第15話


 賢三は杏子の体を気遣い、これでもか! というほど労りながら半年が過ぎていた。杏子はそれをありがたいと思う反面、女の体は、そこまで柔くないと信じていたので、、2ヶ月も経過すると普通にジムに通ったり、自転車で買い物に行ったりと、ひたすら体力をつけることに専念していた。食べ物も美味しいし、体調も良いのでヴォイストレーニングも楽しくできた。ただし、『眠い』という感覚が全く取れなくなった。ちょっと座っていると眠くなる。乗り物に乗ると眠くなる。。。

妊娠してた頃の癖が着いてしまったのかしら?? 血圧が低すぎるというわけではないのだけど。。。眠れば疲れも取れるし、あまり気にしないことにする。賢三は、まだ流産の影響が眠気を誘っていると思っているようだった。だから、一緒に音楽室にいるときは、ヴォーカルを着けられる曲は着けることを優先して、自分の体力が戻っていることをアピールしてみた。


 「なぁ、杏子、あれから半年経ったけど、もとに戻れた感じ? 良く眠っているから、体が辛くて、まだなのかな?ってちょっと心配してるんだけど。。。」


「体力的にも、身体的にも、もう大丈夫よ! 元通りだと思うの。 なに?? 気にしちゃってた? 眠いのは何だか、癖になっちゃっている感じなのよ。。。そうか、ちゃんと話しておけばよかった。 そういうことなら旦那様、今宵は少し夜ふかししましょうか?」


「はい!!!!」


この半年、性行為をしなかったわけではない。毎晩、お互いを確かめ合いながら眠っているが、杏子の寝落ちが激しかった。温まるとすぐ寝てしまうようになり、賢三はさみしい思いをしていた。気をつけていたのは子宮の状態が完全に戻る半年を目安にしていたので、避妊具を着けていたというだけだった。だからその晩は、賢三は久しぶりに興奮状態だった。杏子が求めてくれるというだけでも喜びが隠せない。 あのとき、シーツは鮮血に染まって、杏子は七転八倒して、苦しそうなうめき声をあげているのを目の当たりにし、杏子を抱きしめて、薬で落ち着くまで必死だったことを思い出すたびに、そばで寝息を立ててくれることの幸せを感じた。同時に女性が妊娠して子供を生むということが、神秘的ではあれ、如何に大変なことか、女性は命がけなのだと医者から言われるまでもなく、十分に理解した。肉体的な痛みを分かち合えない分、精神的には賢三のほうが大きく傷ついていたようだった。子供に執着があったわけではないが、『家族』を失ったような気分を拭えないのかもしれない。

 その晩の2人は、久しぶりに熱かった。杏子は以前にもまして艶っぽく、賢三の体は自分のものだという表現をしていた。それが賢三にとってはたまらなく心奪われる妖艶なもので、それまで過剰なほど大事にしていた杏子の体を、指先から髪の一本一本まで愛おしいという感情を隠さずに触って、慈しみ、そして貪っていた。

 杏子は満足を遥かに超えるほどの高揚感とオーガズムを味わう。 杏子は性交の間、目を瞑らないようにした。賢三の表情を観るのが好きだからだ。彼の表情はどこまでも優しく、ピークを迎えても眉間にしわが寄らない。口角を上げて、満足を表情に出してくれる。どこぞの誰かが、男には『賢者タイム』があって、ボーっとするというが、賢三にはなかった。賢三はタバコも吸わないし、終わった後も、杏子を優しくなで続けている。 その長い指先の優しさに酔いしれ、そのまま眠ってしまうのが杏子だった。その寝息が聞こえると賢三も徐々に寝落ちしていく。そうすることで翌日は、最高に気分の良い朝を迎えられる。 もう、子作りという意識は持たないことにした。 すべてを自然に任せようというのが、杏子の意見だった。賢三も同意した。時間はたっぷりある。自然の成り行きで子供ができれば言う事無しだ。


 気がつけば、賢三もしっかりと酒を飲める年齢になっていた。学際の準備に追われ、翔平との掛け合いが曲を盛り上げる物を選ぶ。どうしてもマイルス・デイヴィスを選んでしまう。 バンドのメンバーも重々に承知で、学際当日も練習に励んでいた。

 翔平は、精神的にだいぶ落ち着いて、演奏も安定していた。杏子に絡みたいというのは依然として変わっていなかった。杏子は母親か実の姉になったような気分だと感じている。 薬は、ほぼ完全に抜けているようだったが、酒は前にも増して飲むようになった翔平に、賢三は決して気が休まらなかったが、杏子に危害を加えるわけではなかったので、甘んじて許していた。杏子もあまりにもやり過ぎて来ればすぐに賢三を呼ぶ。 杏子の会社の連中もかなり来ていた。中原京介もアレックスと他の女子社員たちを侍らせて来ていた。そして、お約束で毎年来るのがカイドウの社長と秘書たちだった。

 ステージ脇で杏子が翔平に絡まれていて、端から見ると、翔平と杏子がベタベタしているように観えなくもない。京介は唖然とした。


「なぁ、みどり子さん、あそこのトランペットの男だけど、賢三くんじゃないじゃん。新しい彼氏ってことじゃないよね? 旦那の賢三くんもあんなに近くにいるし、公認の仲なの? やけにベタベタしてるよね。。。」


「あぁ、翔平くんね。。。芸大のチェット・ベイカーと言われる天才よ。 ディーヴァの弟みたい・・というか、大きな赤ちゃんみたいなものよ。とにかくスキンシップが必要な子なの。特にディーヴァからのね。。。誤解招くよね。。。 賢三くんは、かなり頭にきてるみたいだけど、賢三くんって、正義の味方なのよ。。。。自己中じゃないの。天才の芽を摘まない。それに、あの翔平くんは自虐的になりそうだと思ったらしいよ。まぁ、それ以前に、ディーヴァと賢三くんの信頼関係は、夫婦だからというだけじゃなくて、他人が入り込めないほど頑強だということなのよ。」


「なるほどね。。。でも、俺がディーヴァに近づいたときは、ものすごく怒ってたよ。。。」


「だって、京介くんって、楽器の天才じゃないじゃん。べ〜〜だ!」


「おい。。。。ま、たしかにな。。。(笑) なぁクリス、みどり子の辛辣さ、なんとかしてくれ!(爆笑)」


「え? 辛辣ってなに? 日本語、ムズカシデース! (笑)」


 バンドが選んだ曲の1つは『Hannibal』だった。このトレイターズというバンドはジャズフュージョンを得意としているし、翔平と賢三の絡みもあるが、賢三は、敢えて翔平を目立たせるように選曲を展開した様子だった。案の定、マイルス・デイヴィスのクインテットを彷彿させるような洗練された演奏となった。そのとき杏子は、賢三の新たな才能としてプロデューサーとしての力量が露見したと思えた。賢三は底しれない。自分が選んだ男は、天才以上の天才なのだと、ワクワクしながら見つめていた。

 数曲の演奏が終わると賢三は翔平を連れてカイドウの社長のところに行き、翔平を紹介していた。カイドウ社長は、目を輝かせていた。推しがもう一人増えたのだろう。


 「翔平、お疲れ様。今日のは凄く良かった。マイルスそのもののようだよ。 あ、あなたはチェットか。 でもね、酒臭い。すごく酒臭い。だから抱きつかないで。」


「杏子ちゃん、杏子ちゃんにハグしてもらえないと、ペットが吹けなくなりそう。。。酒? ちょっとしか飲んでないんだけど。。。 あの辺にいるグルーピー紛いの女たちが持ってくるんだよ。。。無碍にできないじゃん。。。」


「おい! 杏子に抱きつくなよ。 あと、あの辺の女たちには、俺からも言っておく。『猿に酒を与えないでください』ってな。(爆笑)」


 賢三は数人のレコード会社勤務という肩書の人と話をしていた。内容は自分と翔平だけをピックアップしたものなので、興味がないと言い捨てて、杏子のところに帰ってきた。


 「はい、杏子にはこれね。お気に入りのスロージンフィズ!極薄だけどな。 ホルンやってるお姉ちゃんたちから奢ってもらった! 俺のは酎ハイ、それも3ショットでめちゃくちゃ濃いの!。」


スロージンフィズを受け取ろうとした杏子は、、落としそうになった。

「おっと、、、ごめんね。。。。なんだかさ、最近、腱鞘炎なのか、関節炎なのか??手に力が入らない時があったりするの。 力が入らないって、嫌な感じ。」


「え? 冷え性になったとか? 会社で重いものとか、持たされているとか? 杏子は無理することないと思うんだけどな。。。最近、ピアノも結構弾いてたし。。。それもある?」


「季節の変わり目とか、影響出てくるのかな? この前なんか、渋谷のスタジオでマイク用意する時に落としたのよ。。。 嫌だな。。。年寄り臭い奥さんにならないように頑張るわ!」


「そんなの平気。俺の奥さんは永遠に美しいからな。」

二人は寄り添いながら、見つめ合ったり、キスしてみたり、まるで付き合いたての恋人たちのようで、遠目に見ていても微笑ましくて絵になる。


「賢三と翔平の絡み合い演奏、すごく良かった。賢三が譲っているのが分かったけど、それでも賢三のサックスはセクシーでどうしても耳がサックスの方に行ってしまう。私が賢三を愛しているからというもの手伝っているとは思うけど、私、これでもセミプロでしょ? だからわかるの。あの絡み合いは素晴らしかった。翔平を前面に出そうとしていても、賢三のサックスは引き込まれる。ペットとサックスのコンビネーションって、マイルスのバンドのしか観たことがないけど、やっぱりサックスが合わせているよね。まぁ、ジャズの帝王に合わせてもらうほうがおかしいけど。。。賢三は上手に自分を潰さないようにしながら、翔平をもり立ててた。翔平が賢三を離したくないのが分かるわ。彼を高みに連れていけるのは、賢三しかいないかも。私に触れてくるけど、怒らないであげて。私が心変わりすることはないし、あの子には、あの手のスキンシップが必要なのだと思うの。欧米の子にはよくあるのだけどね。。。言うこと聞かない弟みたいなものだと思うから、賢三もできるだけ我慢してね。。。愛してるわ!」


「俺、自信はないけどな。。。殴っちゃうかもしれないけど。。。ただ、あいつ、ギリギリなんじゃないかなって思う。杏子に言われ、助けてもらってからは薬には手を出していないようなんだ。でも、酒がその分増えてて。。。ウォッカか焼酎で、その度数が一番高いというやつ。。。それをロックでツイストレモンだけで飲むんだ。。。喉焼けるぜ。声までマイルスかチェットになりたいのかな? 今回も、杏子が『酒臭い!』って言ってやったから、少しは自重するかもしれないけど。。。なんか、俺達夫婦がボランティアしてる気分だな。。。あ、でも、カウンティング・スターのマスターと美津子さんも同じような気分だと言ってた。美津子さんにはお母さん的に接しているようなんだってさ。。。杏子にもその程度であって欲しいのだけど。。。」


「みっちゃんがお母さんだから、もう2人もいらないのよ。(笑)だから年齢的にも、お姉ちゃんになってあげるわ。」


「仕方がない。人助けだな。。。でもさ、大胆にも杏子を『くれ!』って言うんだよ、アイツ。。。一発殴ってもいいか?」


「ははは、ミュージシャンなんだから、手は大事にしないとね。。。翔平が過剰になってきたら、私がボデイにグーパンするから。(爆笑)」


 学際での演奏は話題になった。雑誌社からもレコード会社の人からも絶賛されて、今後も期待できると言われている。トレーターズだった。相変わらず翔平は何にも興味がなさそうにしているが、常に賢三のそばにいたがった。 リーダーはあくまでもピアノの塚野くんだった。温厚な彼だからなんとか維持できるグループだと賢三も一ノ瀬くんも思っている。


 「最近はジャズクラブでも演奏してくれというところも増えてきてるから、頑張らないとな。あ、そう言えば、学際のあとにマネージャーをやらせてほしいという子が来てね。今後はスケジュールのこととか、頼もうと思うのだけど、みんな良いかな?」


「いろいろと助かるんじゃないかな。 お願いしたらどう?」


「賢三がそう言ってくれるとホッとするよ。 翔平も賢三が良いと言えば何も言わないしね。バンドでの演奏経験のない子だけど、スケジュール管理とかもできると言ってた。いま、電話して呼ぶね。女の子だよ。紅一点になるね。」


そう言って、塚野くんはマネージャー希望者に電話した。10分もかからないで部室に女の子が入ってきた。


「刈谷純子といいます。チェロがメインの1回生です。以前からこのグループの音楽性に惹かれていました。学際での演奏を聴いて、もう、どうしても応援したくて塚野さんにお願いしました。運動部のマネージャーなら高校時代にやったことがありますので、雑用などもしっかりこなします、どうかよろしくお願いします。」


「一ノ瀬です。エレキベース主体ですがコントラもできます。塚野と同じで、3回生。主役の2人を支えてます、よろしくね。」


「ドラムの鈴木一也です。僕も3回生です。パーカッションも練習してますが、とにかく、管楽器の2人がクセが強いのでドラムに専念してますけどね。マネージャーは必要だったので助かります。よろしくね!」


「林賢三です。サックスやってます。好きなジャズミュージシャンはジョン・コルトレーン。彼のようなサックスプレーヤーになりたいと思ってます。サックスは、ソプラノからテナー、そして、時々フルートもやってます。これもコルトレーンと同じ。(笑)」


「え? 林さんは、フルートやるのですか? 私もフルートなら吹奏で唯一やっています。」


「あ、ほんと? じゃ今度一緒にフルート練習しようか?」


「はい、お願いします。」


「あのさ、多分同い年だから、敬語じゃなくて良いよ。俺、そういうの慣れてないし。。。 翔平はトランペットだから、フルートならTutuとか一緒にできるんじゃね? マイルス・デイヴィス、聴いてます?」


「はい、マイルス・デイヴィスなら聴いています。マネージャーの仕事って大変だと思うので、演奏はほんとに時々混ぜていただければ幸いです。」


「大谷翔平。トランペットです。」


「よろしくお願いします。学際のときの演奏、素晴らしかったです。」


 翔平は完全に無視していた。純子には全く興味がないという感じで、純子は少し気狭に感じた。だから、つい人当たりのよい賢三の方に行ってしまう。


「翔平、少しは歓迎してあげなよ。  ま、純子ちゃん、気にしないでね。翔平って、いつもこうなので。。。俺の奥さんにだけは感じ良いんだけどね。」


「え?林さんって、結婚しているんですか?」


「そう。俺、既婚者です。(笑) 彼女を捕まえておきたくて結婚しちゃったんだよね(笑) まぁ、翔平みたく、、わざとらしく人妻ばかり狙う奴もいるけどね。俺の奥さんは、俺一筋なのでへっちゃら!」


「杏子さんは、俺にも優しいんだからな。賢三だけのものにするにはもったいない。 もっと自由にさせてあげてくれよ。 ああ、マネージャーさん、あんた処女だろ? 心配いらないから。俺は、処女には全然興味ない。女は色気よ。ある程度の経験がある女性は美しい。そういう女性に見つめられると、トランペットも冴え渡ってしまうんだよ。 マネージャーにはハグくらいはさせてもらうかもな。」


 純子は目を見開いてびっくりしていた。


「おい、翔平、言い過ぎだぞ。純子さん、スキンシップとしてだから、いきなりやってきても気にしないほうが良いよ。酒臭いだけ。俺も、最初は俺の奥さんにいきなり抱きつくから、焦ったけど、今はもう慣れた。うちの奥さん、アメリカ長かったからハグは挨拶なので、全く相手にしてないんだけどね。」


「あぁ、学際のとき話題になっていたんです。あの女性は大谷さんの彼女なのかな??って。でも、林さんともイチャコラしてたし、みんな不思議がってました。 でも、素敵な奥様ですね。すごく綺麗だし。大谷さんの形容するような、陰湿な感じじゃないけど、色気ってわかる気がしました。演奏会があれば、またいらっしゃいますか? お目にかかりたいです。色気とか、参考にさせてほしいし。」


「杏子ちゃんの色気はね、普通の人妻とは違うんだよ。天然なの。 もう、賢三には絶対にもったいない。」


「お前、知ったふりするなよな。。。ムカつくぜ。。。まぁ、純子さんにも会うチャンスあると思う。杏子のほうが音楽経験が豊富なので、色々とアドバイスもらってるしね。 その時は、ちゃんと紹介するから。」


「はい、是非お願いします。ところで奥様って、どんなお仕事をされているんですか? 音楽関係なのですか?」


「大手の商社に勤めてる、OLってやつ。音楽を自由に続けるには9−5時の仕事が良いと言って、OLになったんだよね。でも、大手だから給料いいんだ。それも彼女の思惑通りに高給取って、好きな音楽は別物で楽しむということなんだ。で、月に3回くらいは、スタジオミュージシャンとして歌っている。もう、音楽の知識というのなら、俺達よりも数段上。」


「賢三、杏子ちゃんに観に来てもらってくれよ。おまえとの絡みの部分でアドバイス欲しい。ついでに俺の女になるように説得するし。。。」


「翔平・・・お前、喧嘩売ってるんだな? 表出る? 」


「はい、はい、はい。。。 刈谷さん、ごめんね。。。大谷以外はみんなマトモだから、アイツを適当にあしらえるように努力してください。わからないことは俺、もしくは一ノ瀬に聞いてね。賢三ももちろん教えてくれるけど、アイツに絡むと翔平から意地悪されるかもしれないしね。」


「あのぉ、それって、男性同士の関係ってことなんですか?」


「ははは! そう聞こえるよね。違う違う。翔平にとっては、賢三のサックスで引っ張ってもらわないと自分が吹けないと思っているところがあって、小さなきっかけでヤキモチを焼くことがあるんだ。そうなると、練習にも出てこなくなったりね。。。賢三には迷惑な話し。。。ただ、君も分かっただろうけど、彼らの音楽性って、一言では言えないものがあってね。。。俺達でも陶酔しきってしまう。。。あれは、多分、賢三のセンスだと思うんだ。。。奥さんから、ものすごく良い影響を受けてるしね。林夫妻は一心同体、誰にも引き離せないよ。(笑)」


「なるほど。。。 私も一応芸術としての音楽に関わっていますので、天才的な芸術家の奇異な行動や癖はあっても当然だという考えなので、理解できると思います。 色々と教えてくださってありがとうございます。今後とも、よろしくお願いします。 スケジュールその他、ノートとPCのどちらにも着けるようにします。」


「よろしくね! それから、連絡網としてのグループチャットも作ってるから、携帯に入れておいてね。あ、Lineじゃないんだ、俺達。WhatsAppっていうやつ。同じように無料だし、アメリカ資本のやつだから。 なんかね、外国だとこればっかりらしい。Lineって日本だけみたいだし。。。外国人からの連絡が多く入る賢三や翔平はLine入らないんだ。」


「わかりました。入れたらすぐに塚野さんのところにチャット連絡入れます。」


純子は、本心からこのバンドが好きなので、マネージャーができることが夢のようだった。翔平から威嚇にも似た洗礼をうけて、少したじろいだが、このバンドの金管楽器の奏者の2人共、十分に自分の好みであるということも頭に入っている。処女を指摘されたのには参った。。。当っているだけに。。。さらには賢三が既婚者だというのもショックだった。実際、賢三がお目当てだったというのは本音なのだから。。。でも、奥さんは学際での演奏のとき、どっち着かずな態度だったし、結婚という既成事実だけで、けっこうどっちも掴みたいという欲深かな年上女なのかもしれない。自分は違う。賢三さえ自分に興味を持ってくれたら最高なんだと言える。彼のほうが翔平よりも誠実そうだし、危険度が低く、自分の勉強にも大きく貢献してくれそうだと踏んでいた。そう、ただの追っかけ気分でマネージャーをしようというわけではない。自分なりの下心はある。もしも金管楽器の2人からフルートのアドバイスが貰えたら、きっと自分の役に立つ。


 「なぁ塚野、いつマネージャーの募集したんだよ。 無理やり押しかけてきたんだろ? どうぜマネージャーをやってもらうならさ、音楽史とかやって勉強系のヤツほうが良いと思わない? ここはさ、音大なんだよ。もしもフルートの勉強がしたいなら、他あたって欲しい。塚野が出演場所とか当ったほうが良いと思うんだ。 ま、俺はトランペットだから、教えるつもりはまったくない。賢三だって、俺に合わせることに集中してほしいから、誰かにレッスンなんてしてほしくない。」


「翔平、そう言うなって。。。実際マネがいると、助かるのは事実だし。。。影響与えるって良いことじゃない? 」


「教えてる暇ない。賢三の時間も割いてほしくないんだ。せっかくNARUで演奏させてもらえそうなんだろ? 俺とHannibalをサックスでプレイできるのは賢三しかいない、それ、分かってるよね? とにかく俺は彼女を、グルーピーとして扱うけど、いいか? 処女は嫌いなんだけどな。。。」


「おい、翔平、それはやめろよ。。。賢三だって怒るぞ。。。」


「そうか? アイツは喜ぶんじゃね? 俺が奥さんから遠ざかるほうが良いわけだし。」


「まぁ、様子を見ようよ。良い仕事してくれるなら、そのほうがいいじゃん。マネがいれば、俺もピアノ練習時間増えて嬉しいんだけどな。。。」


「ダメなら俺がクビにするからな。 賢三は『ダメ』が言えない男だって、お前も知ってるじゃん。俺はさ、女に優しいようで、一番厳しいかも知れないな。俺は女がどれだけ隠そうとしても下心なんか、透けて見える。彼女もそれはあると観た。 実際俺も杏子さんに下心があったから、同じ穴の狢で気持ちはわかる。でもさ、お前も知っていると思うけど、杏子さんがいるといないでは、俺と賢三の演奏がぜんぜん違うだろ? あぁいう人こそ、バンドについていてほしいわけよ。向上心を盛り上げてくれるような人。分かった?  あぁ~~杏子さんに会いて〜〜」


「なんか、俺の奥さんに会いて〜って、抜かしている変態野郎がいるみたいだな。そう簡単に会わせるかよ。バーカ! (爆笑)ふむふむ。。。まぁ、ボランティアでバックコーラスに呼ばれているぞ。チャージの高いところだけど、行くならチケット取っとく。」


「行く! 金に糸目をつけないぜ! どこ? 」


「青山。。。と言えばわかるだろ? 今回は断れなかったのもあるけど、久しぶりで杏子もやる気満々よ。」


「ブルー?? 行く、行く!! うわッ、最高。」


「あのさー、みんなもジャズ聴きに行く? チャージ高いけど、チケット取れますけど。一ノ瀬は絶対に来るだろうし、 マネージャーさんも声かけるかな。。。」


「もうすぐ来るよ。 行きたがるんじゃないかな。。。俺も行く!絶対。」


「遅くなりました、もう練習始まってますか? 」


「あぁ、純子ちゃん、今日は珍しく全員早かったから。 ところで、賢三のはからいで、青山のジャズクラブを見に行けるんだけど、ちょっとチャージが高いんだけど、興味ある?」


「クラブでライブですか? 青山って、もしかすると、あの有名な?」


「そう、ブルーノート。知り合いが出るんで、今から言えば取れるんだ。かなり参考になるような実力派のバンド。チャージはだいたい1万円、ちょっと食べ物を注文しなくてはいけなんだけどね。それも含めると1万5千円くらいかかっちゃうんだけど。。。場所が場所だし、奢りってわけには行かない。こんなに大人数で行くとは言ってないしな。」


「賢三、何隠してんだよ。ちゃんと言えよ、その知り合いって、お前の奥さんだろ?」


「分かったよ。。。 そう、俺の奥さんがバックヴォーカルで呼ばれたんだ。なんか、無理押ししてきてもらうようでいい難かったけど。。。」


「あぁ、そうなんですか。行きたいです。 林君の奥さんって、バックヴォーカルなんですか? ヴォーカルとしてリード取ってないんですね? それでもメンバーってことで、最高峰のクラブに融通利くんですね。羨ましいなぁ〜、ははは(笑)」


「おーっと、賢三、じゃぁ、全員ということで頼むよ。大丈夫さ。衝撃って気持ちいいもんだし。(笑)」


純子にはバンドの4人がいきなりシラケたことが、よくわからなかった。 これに関しては、賢三や翔平ではなくて、途中から傍観してた一ノ瀬が一言挟んだ。


「刈谷さんさ、女性ヴォーカルって、どういう人を知っているかわからないけど、ジャズから始まる黒人音楽のことを熟知してからそういうこと言ったほうが良いよ。 サラ・ヴォーンもチャカ・カーンも、みんなバッキング・ヴォーカルだった人たちだからね。君、賢三くんの奥さんのヴォーカル聴いたことないだろ? スタジオ・ミュージシャンって実力ないとできないって知ってた? とにかく、クラシックしか知らなくて、マナーのない物言いをしてほしくないな。マネージャーってさ、もっと謙虚じゃないとジャズバンドの仕事の整理できないぞ。」


「あ、すみません。。。ジャズ・フュージョンのバンドですよね? 自由が売り物なのかと思って、つい本音で話してしまいました。以降気をつけます。」


「はははー 受けるぜ! バージン・メリーさん。この大学に入る前に、たっぷりお金使って入ったお嬢様なんだろ? ジャズとジャズ・フュージョンの差もわからないくせに、偉そうなこと言うなよ。 おい、塚野! マネージャーって知識のない奴でもできるんだっけ? 俺、嫌だな。。。」


「翔平!ストップ! わかった、わかった。まぁ、杏子のバンドじゃないけど、とにかく実力派のバンドだから、みんなで行こう。安くできなくて申し訳ない。ただ、杏子もみんなで来るとは知らないんだ。体調も戻ったし、俺も久しぶりの彼女のヴォーカルをしっかりと聴きたいと思ってね。 まぁ、誰もがっかりしないさ。」


「なんだか、雰囲気壊してしまったようで、すみません。。。でも、林君の奥さんって、変わってますよね。結婚してても他の男性、それも旦那さんと同じバンドの人と、かなり濃厚に仲良くないですか? 」


「バージン・メリーさん、それって、俺のこと?(笑) あのね、俺と賢三はたしかに立場は違うけど、あのディーヴァを共有できるくらいの仲なんだ。特別ってことさ。」


「おい、共有なんてしてね〜ぞ。あくまでも俺がパートナーだから。 ま、とにかく、来週の金曜日だから。演奏は9時からだけど、7時に着席なので、そのつもりでね。 じゃ、はい、今日は解散! お疲れ様。」


 一ノ瀬が賢三のところに小走りに近寄った。賢三は押し殺していたが、かなり不機嫌だった。


「一緒に帰ろうか、賢三。 それにしてもカチンと来ることを平気で言う女子だよね。。。マネージャーなんていらなくないか? 翔平は、かなり危ないぞ。練習に来なくなったら大変だよ。。。また薬や女遊びに走りそうだし。。。」


「まぁな。。。翔平に関しては杏子が、あそこまでして頑張ってるから道を外させたくないんだよ。。。俺だって思いっきり我慢しているんだぜ。隙を見せたら翔平が絶対にまた杏子に言い寄るからな。危なくて仕方がないんだ。。。でも、俺と杏子は完璧に信頼しあってるし、翔平とのセッションはやっぱり最高なんだ。。。だからマネージャーは、ちょっといてほしくないかもしれないな。。。翔平が乱れる。」


「俺が塚野に話すよ。賢三は何も言わなくていいから。任せておいて。 たぶんね、塚野があの刈谷純子のことが気に入っているんだと思うんだ。迷惑な話だ。あ、そう言えばさ、俺、最近彼女ができたんだよ。。。。美術科で彫刻やっている子なんだ。俺達のバンドのこと気に入ってくれてて、学際以降、何回か会ってて、付き合うことにしたんだ。小さいんだけど、流石に彫刻学科の子だから力持ちなんだ。今度紹介させてくれ。おとなしいけど、音楽好きでね。(笑)」


「えー! 彼女できたの? いいじゃん、一ノ瀬! 暇じゃないのに、やるなぁ。。。今度、どこかで一緒に会おうぜ! 杏子も連れて行くよ。」


「あぁ、是非! 杏子さんには会ってほしいんだ。」


「じいちゃん&ばあちゃんも、一ノ瀬に会いたがってるから、今度連れてこいよ。」


「え?いいの?? じゃさ、お祖母さんにまた、唐揚げお願いしても良いかな? 俺材料買っていくからさ。 絵美里っていうんだ。2つ上。。。彼女にあの唐揚げのコツ掴んでほしくて。。。素直だし、田舎ではお祖母さん子らしいから、きっと山本家のお祖母さんにも気に入られると思う。」


「分かった、任せなさい! ばあちゃんは一ノ瀬が推しなんだってさ。(爆笑) バイトないようだったら、今度の土曜はどう? この週末、俺はバイト入れなかったんだ。 杏子も土日は自宅練習だけで、バンド練習入れないって言ってたから。」


「じゃ、早速連絡入れてみるよ、、、って、あ、、、あそこに立ってる。。。あれが絵美里。」


一ノ瀬は手を降って正門のところにいる女の子のところに走り寄った。 小柄な子だ。一ノ瀬が大きいので、まるで漫画の『チッチとサリー』のようだ。


「賢三、これが絵美里、俺の彼女です。」


「はじめまして、上条絵美里です。美術科で彫刻をやってます。晶さんのバンド、学際前から好きでした。応援してます。」


「林賢三です。応援いただいているようで、嬉しいですよ。 今、一ノ瀬と話てたんですけど、今度の土曜日、家に来ませんか? ばあちゃんに御飯作ってもらいますから。」


「え?ほんとですか? 是非お願いします。晶くんから林さんのご家族のことは聞いていて、すごく素敵なご家族だなと思ってます。手作り料理を学習したいので、お手伝いしながら一緒に作らせていただけると嬉しいのですけど。。。」


「あ、ばあちゃんはそういうの大好きだから、喜ぶ。奥さんの杏子も、けっこう料理はうまいんだ。全部ばあちゃんの伝授だし。仲良くなってやってね。」


「こちらこそ、お願いします。」


 賢三は、この2人を微笑ましいカップルだと思った。土曜日が楽しみだ。杏子の祖父母が喜ぶ顔が目に浮かぶ。最近は杏子の流産のときから、しょんぼりしていたし、ちょっと活気が出るだろう。



 土曜日のお昼すぎ、一ノ瀬は、毎度の木村家さんの和菓子を土産に、賢三の家にやってきた。傍らの絵美里は小さくて、一ノ瀬よりも年上には見えなかった。 一ノ瀬が今日この祖父母に絵美里を紹介すると、迎えに出た杏子の祖父母は、ものすごく喜んだ。


「まぁ、まぁ、一ノ瀬くんったら、こんなに可愛らしい彼女さんができたなんて、素敵だわ! さ、さ、どうぞ上がってください。賢三くんも杏子も音楽室にいますよ。良かったら覗きに行ってください。すぐにお茶を持っていきますからね。」


「ゆっくりしていってくださいね! 明日は日曜日だし、良かったらまた奥座敷に泊まっていきなさい。彼女さんもご一緒にどうぞ! 我が家は、そういうところは寛大なんですよ。(笑)」


「あは、それは、えーっと。。。じゃ、お言葉に甘えることにします。絵美里さん、良いですよね?」 


「あ、、、、はい。お泊りセットなどは持ってきてないのですけど。。。どうしましょうか、晶くん。。。」


「うちは旅館じゃないのに、なぜかタオルと洗面用具のセットがたくさんあるんですよ。でも、流石に下着とパジャマはないので、上の若夫婦のものを持ってきてもらいましょうか? あの人達も予備はたくさんあるはずですから、無駄なお金を使わなくても大丈夫よ。」


「よう!いらっしゃーい! あ、俺のパンツは新しいのないぞ。一ノ瀬は買ってこいや。 絵美里さんは、、、杏子のは、悩殺セクシーパンツしかないけど、いいよね〜? (笑)」


絵美里は顔を赤らめた。


「あ、コン、コンビニまで行ってきます。。。お気遣いありがとうございます。。。」


「あ、いらっしゃい! ちょっとヴォイトレしてて、出てくるの遅くなって、ごめんなさい。杏子です。賢三の妻です。(爆笑)一ノ瀬くんとは、仲良くさせてもらってます。絵美里さん、気を使わないでくださいね。新しい下着は、悩殺じゃない普通のがありますから、よかったら。。。」


「あ、杏子、それ良い・・・も一回言って、『賢三の妻です』って。。。もう、瞬殺。。。」


「杏子さん、押しかけてすみませんね。どっちにしてもコンビニに2人で行ってきますから大丈夫ですよ!(笑) 何か他に必要なもの、ありますか?ビールとか??」


「ビールとかは、お祖父ちゃんがいつもお中元やお歳暮でたくさん貰うから売るほどあるので、炭酸水、数本買ってきて。」


 その晩は、楽しい食卓となった。杏子の祖父母は、また楽しく語り合える仲間も増え、杏子の立ち直った姿が、あまりにも眩しくて美しいと分かった。自分たちの孫娘は子供の頃から強い子だったのを忘れてた。さらには理想とも言える孫娘婿の賢三は、近所でも自慢できる男だ。彼らと暮らせる幸せを感謝してやまない。

 一ノ瀬の彼女、上条絵美里は真面目そうな子で、唐揚げの手順をしっかりとノートに取っていた。杏子の祖母が驚くほど、ゴツゴツした小さな手は、流石に彫刻をやっている芸術家なのだと納得してしまう。


「音楽室にいたいでしょ? 手伝ってもらってて良いのかしら? すごく助かってますけど。。。」


「いいえ、私は唐揚げの手順がわかって本当に助かってます。私が晶くんにできることって、美味しいものを作るくらいしかなくて。。。ベーシストとしての晶くんも大好きなんですけど、私は楽器は縦笛くらいしかできないので。。。彼らのバンドって、すごいですよね。感動しちゃって。。。 杏子さんの歌は素晴らしいと晶くんから聞いています。なんとかトラウマがなくなるといいですね。。。随分良くなったと聞いています。」


「料理は、色々とお教えできますよ。いつでも来てノートにしていってくださいね。一ノ瀬くんも大歓迎なの。 杏子のこと、一通り一ノ瀬くんが話してくれたかしら? あの子は苦労しているの。。。でもね、賢い子だから、自分で頑張って乗り超えてきたのだけど、流石に2週間も意識不明になったほどの傷は、心の傷も含めて、深くて大きい。。。それでも歌うことを辞めなかったし、賢三くんとの縁も、歌が結んでくれたしね。それに彼女は、目立つことが大嫌いだから、スタジオミュージシャンが性に合っていると言うの。 ライブのステージも、『手伝い』だと思って歌っているの。だから、後ろの方に場所を作ってもらうみたい。今度、ブルーノートで歌えるらしくてね、バックヴォーカルでも、声が通って迫力あるのよ。良かったら観てあげてね。」


「はい、晶くんと見に行くことになってます。 私のように絵画や彫刻をやっている人間は、音楽が誘導してくれる境地というものをとても尊んでいます。感動的な完成へのパラダイスに連れて行ってくれるんです。音楽って素晴らしいです。」


 絵美里は、音楽室に夕飯ができたことを伝えに行ってみた。ドアをそっと開けて合図してと言われたので、そうすると、3人ですでにバンドとなった感じのセッションが行われていた。 驚いた。。。こんなに完成された1曲をグループを作っていたわけでもない3人が、完璧に演奏している。そして何よりも、杏子の声の素晴らしさは、完全な素人である絵美里にも理解できた。そして、杏子と賢三をしっかりと観ながらサポートしている自分の恋人が更に愛おしく感じた。曲が終わるまで袖で隠れるように観ていた。

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