07 起きてください、ホノカ様

 ぐっすり眠れたのか、私は凄く早くに目が覚めた。焚き火が消えそうになってるから薪を追加して火を点けなおす。ホノカ様はまだお休み中なので、静かに水路へ向かう。

 私はなるべく音をたてないように顔を洗った。


「あと10枚分作っておかなきゃ」


 昨日途中でやめた丸薬作り。回復の丸薬は作ってあるから、毒消しの丸薬を5つでいいかな。回復草が丁度なくなるし。毒消し草のほうはまだ残ってるから、採取は回復草とモモを狙おう。

 回復の丸薬は回復草3枚で作るから消費が多いし。


「あっ!」


 万能作業台がグレードアップしてる!

 収納箱の容量が、10列7段へと一気に上がっていた。作れる作業台も1つ増えている。ホノカ様に読んでもらわないと、なんなのかは分からないけど。

 今まで作ることができていた作業台は、木、服飾、調理台の3つ。それに加えて、なにかが増えている。

 万能作業台でクラフト可能なのに、作業台を新たに作る意味がよく分からないな?


「これはあとでホノカ様に相談しよう」


 食器を欲しがってたし、今の内に作っておこうかな。お皿とコップ、スプーンとフォークがあれば事足りるだろう。

 ナイフは金属のクラフトができるようになるまでは、残念だけどおあずけだ。


 こういった小物は、素材1に対して10個できるみたい。桶や木箱も10個だったから、素材1に対しての上限が10個ということなのかもしれないな。木箱とスプーンなんかじゃサイズが全然違うのだし。


 そう考えると木のベッドは効率が悪い。木材5、ツタ5でベッドは1つしかできないから。

 布が効率の悪い原因なのだろうか。


「こうやって色々考えるのも楽しいな」


 鍋があったらミルクを温められるのになあ。そしたらホノカ様が好きだと言っていたホットハニーミルクが作れる。ハチミツの採取は困難だろうけど、甘くて美味しいとのことなので私も早く試してみたいな。自作のカップでホットハニーミルク。絶対いいと思う。


 明るくなってきた。散歩がてらに採取してこようか。売れるものが増えれば、買い物できる量に直結するから。

 ホノカ様はお休み中だし、起こさないほうがいいかな。ちょっとのことだし、このままこっそり行って来よう。クラフターズハンマーを持って行ってさっそく試そう。素材が収納箱に入っていくというのを見てみたい。


 いくつかの、いつのまにかある大きな岩盤、たぶん5mくらいあるもので囲まれた拠点に驚きながら、私は出発する。


「ホノカ様、凄いな」


 ホノカ様のインベントリ、5枠で同一アイテム10個までって言ってた。だからくり抜いた山の岩は巨大なままなんだろう。それでも何度か往復したんだろうな、っていうくらいは石材が置いてあった。昨日お家の側に出した分だけじゃなかったみたいだ。


 私はそんな凄い人に付いて行くため、身体強化弱く掛けて魔力の修行しながらモモを探す。雑草だってなにかの素材になるかもしれない。ハンマーで叩いてみれば、ポンと跳ねて消えた。どうやら収納箱へ入ったみたいだ。


「これは便利だなあ。ありがとうございます、ミフルー様」


 私は色々なものをクラフターズハンマーで破壊して、どんどん収納箱に送る。木材はいっぱい使うので、果物がってない木を選んで倒すことにした。雑草やキノコなんかと違って、さすがに何度もたたかないと倒せないから修行になるかもしれないな。


「あ、リンゴの香りがする」


 朝ご飯にしよう。そう思ってリンゴの木に近づいて行くと──


「ぅわあっ!?」


 ──背中から衝撃を受けて転んだ。


 なに?

 起き上がろうとすると、また衝撃。私は転がる。


「ッ」


 一段と強い衝撃を受けて、私は吹っ飛ばされて木に激突した。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 なにかいる。でも見付けられない。獣の臭いだけが漂ってる。焦る気持ちを抑えようとしても、見付けられない敵に襲われているせいで恐怖だけが増していく。私の乱れた呼吸が、やけに大きく聞こえた。


「うぐぅっ」


 私はいきなり髪の毛を掴まれて、引きずられる。毛むくじゃらの腕をつかんで抵抗するが、力の差がありすぎてどうにもできない。


「嫌だ!」


 せっかく掴んだ幸せ。

 死ぬなんて嫌だ!


「スパーク!」


 ギャッと悲鳴を上げた獣が、私から手を放す。


「私は帰る! ホノカ様のところに絶対帰る!!」


 私を警戒しながらこちらを見る大きなサル。私には動物か魔物かは判断できない。でも私を殺せる生き物だと思う。

 今は初級魔法の着火で怯んでいるけど、ダメージなんて与えられていないだろう。クラフターズハンマーを構えて、サルの攻撃に備える。


 サルは周りにある木々を使って、縦横無尽に動き回りながら私を狙ってる。私の反射神経では、追いきれない。


「ウゲッ」


 お腹を殴られた。サルの動きが速くてなすがままだ。身体強化を1段階上げればどうにかなるかもしれないけど、魔力の消費も大きくなる。枯渇してしまえば、そこで終わりだ。


 できるかな?

 動くときだけ1段階上げるの。耐えるときは弱く掛けるだけにするのを。

 やるしか……ない。

 私はサルに殴られると同時に、身体強化を1つ上げてハンマーを振る。

 当たらない。

 でもそれでいい。私は拠点に向かって駆け出した。そろそろ追い付かれる。ガサガサと移動するサルの音が近付く。攻撃される、と感じたところでハンマーを振りながら後ろを向く。


「やあっ!」


 当たった!

 さっきは気付かなかったけど、クラフターズハンマーを振ったときに衝撃波みたいなものが出て、攻撃範囲が広がっていた。


 身体強化を弱くして、サルが攻撃してくるのを待つ。私が追いかけたって、サルとは速さが違うから攻撃が当たるはずもない。私にとっては、攻撃されるときだけがチャンスだ。


 身体強化して叩くタイミングは、早くても遅くても駄目だ。

 早ければ避けられ──


「ェブッ……っ」


 ──遅ければ殴られる。

 掴まれたり噛みつかれたら、指先に着火の魔法を灯してなんとか離れる。

 何度か繰り返していると、サルは私を捕まえようとはせず、殴ったり引っかいたりし始めた。例え初級でも、火が身体に着くのを嫌っている様子。


 私もサルも、息が荒……い。


「変だ」


 なんで私はまだ死んでないんだろう?

 噛まれたはずなのに、傷もない。何メートルか殴り飛ばされたのに、普通に動けてる。


 もしかしてミフルー様のご加護が?

 痛くないのを願った私にくださった頑健の加護!

 殴られれば衝撃はある。でも、痛くなかった?


「それならっ」


 私はサルが襲ってくるのを待つ。

 痛くないならゴブリンより怖くない。

 逃げるふりをしながら走る。


「グッ」


 背中からの攻撃に、私はまた転んでしまう。何度も殴られながら、ハンマーを振るう。蹴り飛ばされて転がる私に、圧し掛かるサル。


「ヤアーーーッ!」


 身体強化を1段階上げて、サルの頭を殴りつけた。


「ギャアアッ! ギッギッ、ギオオオッ!」


 弾け飛んだサルが怒り狂った声を上げる。

 怖い。

 だけど私は声を上げる。


「私は、絶対に帰るんだっ!」


 サルと私の勝負は、最後に少しだけ冷静になれた私の勝ちだった。もし……身体強化を切り替えずに運任せで逃げてたら、気絶して死んでたんじゃないかと思う。


 私はご加護を受けていても、ホノカ様みたいに強くないんだから油断しちゃ駄目だった。ちゃんとホノカ様に伝えて出掛けるべきだったんだ。

 早く帰ろう。今のままの私じゃ、危険だってことが分かった。


 でも……帰り道が分からなくなってしまった。必死で逃げ回ったから、方向も分からない。私の足だ。拠点からはそんなに離れてないと思うから、この場所を中心に見覚えのある場所を探そう。


 サルが1匹だけかどうかも分からないから、なるべく早く移動しなくてはいけない。でも、なかなか見覚えのある場所にはたどり着けなかった。幸いにも再び襲われることはなく、湖を発見できた。ホノカ様が作った水路を辿りながら、私は拠点に戻れた。


「助かった……」


 ホノカ様ももう起きてるよね? 既にお昼近くになってしまっている。予定だと朝から一緒に採取するために出掛けるはずだった。なのに私せいで台無しにしてしまった。


「ホノカ様ー! すいませ……寝てる……」


 さすがにお疲れだったのかな? やっぱり山をくり抜くのは簡単じゃなかったのかもしれない。平気なふりをして無理をしてたのかもしれない。なのに遅くまで私の勉強に付き合わせてしまった。

 採取は後日にして、ゆっくりお休みいただこう。


 私は泥だらけになったし、服を洗うために焚き火に火を点ける。お湯で身体をぬぐいたいから小さめの石も用意しておく。木のショベルを使って熱くなった石を転がせば私でも運べるし大丈夫だろう。


 服を脱いで洗濯。お腹も空いてるし、パンとチーズを焼いて食べようかな。いい匂いをさせると、ホノカ様が起きるかもしれないけど。

 よし、焼きリンゴも追加しちゃおう!


 ホノカ様も喜ぶし。パンの焼ける香ばしい匂いに、甘い香りが漂う焼きリンゴ。

 クラフターズハンマーのおかげで、いつの間にか入ってたリンゴがご飯の彩りを増やしてくれた。


「ンフッ」


 なんだかおもしろくなって、1人でクスクス笑ってしまう。私は昼食を取りながらホノカ様の様子を見る。寒くないかなと思ったのだけど、寝汗をかいてるみたいだ。タオルを濡らして、ホノカ様の小っちゃいお顔を拭くことにした。


 汗をかいてるから、熱でもあるのかと思って額に手を当ててみるけど、特にそんな様子もない。やっぱり疲労なんだろうか。子供の身体になってしまったのだし、無理はしないで欲しいな。


 そしてホノカ様が目覚めないまま、7回目の朝を迎えた。


「大丈夫……大丈夫…………」


 息、してる。

 心臓、動いてる。

 大丈夫。

 体温、安定してる


「まずは、水、水を」


 新しく作ったタオルに水を含ませて、ホノカ様の口に持って行く。少しずつ、湿らせるように、少しずつ。

 太陽が昇ったら、日を浴びてもらう。


 油断はできない。拠点は外壁で覆われてるけど、乗り越えてくる魔物がいるかもしれない。飛んでくる魔物もいるかもしれない。音を聞き逃さないように身体強化しておく。


 1時間ほど日を浴びてもらったらトーフハウスにお戻しする。長すぎたら駄目だ。少しずつ、ホノカ様の体温の調整をする。上がりすぎても、下がりすぎてもいけない。ベッドにホノカ様を寝かせる。5分くらい経ったら布団を掛けよう。今の内に焚き火を起こして、お湯の準備だ。


 温める石を用意して着火。

 よし。

 作業場に戻って新しい罠を作る。

 カカカン、カカカンと金槌を振るう音だけが響く。

 収納箱もチェックする。

 ミルク、まだたっぷり残ってる。大丈夫。

 温めたミルクをタオルに染み込ませて、ホノカ様に飲んでもらう。

 こぼれたミルクを拭き取る。

 体温を確かめる。

 大丈夫……まだ、ホコホコ、してるから、ダイ、ジョブ……。


「わ、わだしっ、1人で魔物に勝っ、たんでずよ……22匹も倒しちゃいまじだっ。凄いでしょ? ホノカ様っ。お、お、お褒め……いただぎだいでずっ……ほめ……きて……」


 起きてください、ホノカ様……。


「ッヒ、んぐ……駄目だ、泣いてちゃ駄目だ」


 私もご飯にしよう。

 お腹いっぱい食べよう。

 パンを焼く。

 チーズを焼く。

 お肉を焼く。


「フ、フライパンっ、便利なんですよ、ホノカ様」


 私には願いがあった。

 痛くないこと。

 健康であること。

 お腹いっぱい食べること。


 でも、それだけじゃホノカ様をお助けすることができない。

 助けを呼べるようになるまで、力を付けるんだ。

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