそうだ。だけど私はまだ文字を読むことができず、無茶をした。


 ──と、いうことらしい。


「私を起点にブラックホール化とか……ホント、スミマセン……」


 世界を征服しようとする邪神より、酷い状態にしてしまうところだったと、ションボリしているホノカ様。


「みんな無事でした。それでいいじゃないですか」

「でもマイの指が」

「大丈夫です。薬草を取って来れたら生えますので!」


 作ってあった回復の丸薬、全部使ってしまったから、今はこれ以上回復しない。最初は肘から先がない状態だった。でも治る。


「大丈夫です。すぐ治ります」

「でも全部私のせいだ」


 魔物の警戒はしていたつもりだった。

 だけど、結局はつもりだけだったということだ。

 最初に周囲の魔物を潰して回ってたから、しばらくは大丈夫だと思ってしまった。

 そう言ったホノカ様が泣いてしまった。


「私の油断がマイを追い詰めたんだ。

 チートがあるからって、平気なわけがない。

 私みたいに異世界へ準備万端で送り出されるわけじゃない。

 マイは私を守ろうと1週間、たった1人で戦ってくれたんだ」

「私、平気です。ホノカ様がいたから。私、独りじゃなかったんですから」


 ホノカ様が起きたことで安心して、私が寝ちゃったせいで指がないことに気付かれてしまった。誤魔化して薬草採取に出掛けるつもりだったんだけどな。

 ホノカ様の心に負担を与えてしまうことになった。


「回復の丸薬飲めばニョキニョキ生えるので、気にしないでください」

「そんな雑に……ファンタジー世界の住人はファンタジー過ぎるよ」


 どうなんだろう?

 鉱山ではこんな薬なんてなかったし、姉の回復魔法で腕が生えたなんて聞いたこともない。だって生やすくらいなら殺そうとする。

 だから私にはこの世界の回復手段が、凄いのかどうかは分からない。

 ホノカ様にはそう伝えておく。


「回復は万能じゃないかもしれないのか。気を付けてよ? マイ」

「はい。でもすぐに治りますので、本当に気にしないでください」

「うん、分かった。お風呂から出たら薬草取りに行こうね」

「はいっ」

「ところで、なぜお風呂に入ってるのですか?」


 凄く言いづらそうに、なにかを誤魔化された。

 ……私、臭かったかも?

 お風呂に入ると、寝てしまうと思ったから入らなかったし。


「と、ところでマイ。色々パワーアップしたみたいね!」

「は、はいっ。私、できること増えました!」


 収納箱の容量も350枠まで拡張されたし、万能作業台も金属を扱えるようになって、クラフターズハンマーが金属製になったことを伝える。


「えっと、そのせいで石材をかなり使ってしまいました」


 岩を砕くと、鉄鉱石が出てきたので、結構消費してしまった。


「いいんじゃない? いくらでも持ってこれるしさ」

「そうなんですか?」

「うん」


 ホノカ様のインベントリも、大幅に拡張されたそうだ。20枠で収納上限99個、サイズ上限は1個につき5メートル四方程度とのこと。

 サイズ上限が私のよりも大きいみたい。「大型の魔物も安心だね」ってホノカ様が笑った。

 嬉しい。ホノカ様には、ずっと笑顔でいて欲しい。


「というか、なんでこんなに魔物が増えてるんだろう?」


 私にも分からない。そもそもホノカ様の油断なんだろうか? 私は、そうは思わないのだけど。

 他に原因があったりしないのだろうか。という質問に、ホノカ様は「あるかもしれないけど、急にっていうのはねえ」と考え込む。


「まあ分かんないし、改めて今後の予定を立てようよ」

「分かりました」


 大きな目標は、綺麗な拠点にすること。

 そのために色々と整備していくことになる。


 まずは家。

 お洒落な家。2人の家は2人で相談しながら作ろうと話し合った。


 トイレ。

 トイレの入り口前には仕切りを立てることに。これは枝と葉っぱでガーデニングっぽくしたらいい感じになると言われた。


 露天風呂。

 露天風呂は白い岩で丸石を作ってお風呂周りに設置。屋根も付けて雨が降っても平気なようにする。

 4方向に傾斜のある寄棟造よせむねづくりという仕組みで仕上げるそうだ。

 壁代わりのガーデニング式仕切りにも、葉っぱや花で飾り付けて見栄えのいい綺麗なお風呂にする。


 栓も何個か作っておくべきかな。木で作った簡単なものだし、すぐに壊れてしまいそうだ。風呂場の側に箱を作って、20個ほどストックしておけば大丈夫だろう。入れる側と出す側で2個使うし。

 ただの円錐形に削った木だから簡単に終わるはずだ。


 それから温度調節用の熱湯ため池も作っておかなくては。これがあるのとないのだと、洗濯とお風呂の温度調節のしやすさが段違いになるのだから。


「あと私が思い付くのは教会かな?」

「そうですね。立派なのを建てたいです」


 私たちはミフルー様に感謝しかないのだから。


「私的には畑と水田も必要です」

「マイがから揚げにご執心だ」

「必要なんです」

「明後日辺りにでも町を探そうか」

「はい!」


 あ、そういえば建物の中を燻したほうがいいのかな?

 虫が寄って来ると困るし。生木を焼けばいいんだろうか。

 そういう知識とか、私は持ってないから鉱山では刺されたり噛まれたりしていた。ホノカ様に聞いてみたけど、ホノカ様も分からないそうだ。


「まあ、やらないよりは、やって失敗のほうがいいんじゃないかな?」


 火事になったら困るので、ホノカ様が石畳を作ってくださった。そこに家を燻すための焚き火を点けた。


「じゃあ採取に行こう」

「はいっ」


 私が無茶をしたのは全部ホノカ様のせいで。

 だけど八つ当たりで、憂さ晴らしはしたい。

 安全確保にも繋がるし魔石確保もできるし。

 ついでに素材も持って帰れる。

 つまり正義ってことで。


 そう力説され、魔物退治もやった。とは言っても魔物なんて害にしかならないから別にいいような?

 お金になるし、素材にもなるんだし。

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