第19話


 無事に教育実習を終えた賢三は、かなり満足が行く結果だと思った。生徒たちも物わかりが良くて、後輩だと思うと可愛いとさえ感じる。ゲンさんにも世話になった。彼は今後もあそこ(※)に来た中学生は、後輩として面倒を見ると言っていた。

※詳細は番外編を参照


 昼休みの会社で、杏子はいつもみどり子とランチを取る。ほとんどが社食で、美味しく、安く賄うのが常だった。新しいレストランやカフェに行くことは、誘われない限り、ない。みどり子と話すのは楽しい。


「ねぇ杏子、この前の賢三くんの教育実習校でのライブは、ものすごく良かったよね! 杏子のスキャットは最高だったよ! 賢三くんは毎度良いパフォーマンスだけど、翔平くんが良かった。あんなに合わせることができる人とは思わなかったし、まさかのオーボエにびっくりだったわ。」


「そうね、翔平が良かったよね。吹奏楽やってる人は大体の吹奏楽器が扱えるのだけど、あの天邪鬼の翔平が、まさかオーボエやるとは思わなかった。流石に芸大生だわ。あと、ドラムしか聴いたことなかった鈴木くんには感動しちゃった! ヴァイオリンだよー! 」


「私は賢三くんのフルートに感動しちゃったよ。確かにジョン・コルトレーンもフルート吹くけど、あの横笛の感じって、すごく素敵だった。『ブレーメンの音楽隊』とかさ、『ハーメルンの笛吹き男』を連想させるよ。」


「『ハーメルンの笛吹き男』のほうがあってそうだわ。可愛い生徒たちを連れてっちゃう感じ。(爆笑)生徒さんたちの顔見てたけど、みーんな唖然としてたもの。あっぱれだわ、我が夫! やっぱり教師に向いてるよね。」


「ねぇ、杏子。。。実は報告あり! 」


「えー!なんだろう?? もしかして。。。」


「実はね、クリスに指輪もらったの。。。」


「それって、正式な告白での婚約指輪ってこと?」


「そうなのよ! ほれ! 今のところ首に下げてるの。」


「うわ!大きなダイヤじゃない! 期待通り? で、なんて答えたのよ??」


「確かに期待はしてたけど、いざ本番になったらさ、『あぁ、こんなとき、オードリー・ヘップバーンはなんて応えたっけ??とか、考えちゃって、思わず『YES!』って。。。その後、クリスの両親とビデオ電話で話したの。喜んでもらえた!」


「そうか!これで親も公認の仲ね! 早く近くに引っ越しておいでよ!」


「そうね、まずは、クリスのビザを就労から配偶者に変えておこうかなと思って。日本ってうるさいのよ。まぁ、私も英国大使館いかないといけないけどね。。。あっちに住むつもりはないけど、婚姻届を出してしまおうかなって。要するに婚約しただけじゃなくて公式に結婚ということにして、クリスの立場を確立しておこうと思って。」


「国際結婚って大変そうだし、日本は凄くうるさいって聞いてる。うちの両親と妹はアメリカにいるけど、あっちもある程度の書類がないとダメなの。まぁ、彼らはアメリカ人になるつもりはないけどね。就労出し、大学が力があるから助かっているみたい。イギリスは日本では凄く立場が良いんじゃなかったっけ? 最初の大使館ってイギリスのだものね。」


「え? 最初ってイギリスなんだ! どうりで、イギリス大使館って一等地だし、桜並木まで出来てるよね。大英帝国の力だったってわけだわね。」


「凄いよね。で、もしかして、婚姻届に必要な証人のところ、私達にさせてくれるってこと?」


「それなの! クリスもね、杏子と賢三にお願いしたいっていうのよ。近々、お邪魔しても良い?」


「もちろんよ! いつでも来て。 実は私も言いたかったことがあるの。明日あたり、検査薬で検査しようかなって。。。」


「ちょっとー!! 遅れているのね? なんで明日なのよ!今日じゃダメなの?? 今から薬局行って買ってこようよ!」


「うーん、、、そう言えばそうか。。。やってみようかな。。。」


「どーんと構えてて、駄目でも私がそばにいるから! そうと決まれば早速買いに行こう!」


 杏子とみどり子は、そそくさと会社の最寄りの薬局に行き、妊娠検査スティックを買ってきた。さらには、普段使う人がほとんどいない常務取締役室の傍のトイレに行った。


「さてと、どうでるかな。。。」


二人は固唾をのんで時間が経つのを待った。


「音楽でも聴く?」


「もう、杏子って、こんな時まで余裕あるんだからね!あんたが主役なんだよ!」


しばらくすると、確認側の窓に赤い線が現れた。 二人は手を取ってジャンプした!


「やったね、杏子! もう、走ったら駄目よ! あと、バスを降りるときは左右確認よ!」


「うん。 賢三が喜ぶわ。あれから半年以上経ってもなかなかできなかったからね。病院の予約を入れておこう。」


 その日の帰り、杏子は、久しぶりに浮かれた気分だった。賢三に早く帰ってきてというメッセージを入れて、帰り道に商店街で、いつもよりも高いお肉を買って、すき焼きにすると決めた。祖母にも電話して、夕食のおかずを買って帰るとと告げておいた。スパークリングワインも買った。お酒は血行を良くする程度なら許される。どうせ、今日はお祖父さんと賢三は泥酔するだろう。。。


「ただいまー! 杏子も帰ってる? あのさ、これ、絵美里が作ってくれたこの前の学校ライブのDVD. すっげーいいのよ、これがまた。一ノ瀬も、自分のところのといっしょに永久保存版だって言ってるよ。御飯のあとに見ようね! ところで、何か良いことあったの? 早く帰れメッセージって珍しいじゃん。 お!おまけに、すき焼き??」


「へへへ、、、ちゃら〜〜ん!」

杏子はビニール袋に入れて持ち帰った妊娠検査スティックをかざしてみせた。


「おぉー!! やったじゃん、杏子! まってたよーこれ! バンザイだよね!」


そう言って杏子を抱きしめて、祖父母の居る居間に行き、報告した。


「まぁ、明後日の午後に病院に行く予約取ったのだけど、一緒に来られる? 私だけでも大丈夫よ。無理しないでね。以前に診てもらった先生だし、今後も経過も任せられて安心。」


「行く! 俺はすでに単位に問題はないからいつでも出られるよ。一ノ瀬に電話してくる。マスターとみっちゃんにも電話しちゃおうっと!」


「あとね、みどり子とクリスが婚約したよ! 国際結婚のめんどくささがあるから、さっさと婚姻届出すって。私達証人になるのよ!」


「おーすっげー!!ダブルでめでたいってことで。お祖父さん、今日はガンガンいきましょうね!」


「とにかく乾杯しいましょうよ、賢三さん。今日は飲ませますぞ!(爆笑)」


その後は楽しい宴となった。賢三もお祖父さんも、大いに酔っ払っていた。電話で知らせた美津子さんは自分のことのように喜んでいた。 2日後、杏子と賢三は病院の産婦人科に行き、一通りの検査をして妊娠が確実なものとわかり、歓喜した。


「良かったですね! 流産から十分に時間をあけてますから、着床もしっかりしていると思います。今度は自転車などには気をつけてくださいね。 なにか気になることなどありますか?」


「あまり気にしていなかったのですけど、最近、腱鞘炎の兆候なのかな?と思うことがありまして。。。何度か手に持っていたものを落としてしまったことがあって。。。時々手に力が入らないなと感じたり。。。」


「そう言えば、この前マイクを落としたよね。アレは滑ったんじゃなかったの?」


「わからないの。。。滑ったのもあると思うけど、力が入らなかったりするのよね。。。」


「そうですか。。。まだ特別な検査が必要とは思いませんが、いずれやりましょう、とにかく血液検査の項目を増やしておきますね。手足、つまりは末端を冷やさないだけじゃなく、温める工夫をしてください。これは妊婦さんには必須ですし、腱鞘炎やリュウマチも温めることは非常に有効なんです。とにかく、次の検診は1ヶ月後ですから、その時に順調ならちょっと検査してみましょうね。 タイピングなど、仕事のできる人はなりやすいですからね。やり過ぎには要注意です。」


「はい、わかりました。冷やさないようにします。」


「あ、俺がマッサージもしてあげるね! 手のマッサージって、あまり自分ではやらないと思うからね。一ノ瀬なんか絵美里にやってもらってるよ。ベーシストの命だからって。」


「そうですね!ご主人にマッサージをお願いするのって最良の方法だと思いますよ。安定期に入るまでは、とにかく普段よりは控えめな運動を心がけてください。前回は悪阻が激しい感じでしたね。食べ物を摂ることが助けになりますから、朝起きる前になにか食べられるように、ベッド脇にビスケットなどおいておくのも手です。あ、でも、それが癖になって太っちゃった妊婦さんもいますから程々に。。。(笑)」


「俺が杏子よりも先に起きて、プロテインシェイクとか持ってくるようにするよ。」


「それは良いかもしれませんね。 その後にゆっくりと起き上がれば、胃の中になにか入っているので、吐き気も起こらないと思います。試してみてくださいね。」


杏子と賢三は嬉しそうに診察室をあとにした。 医者は、カルテを良く見ながら少し考えていた。

『腱鞘炎かぁ。。。関節とか弱かったかな、彼女。。。ちょっと気になるかもしれない。。。』 医者は心のなかでつぶやいた。



 「あ、みどり子? いま、病院の帰りなんだけど、確定よ! どうする?今晩クリスとくる? おじいちゃんがお寿司取ってくれるって!」


「おめでとう!! 今日行ってもいいの? じゃ、クリスと一緒に行く。どうせ午後休取ってあるのよ、私達。 お寿司、うれし〜〜。」


 みどり子とクリスは、マンションを見に行くことになっていた。希望通りに杏子と賢三の家の近くを3件ほど内見すると決めてあった。近くに信頼できる友人夫婦が住んでいることは、みどり子もクリスも一番安心できると考えている。まして、杏子は英語が完璧なので、何かあった時に英語で対応できる唯一の頼みの綱だった。みどり子も英語はできるし、クリスの日本語は、もう十分大丈夫なのだが、もしも、病気などで苦しいときなど、やはり母国語が出てきてしまうし、クリスの親戚や友人が困ったときなど杏子は頼もしいバイリンガルだ。


「こんにちわ〜、お邪魔しまーす! 」


「みどり子さんとクリスさん、いらっしゃい! ご無沙汰しました。 二人は音楽室にいますので、どうぞ行ってみてください。今日はゆっくりしていただけますよね? お食事作りますからね。」


「お祖母様、いつもすみません。これは、お祖母様へ、そしてこっちはお祖父様へのお土産です。今日はクリスもお祖父様にチャレンジできますから!」


「これはこれは、クリスさんも、付き合ってくださいますか! じゃ、楽しみにしてますね。さ。どうぞ!」


「お邪魔します。 僕でもお祖父さんにお付き合いできるといいのですけど、よろしくお願いします。」


音楽室では珍しくスティーヴ・ウィンウッドのアルバムがかかっていて、賢三が大学の先輩から譲ってもらったフルートの手入れをしていた。欲しかったムラマツのもので、コンディションは抜群。彼の開いた足の真ん中に杏子がちょこんと座って本を読んでいた。その光景がなんとも絵になると、みどり子は思った。


「やっほー! おじゃましまーす。なんだかいい感じにくつろいでるのね! 選曲も珍しいんじゃない?」


「いらっしゃーい! たまにはヴォーカル物を選んだのよ。 なにか聴きたいものある?」


「ううん、ディーヴァの選んだ曲たちが素敵だよ。 賢三くんはとうとうフルートをゲットしたんだね!」


「ちょうど先輩が5本のうちの1本を売ろうかなって言ってるのを聞いて、速攻買ってしまいました。安くしてくれたしね。何と言ってもコルトレーンもフルートやるし。今回、教育実習で、一人女の子が興味持ってくれてね。サックスよりも女の子には入りやすい見てくれなのかなと思って。フェミニンでしょ?」


「賢三ったら、その子に惚れられてたのよ。。。うちの亭主はモテて、モテて。。。(笑)」


「イギリスでも女の子が一番憧れる吹奏楽器かもしれません。ピッコロよりもエンジェルな感じです。エンジェルって、大人の容姿のほうね。ピッコロは妖精でフルートは天使ね。」


「そうよね、クラシックコンサートって、あの、結構上半身の露出度高いドレス着てる女性奏者たちだけど、フルートは似合うわ! あと、私コルトレーンがフルート吹いてる画像を見たことあるよ。なんか、彼って繊細な人だったんだなって気がしたのよ。」


「みどり子さん、それ、大当たり! コルトレーンはね、すごく繊細な人だったんだ。傷つきやすくてね。。。マイルス・デイヴィスにはさんざん怒鳴られていたけど、それもまた同等のライバルが、結構ビビリーなので腹が立ったらしい。と、まぁ、これ、師匠連の受け売り。。。(笑)俺と翔平みたいな感じかもな。。。そう言えば、翔平もこのスティーヴィー・ウィンウッドの1曲聴いてたな。。。ペットもサックスも入ってないけど。。。俺達が踊った曲がラテン系だったからって言ってるんだぜ。。。ま、いいけどな。。。ペットを入れるように彩子にアレンジ頼んでたな。。。 さてと、みどり子さん、クリスくん!ご婚約おめでとう! 居間に行こうか。」


「そうね、おばあちゃんもおじいちゃんも、ワクワクで待ってるのよ。」


 4人は杏子の祖父母が待つ部屋に行った。奥座敷にはグラスが並べられ、沢山の食べ物が用意されていた。


「では、まず、こちらの部屋で。。。 婚姻届のご用意はお持ちですよね?」


「はい! ここにあります。どうか、証人になってください。山本さんご夫妻!」


「あ、この人たちは林夫妻ですよ。 ペンは、万年筆を用意してありますので、どうぞ。」


「そうじゃないのよ、おばあちゃん。みどり子とクリスは、おじいちゃんとおばあちゃんに証人になってほしいってさ。人生の大仕事、もう一回やって頂戴ね!」


 杏子の祖父母は突然の要請に驚いていたが、祖母はウルウルと涙を浮かべていた。まさか、こんなに素敵な国際カップルの結婚を証人として名前を記入できるとは夢にも思わなかった。


「そうですか、わかりました。僭越ながら私達が証人となります。どうか、末永くお幸せに! ハンコは実印にしますね。おばあさん、実印持ってきておくれ。」


「あと、もう一つ! 杏子が妊娠を確認しました! 今度こそ、大事に育ってもらいます! では、お互いに、おめでとう!  乾杯しよう!! 杏子はスパークリングワインを一杯だけね!あとはお茶です。」


 楽しい宴が始まった。今日この祖父母は上機嫌だ。


「帰りに市役所の夜間受付に寄ってくることにします。実は今日はここのご近所に賃貸マンションの内見をしてきたの。 私は、1つ気に入ったのだけど、クリスが今ひとつ乗り気じゃなくて。。。」


「僕はできれば一軒家に住みたいなと思ってます。古くても手頃な物件って、ないかなと思って。。。少し探したいんですよね。山本さんはどこか貸家とか知りませんか?」


「まてよ。。。将棋仲間の千葉くんのところ、離れにお嬢さん夫婦が住んでたけど、ご主人の両親が亡くなり、地元に戻ることになったんだ。誰も住まなくなるからどうしようかなって言ってたよ。あそこ、明日にでも観に行ってみてはどうかな、今から電話しておいてあげるから。結構大きな家だよ。クリスさんでも賢三くんでも頭がつかえてしまうことがないはず。築後10年は経つけど、当時としては最上級のモダンハウスとして有名だった。まだまだ綺麗だよ。千葉くんはお金のために貸し出すわけじゃないから、安くしてもらってあげるよ。 じゃ、ちょっと失礼して、電話してきますよ。」


「うわぁ、流石、お年寄りネットワークだな! じいちゃん、良い仕事してる。 俺も、あの千葉さんって会ったことあるけど、温厚そうなおじいさんでね、なんかうまく行きそうな気がするぞ。ま、じいちゃんに任せて、俺達は飲もうぜ! 時間はまだあるんだしね!」


「ありがとうございます。 まさか、こんな展開になるとは!! ディーヴァの回りって、幸せの風が吹いてるよね!それに便乗させてもらえるといいな!」


「あはは、、これって、結構賢三が持ってきている感じあるよね、おばあちゃん。」


「そうなんですよ。賢三さんが杏子と出会ってくれてから、どんどん良いことが溢れてきている感じがしますよ。」


「俺じゃないですよ。 ま、運を使い果たさないようにしないと。。。次世代が待ってますからね!」


「僕も賢三の回りが凄く光って見えます。最近は一ノ瀬くんとも話すようになれて、友達の輪も広がりました。ロンドン支社にいたら。こんなに幸せじゃなかったかもしれません。」


「ところで、まさかロンドン支社に戻るなんてないよね?」


「それなんですけど、Spouse・・・えっとなんだっけ??」


「配偶者よ」


「あ、ありがとう、ディーヴァ! 配偶者が日本人だと東京支社で東京定住が確実みたいですよ。出張はあると思うけど。 永住権が手に入りやすくなるし、配偶者としての権利ができるかららしいです。」


「国際間は色々と複雑なんだよね。。。 まぁ、イギリスと日本ってかなり良い関係だけど。。。いざという時は私のパパが力貸してくれるって言ってたけど。。。クリスは自立心旺盛だから、義父の力なんて頼りたくないのよね。(笑)」


「それは自分だけの力でできるなら、それが一番。。。じゃない??のですか?」


「流石ですよ、クリスさん! 英国人だから、騎士道精神ってやつ? (笑)ま、とにかく、ここの近くに住んでくれるって大歓迎なんだけどな。じいちゃん、うまく交渉できてるかな。。。」


「いやいやいや、お待たせしちゃいました。明日の内見、取り付けましたよ。 まだ不動産屋にも話してないし、廃屋にする事はできないし、貸し出すしかないのかな?って悩んでたみたいでね、誰かの知り合いが気に入ったら借りてほしいらしいですよ。家って、誰も住まないと朽ち果ててしまうからね。 今日は泊まっていってください。明日の朝、10時にと約束しましたからね。私に気を使わず、気に入らなければ断ってくださいね。」


「おじいちゃん、みどり子たちに聞いてからじゃなくっちゃ! どう?ふたりとも内見行ける?」


「もう、山本さんのおじいちゃん!最高。ありがとうございます。 内見、ご一緒願えませんか?」


「おじいさん、僕も嬉しいです、一緒に見に行ってください。」


「わかりました。じゃ、今夜は深酒できませんね。。。控えめにして次回に持ち越しましょうね。なーに、あの家は知ってますけど。私から観ると新しいし、良い物件だと思いますがね。」


「みどり子さんとクリスは明日、すごく忙しいね。家の内見して、決まったら、即、婚姻届出しに行くんだろ? その後はみどり子さんの実家だね。あー、めでたい! ついでに、俺と杏子の子供が無事に誕生できれば、もっとめでたいな。数ヶ月待たないと駄目だけど、盛大にやろうね。。。」


 翌日、みどり子とクリスは早起きして、おじいさんを待たせないように頑張った。。。が、すでにおじいさんは起きてラジオ体操をやっていた。つくずく、お年寄りは元気だと思った2人だった。 朝食は、クリスに気を使ったおばあさんが、洋風な朝食を用意してくれた。実はクリスは和食が大好きで、納豆も食べられるほどなのだ。先に言っておけばよかったと後悔したが、ベーコンとソーセージに焼いたトマトまで着けてくれたことに感激していた。早々に賢三も降りてきて、洋風な朝食を作る手伝いをした。バターをたっぷりと使ったスクランブルドエッグは彼の得意な一品で、杏子のおばあさんはホクホク顔だった。 杏子は、朝が弱いことと、妊娠の気だるさで、ベッドから起きなかった。賢三はコーヒーだけ持ってベッド脇まで行き、今朝の具合を尋ねた。杏子は微妙なほほえみを浮かべ、朝食は取らずベッドで本を読むことにした。


「杏子は、今朝はウダウダしていたいらしいから。。。妊娠初期ってさ、結構つらそうなんだ。まだ酷い悪阻はないけど、前回は酷かったからね。どうせ、起きがけだけだから、帰ってくる頃には大丈夫。じゃ、俺は寝室にいるからさ、帰ってきたらひと声かけてね。俺、上に行くね。良い物件であること祈ってるよ。あんまり乗り気になれなかったら、じいちゃんにハッキリ言うことだよ。こういうのは遠慮したらダメだからね。」


 賢三は杏子と寝室にいて、ヘッドホンでコルトレーンを聴きながら、サックスを磨いていた。杏子は、腕を伸ばして賢三の髪を触り始めた。なんとなく気だるいが、なんとなく賢三も欲しい。。。


「ねぇ、賢三。。。ちょっとハグが欲しい。」


「はい! ただいま参ります。 気持ち悪くなったら言ってね。俺、止まらないかも。。。パパシャワーだめかな。。。」

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