第17話


 「なんか、俺はいつも何も言わずに傍観してただけだったけど、はっきり言って新しいピアノマンを入れることは大賛成。実のところ、俺、塚野が苦手だったんだ。ドラムとパーカッションをやれって言うけど、どちらかにできずに迷ってたら、急かすだけで、あの刈谷さんっていうマネージャーにしても、俺は当然賛成すると確信めいたことを言ってきたし。。。いつやめようかなって考えたことがあった。でも、林がいつも必ず誘ってくれて、取り残されずにすんでた。助かったよ。 俺は大谷よりも塚野が苦手だったんだ。みんな大谷が問題のような感じだったけど、俺、大谷はこのバンドに必要だと思うし、林との絡みは、後ろでドラム叩いててもゾクゾクしてたよ。客観的に観られたっていうのもある。林の奥さんがいたときなんか、カッコよくて映画観てるみたいだった。 とにかく、俺は発言力ってなくて、つい黙って過ごしてしまってたけど、塚野がいないなら、これから俺、頑張るから。改めてよろしく。 ドラム担当、鈴木一也でした。」


「鈴木が、ちゃんと意見言ってくれて嬉しいよ。 常に我感せずなのかと思ってた。(笑)これからは、やっぱり一ノ瀬にリーダーやってもらいたいんだけど、どうかな?」


「何いってんだよ、賢三こそ、適役だと思う。」


「いや、俺も一ノ瀬が適役だと思う。今回のヴァージン・メリーを追い出すときの一言は最高だった。塚野は完璧に色仕掛けに落ちたんだよな。あんな女のどこがいいんだか。。。ま、とにかく、塚野よりもジャズが弾けるピアニストはゴロゴロいるぜ。シンセサイザーが扱えるやつがいいな。ハービー・ハンコックができるやつ。 ジョー・ザヴィヌルでもいいぜ。もうウェイン・ショーターはいるからな!(笑)」


「おい、俺はジョン・コルトレーンが降臨したと思いたいんだけど。。。(笑) まぁ、とにかく、一ノ瀬にお願いして、鈴木も、これからはどんどん意見入れてくれや!」


「うん、分かった。今まで中途半端なことしてて悪かった。あと、また奥さん連れてきてくれよ。あの人がいるだけで、金管楽器が冴えるってすごいことだよ。美人だしな。。。(笑)」


「そう!杏子ちゃんがいれば、俺、何でもできる。早く分かれてくれ、賢三。」


「おまえ、、、表出る?」


 絵美里がデザイン科の友人に頼んで、バンドのピアニスト募集のポスターとホームページを作ってくれて、大々的にピアニストを募集した。なんと1週間で男女30人近くの応募があった。全員がピアノ科の人ばかりではなく、大学での科目から分けたいという希望者も多かった。クラシックとジャズを分けて考えているのだろう。 3日もかかったが面接して、1曲弾いてもらった。一応各々のピアノを録音して、バンド仲間と絞り込むことになった。 経歴などは一切関係ない。先生でも構わない。流石に全員が技術だけは素人ではないとはっきりわかる。後はこのバンドのセンスと合致できるかどうか。。。 最終選考に3人残して選ぶことになった。 賢三は杏子を呼びたいとみんなに話した。迷いに迷っていたメンバーたちは、救いの手だと、すがる思いがした。翔平でさえ無口になるほど迷っているのが分かったので、やはり、経験値の高い信頼できる、ジャズを知っている人の意見が聞きたかった。 賢三はできれば翔平のいるところに彼女をこさせたくはないのだけど、杏子の耳の確かさは、プロ中のプロであり、誰と合わせるピアノなのかを熟知している。


「モシモシ? なに?賢三と翔平に合わせられて、できればソロが取れるピアニストが欲しいってことね?・・・ わかった。 会社の帰りに直接行けばいいのね? じゃ、校門のところまで迎えに来てくれる? 私、方向音痴だし。。。」


「俺が迎えに行くよ。上野駅まで。たまには普通に肩並べて歩いてみたかったんだよ。。。 いいだろう? 賢三。。。」


「お前だと、何するかわかんないしな。。。でも、今は酒のんでないし、一ノ瀬には、ここにいてほしいからな。。。 今回だけは許す。 じゃ、杏子! 猿が迎えに行くからさ、ムチ持ってないならグーパンで脅かして、言うこと聞かせてね。」


「はい、はい。グーパンは任せて。(爆笑) じゃ、 翔平、あとでね!」


 上野駅はすでにラッシュアワーも過ぎていたので、人混みに押されることはなかった。その昔、油絵学科の教授が、贔屓のモデルを迎えに来ていたのを、翔平は知っている。そのただならぬ甘い雰囲気に、あぁ、この2人は密かに愛し合っているのだなと理解したものだった。いつも、同じ時間にそこを通ってしまうので、つい目が行ってしまったのだった。不倫関係なのかな? などと詮索したものだった。あの2人は、今でも同じように愛し合っているのだろうか? 関係は羨ましいとは思わなかったが、あの雰囲気は許されるものだった。 自分はあの2人のような関係になりたいのか? いや、違う。自分は杏子が欲しいんだ。ただ、賢三とも良い関係を続けていきたいし、すでに賢三と話し合って、自分には勝ち目がないというのも分かっている。泥仕合になるのは嫌だ。どちらにしても勝ち目はない。だから、今の三角関係は好ましいのだと、自分自身に言って聞かせている。杏子に触れることはできる、彼女は優しい言葉くれて、理解を示してくれる。それだけで満足しなければ、長く関係を続けられないんだ。。。杏子の妖艶な姿を想像して、自慰行為に走るしかないんだ。。。 それとも、もしかすると、賢三と愛し合っているところを見せてもらうのはどうだろう? 想像しただけで心臓の鼓動が高鳴った。。。


「おまたせ。山手線に乗るのって久しぶりだった。最近は秋葉原にも行ってなかったからな。。。どう?翔平は元気にしてたの? 」


「ハグして良い? 」


「いいよ。 はい! どうぞ!」


「あぁ、杏子ちゃんだ。。。 うーん、めちゃくちゃいい匂い。。。このままエスケープしちゃわない?」


「ハハハ、何言ってるんだか。。。そんなことしたら、翔平と賢三の絡みや掛け合いが聴けなくなっちゃうじゃない。ピアニストは必要でしょ? 私にあの Hannibal をもう一度聴かせてよ。陶酔の世界に導いてよ。。。 今日は薬や葉っぱの匂いはしないし、酒の匂いも残ってないみたいね。いい子。じゃ、さっさと行かなくちゃ、候補者は3人もいるんでしょ? 録音はここに来るまでに電車の中で聴いてきた。3人共上手だと思う。各々に独特な癖もあるし、ジャズには必要かもしれない。 翔平は、どの子が気に入った?」


翔平は杏子の肩を抱き寄せて、そのまま歩を進めている。誰から観ても恋人のように見えるだろう。。。杏子は気にしていなかった。


「俺はね、ビル・エヴァンスを弾いたやつが良いかなと思った。音が邪魔にならない感じなんだ。女だけどな。。。 もう一人、キース・ジャレットを弾いたやつは、上手いけど、下手すると独壇場が欲しくて俺と賢三を無視しそうに思った。最後のは、ファンク向けだと思う。」


「うん、私も同じように聞こえた。実際の演奏が楽しみだわ。。。。ねぇ、翔平、ちょっと重いんだけど。。。」


「ねぇ、キスしていい?」


「頰にならいいよ。」


2人は考査に使っている教室にたどり着いた。 みんな一斉に2人を見たとき、杏子は、まるで呪霊にバックハグされているような出で立ちだった。すかさず賢三が剥がしに行った。


「おまえ、いい加減にしろよ。杏子が身動き取れずに青ざめているじゃないか。 大丈夫、杏子? ご苦労さま。。。」

杏子はやっと開放されたように喜び、苦笑いしてから、賢三に抱きついた。


「みんな久しぶりです。ここに来る前に録音はしっかり聴いたの。 後はパフォーマンスを観て、質疑応答を見せてもらいます。誰でもいいというわけには行かないよね。」


「杏子さん、お疲れさまです。今、絵美里が飲み物を持ってきますので、ちょっと座っててください。 あと、今日は真剣に参加しているドラムの鈴木一也です。よろしくおねがいします。 じゃ、時間が限られているので、最初の人呼びたいけど、先に簡潔な意見もらっても良いかな?。」


杏子は椅子に座ると両側に金管楽器の2人がいた。ただ、ベタベタと絡みついているのは翔平の方だ。飲み物を持ってきた絵美里は、杏子を気の毒に思うほどだった。。。 何をどうしたら、あんなふうに触れられてドキドキしないでいられるのだろう? と不思議にも思った。翔平はかなりのイケメンであり、その色気たるや、雑誌モデル並みだ。年上の女性の余裕とも取れるけど。。。でも、杏子の態度はさっぱりしてて、全く好感度が落ちないのも不思議だった。

 3人を待たせて、メンバーと杏子で話し合いになった。


「で、杏子さんはどう思いましたか?」


「うん、どの子も弾けるよね、それは間違いないから、アドリブをどうこなせるか? あと、この2人のアドリブにどう対処できるかかな。。。ジャズって、クラシックのような直線的な道がないでしょ? ちょっと曲がったからって、そのままでもよくないし、かと言って、真っ直ぐなのはつまらない。マイルスのコンサートなんか、同じ曲が毎回違うアドリブで演奏されるの。 だから曲全体を把握できてる、優秀なコンダクターが必要。そこは一ノ瀬くんが長けているから、心配ないけど、一ノ瀬くんと目で合図してその軌道を、どう修正できるかにかかってくる。あの3人が共通して弾ける曲で、賢三と翔平が絡んで見せてくれると、その子の力量がわかるかも知れない。私は今のところ、最後の女の子が良いと思う。」


「うん、それ良いかも知れないな。どう合わせてこられるかだね。 ちなみに、俺は最初の野郎がいいかなと思ったんだけどな。。。体力ありそうだし。(笑) ジャズメンは体力重要だしな。。。 じゃ、どの曲にするかな。。。ペットとサックスの絡みが入った曲で短めのだな。。。」


「なぁ、Happy Peopleにしないか? スキャットを杏子ちゃんに入れてもらいたい。」


「おい、翔平。。。杏子はアドバイザーとしてで呼んだだけだ。それに、ケニーって一般的? あの子達に弾けるか?」


「目立ったピアノソロがないからこそ、実力がわかるんだけどな。。。知ってるかどうか、聞いてきてよ。杏子ちゃんはさぁ、あの曲はめちゃくちゃソフトなスキャットだし。。。目を瞑ってたらいいんじゃない?」

  そう翔平に言われた杏子は、賢三の目をじっと見つめていたが、「いいよ!」と言ってくれた。


「ねぇ、その代わり、選考が終わってから、最後に Hannibal を聴かせて。気分良く帰りたいから。」


 一ノ瀬は3人に聞きに行った。まずはその曲を聞かせてみる。 3人共に知っているようだが楽譜がほしいと言ってきた。

それじゃダメ。。。合わせられるかどうかを試したいと言ったところ、3人共に目を輝かせて快諾した。


 椅子に座っているのは絵美里だけだった。杏子はマイクの調整をしてから、賢三の後ろにカウンター用の背の高い椅子に足を組んで座った。一ノ瀬と賢三はピアノのところでなにか説明している。翔平が杏子の所まで来て寄り添い、組んだ膝に手を当てた。杏子は何食わぬ顔をしていた。それをみていた絵美里は一の瀬に目配せするために席を立った。一の瀬から目配せされた賢三は慌てて杏子のところに行って、翔平を一喝していた。

 3人のために、同じ曲を3回演奏することになるが、メンバーは良い練習にもなるので、意気揚々としていた。杏子も、シャウト等のない、軽いスキャットなので、楽しんで歌うことができ、変なトラウマは一切出てこなかった。 賢三はそれが嬉しくて、アドリブが長くなったようだ。

 選考としての演奏が終わった。 杏子が口火を切った。


「私、やっぱりあの女の子がいいと思う。とにかく楽しそうに演奏できる子だと思うの。穐吉敏子を思い出させる。 基礎もしっかりしているし、ついてこられる。」


「俺もそう思った。俺のサックスを邪魔することないし、流れもスムーズだったと思う。」


「翔平と一也はどう?」

「俺もドラム叩きながら表情を観てたけど、ついてきてたよ。あの子が良いかも。 翔平は?」

「邪魔にはならなかった。 面接の時も邪魔にならないタイプだと思った。」

「じゃ、彼女に決まりな。伝えてくるよ。 じゃ、Hannibal の用意しといてくれ。」


 一ノ瀬は、3人ともつれて帰ってきた。入れなかった2人もHannibalを聴いてから帰りたいという希望だったからだ。


「国井彩子さんです。 みんなよろしくね。 これからのこと色々と聞きたいことは俺や賢三に聞いてくれたら良いと思う。それから、さっき聴かれたけど、女性ボーカルを入れてくれた人は、林杏子さん。彼女はセミプロです。今日は特別に来てもらったんだ。実は彼女は賢三の奥様です。」


「林杏子です。サックスの林賢三の妻です。」


「俺が林賢三です。 杏子の夫ね、夫。ちゃんと結婚してるのですよ。よろしくね。あ、多分不思議に思っているだろうから教えておくけど、トランペットは大谷翔平、杏子のコバンザメになりたくて、杏子を観るとべったりくっついているんで、よく誤解されるけど、ちょっと事情があってのことなので、気にしないでね。あくまでも俺と杏子が夫婦ですから。 あと、ドラムは鈴木一也くんです。パーカッションもできるから器用な男です。後、あそこの女性は美術学科の人だけど、一ノ瀬の彼女だから。上条絵美里さんです。よろしくね。」


「国井彩子です。入れていただけて、感激してます。スムーズ・ジャズを弾いていましたが、バンドでフュージョンが演奏できたらと応募しました。大体のアドリブには合わせられると思います。どうか、よろしくお願いします。」


 採用にならなかった2人も、非常に気さくなピアニストだった。彩子に対して称賛の言葉を惜しみなく贈った。クラシック一筋のお坊ちゃまたちではないということだと、賢三は嬉しく感じた。そして、今日の仕上げとして、Hannnibalのピアノ抜きでの演奏になった。彩子は入れるけど、敢えて聴く側になりたいと言った。彩子は演奏が始まる前から杏子に興味があり、近づいて、一緒に観させてくれと言った。何か話せたらという願望がある。 杏子はいつものように何も拒まない。


「あの、杏子さんは、音楽歴、長いのですか? やはりジャズを何処かで歌っているのですか?」


「私はセミプロと紹介したけど、スタジオミュージシャンとして使ってもらうほうがメインなの。いずれ、賢三か、他のメンバーからも聞くと思うけど、リードを取って人前では歌えないの。賢三とはその稀なヴォーカルをさせられた時に出会っているの。」


「あの、失礼かもしれませんが、大谷翔平さんは、親戚とかですか? 賢三さんよりも仲がよく見える時があるのですけど。。。」


「あぁ、翔平との仲は、他人から見ると不思議よね。。。そうね、いずれ知ることになるから、最初から知っている方が良いものね。 あのね、彼はリハビリが必要で、自虐的になるのをなんとか止められるのが私と賢三なの。私はアメリカで育ったからか、日本で言うベタベタとか、イチャイチャに見えることを、あまり気にせずにいられるのね。賢三は理解力が半端じゃないから、友達であり、ジャズ仲間を救うために、すごく我慢している。本当は他のどんな男でも、指一本触れてほしくないらしい。嬉しいことにね!(笑)でもね、翔平にはスキンシップ、それもものすごくディープなスキンシップが必要で、それは恋人からとは限らないらしいの。 更には、変な理由から人妻が大好きで、多くの問題を起こしている。。。だから、私は彼の問題を少しずつ解決するにはちょうどいい存在なのね。。。私、幼馴染を、同じような境遇で亡くしているの。助けてあげられなかった。。。だから、翔平を観たとき、彼の問題を知ったとき、助けなくちゃと思った。賢三はそれも理解してくれた。後もう少し。彼が完全に薬物を断ち切るまで。。。。だから、彩子さんも、分かってあげて欲しい。。。単に優しくしろとか、何でも大目に見て許せ! ということではないの。あくまでも凛として接して上げて欲しい。心配しないで、翔平は暴力的になることは絶対にない。誰も傷つけない、でも、辛辣な発言はあると思うの。それを受け流すように自分を鍛えて欲しい。ADHDなら救えないなのだけどADHD(注意欠陥・多動性障害)は完全に障害だし遺伝性でもあるので、それに沿った薬があるけど、彼は酒と麻薬だから、精神病治療薬じゃなくて、接し方で救えると思う。」


「そうだったんですね。。。随分前ですが、大谷さんを観たことがあって、あれ? ちょっとおかしい。。。と感じたことがありました。でも、彼のトランペットって圧倒的だったので、本物の芸術家なのかな?と思ったのですが、目が怖かった。。。 このバンドも、彼がメインのトランペットだと言うことで、最初は若干躊躇したのですが、あの学際のときの演奏を思い出して、彼らと学びたいと思いました。 事情を教えてくださって、ありがとうございました。心得ておきます。」


「ありがとう。私はめったにこの大学に来ることはないから、不安があったら賢三や一ノ瀬くんに相談するか、、、あ、そうだ、私の連絡先を教えておくね。多分これからみんなのが交換されると思う。私はいつでも相談にのるから。ただ、私と賢三は一心同体なので、何かを彼に隠すことはできないので、共有されてしまうと思って欲しい。ただし、彼への苦情は、私がバッチリ叱っておくけどね。(爆笑)」


 難しい選考だった。帰り道はみんなが和気あいあいとしていたので、気分は良かった。居酒屋で軽く一杯ということになった。みんなお腹も空いているから、親睦を兼ねての簡単な食事ということだ。杏子は翔平に酒を飲ませたくなかったが、完全禁酒にしてしまうと、薬に行きそうな心配もある。。。まぁ、酒も度を越すと薬と同じになってしまうが、併用よりはマシなのかも? 自分も賢三もいるので、今日は良しとするか。。。

 店の中でも、相変わらず翔平は杏子にガッツリとくっついていた。右手で酒を飲んで、左手は杏子のウエストに回していた。杏子は同じく右手で食べたり飲んだり、でも左手は賢三の足のところに置き、賢三が左手で酒を飲みながら、右手で杏子の手を掴んでいた。後ろから見るとなんとも不可解な画である。


「このバンドは、ジャズ・フュージョンを中心に演奏活動しているけど、ジャズも、できるだけ多く聴いておいてね。 そうだ、みんなに今度80年代のアメリカでテレビ放送してた番組で、「ナイトミュージック」っていうのがあったんだけど、賢三が全放送分の入ったDVDを持ってて、それをコピーしようと思うので、今度渡します。司会がデヴィッド・サンボーンで、俺から観ると、一番賢三のスタイルに似ていると思っているんだ。こう、斜めに右寄りに持つところとか、カッコいいんですよ、ジャズ・フュージョンのピークだった80年代だしね。」


「おい、一ノ瀬、俺は確かに見た感じがサンボーンに似てるかも知れないけど、あくまでもジョン・コルトレーンだから、よろしく~。。。あと、ナイトミュージックのDVDは杏子のお父さんからのプレゼントだったものだから、バッチリよ。映像は古さを感じるけど、音はグッド。コピーは一ノ瀬が全部やってくれます。」


「じゃ、今日は解散ということで、また、明日ね。 杏子さん、お疲れさまでした。ご足労頂いて感謝してます。」


「いえいえ、楽しかったです。選考って難しいね。。。少しでもお役に立てていたら良いのだけど。。。素敵なバンドになると思うの、がんばってください。今度、私が呼ばれるライブハウスなどで、このバンドが出演できるように声をかけておきますね。」


 杏子と賢三は、帰り道、翔平といっしょに3人で歩いていた。駅の近く、美術館のあるところで、翔平が話し始めた。


「なぁ、2人にお願いがあるんだけど。。。」


「何オマエ、いきなり改まっちゃって。 毎回言うけど、俺達は別れないし、杏子をオマエに上げることなど、ありえないから、そういった妄想はもうやめとけよ。この前キッパリできると話し合いはすんだだろう? 他に何が欲しいんだよ、しつけーなぁ。。。」


「分かっているよ。。。あれから何人か女と付き合ったんだ。ま、寄ってきたから断らなかったというのが本音だけど。。。でもさ、誰も心を揺さぶってくれなかったよ。他の女をアンタの顔を想像しながら抱いても、顔が重ならなかった。。。だからといって、何をどうしても杏子ちゃんが俺のところに来ることがないことも分かっている。。。そういうところもアンタの好きなところなんだけどね。。。俺は賢三になれないし、俺は賢三のことも気に入っているんだ。それを考えるたびに酒の量が増えていった。まずいなって思った。。。で、考えたんだ。 お前たち2人の夜伽が見たい。」


賢三は呆れ顔になった。


「ねぇ、賢三、私さ、帰国子女で日本語の語彙若干少ないんだけど。。。夜伽って、何?」


これにも賢三は焦った顔になってしまった。。。


「翔平、オマエさ、俺達にAV俳優になれって言ってんのかよ? 俺達夫婦の純粋な愛を、バカにしてないか?。。。3Pなんて、絶対にやらないぞ! オマエは杏子の裸に触れてはいけないんだよ。冗談じゃねーぞ、3Pなんて、誰がやらせるか!

杏子、つまりね、翔平は俺達がセックスしてるところを見たいって言ってるわけよ、ついでに自分も参加を企んでるのさ。。。。 翔平!オマエさ、本物の変態になっちゃったわけ? AVのDVDなんか山程持ってるだろう? デバガメをライブでやらせてくれっていうのか?  オマエ、一回死んでこいよ。」


「賢三、違うよ、俺は観てるだけだよ。俺、真剣に言っているんだ。 お前たち2人の幸福の絶頂を観てみたいんだ。」


賢三は目が点になっているし、体は硬直状態のようだった。


「ねぇ、翔平、幸福の絶頂って、視覚的に掴めるものではないと思うの。感情をキャッチボールしているのは、普段、寄り添っているときでも幸福の絶頂なのよ。私は賢三がサックスを磨いているところを観ても、幸せを感じ取れるの。それは多分賢三も同じで、私がキッチンで洗い物をしているところを観ていても感じられていると思う。私たちは信頼しきった愛情深い夫婦だから。」


「杏子ちゃん、それは分かっているよ。なん人も君たち2人の間には入れない。俺は杏子ちゃんに触れられるだけでも運が良くて、賢三の寛大な気持ちには感謝しているんだ。だからこそ、本物の愛を知っている夫婦の夜伽での絶頂を、目に焼き付けたいんだ。俺が一生かかっても手に入らないかもしれないものだから。。。 俺はわざと『夜伽』という言葉を使った。美しい表現だと思ったから。。。頼むよ。。。」


「俺はさ、けっこう寛大にオマエの変態行動を許してきているんだぞ。杏子とは揺るぎない信頼関係のある夫婦愛を持っておるからできるんだけどな。俺達のプライバシーは無視かよ。。。」


「翔平・・・ここでちょっと待ってて。少し夫婦で話し合わせて欲しい。」


そう言って、杏子は賢三を連れて逆側のベンチに向かった。


「賢三、私は大丈夫よ。夫婦だけの秘め事ってカッコいいけど、いやらしい意味を除外できる人になら、こんなに愛しているのよっていう百聞を一見にさせても良い。私は賢三以外とセックスすることはありえない。そして、多分、翔平は私を観たいんじゃないと思うの、『私達』を観たいのよ。幸福の具現化をしたいのだと思う。翔平って、私のこと以外でも諦めることが多かったと思う。『こうなりたい!』って思わせてあげることは、彼を救うことの一環に入るかと思うのだけど。賢三は嫌なの?」


「俺は今まで、翔平に関してはかなり我慢してきたんだけど。。。助けになりたいという気持ちはあるよ。 それに、何をしてきても杏子が俺からはなれないというのも分かっているんだ。ただ、俺も完璧な大人じゃないからな。。。 ま、杏子がいいというなら、俺は構わない。 俺、アイツよりも筋肉鍛えてあってカッコいいしな。(笑)」


2人は翔平のところに戻った。


「翔平、観せてやるよ。 ただし、その後、オマエは杏子には髪の毛一本でも一切触れることができない。もちろん今までのような挨拶でのハグもダメだ。たとえ杏子が良いと言ってもオマエからは一切触れられない。それでも良いのか?」


「あぁ、それでもいい。。。それでもいいさ。。。」


暫くの間、3人の沈黙がつづいた。。。

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