第12話

  杏子の悪阻は、適度に治り始めていたが、やはり朝食は食べにくかった。 食べることで、防げるというのはわかっていたが、簡単じゃなかったので、体重は増えずに減ってしまったのが気になっていた。まだ会社では話していなかったので、みどり子だけがとても心配していた。  営業一課から京介が来ることが減ったが、それでも京介は腑に落ちないという態度をやめなかった。


「アレックス、俺ってしつこいかな? まだチャンスがあると思っているんだけど。。。」


「しつこいな。。。人のもの取ろうとするって、俺には考えられないし。確かにいい女だけど、他にもたくさんいるじゃないか? 京介はモテるんだし、なんでそこまで執着するのかがわからないよ。もしかして、ディーヴァというよりも、旦那の方に興味が行ってない? カイドウをどう落としたのか? 気になるよな。 どちらにしても、新婚で、今がピークだし別れさせるのは無理だと思う。」


「たしかに、あの若造には興味がある。なんで俺じゃなくてアイツなんだろう??と不思議で仕方がないんだ。ディーヴァの好みというのもあるだろうし、性癖が一致するとかかもしれない。。。でも、あのカイドウ社長の入れ込み具合は普通じゃないだろう? それもあのカラオケの短い時間だけで。ジャズって、そこまでマジック?」


「ジャズって、マジックだよ。一度ハマったら、とことん引きずり込まれる。まして、演奏できるってなると、特に女の子は惹かれると思うな。。。アイツ雰囲気あってカッコいいし、勝算は薄いと思うぞ、止めておけって。。。」


「そうなのかな。。。 杏子を落とすのがダメなら、旦那に落ちてもらって、分かれてくれたいいんだけどな。。。ミュージシャンって、グルーピー抱えてるし、グルーピーになりたい女って、山ほどいる。面白いことできそうに思うな。。。」


「京介、、、それって、本当にディーヴァが欲しいんじゃないな。京介はディーヴァの旦那を陥れたいだけだ。馬鹿げてるよ。ディーヴァが不快になるだけじゃないの? 俺は一切かかわらないからね。クリスにすぐバレそうだ。クリスは真面目だからね、敵に回すと怖いぞ。」


「会社の外のことなんだし、気にしないよ。クリスがなにか関わることもないでしょ。」



 社員食堂のメニューは代わり映えこそしないけど、好きなものがすでに決まっていると時短になり、満足するものだった。杏子とみどり子、そして時々クリスが同席する。クリスは無駄が嫌いなので、外で食べることの時間の無駄とお金の無駄を、みどり子にじっくりと教えていったようだ。お嬢様感覚が取れなかったみどり子も、ずいぶんと賢くお金を使うようになり、みどり子の両親はかなり嬉しそうだ。 クリスの箸の使い方は、杏子とみどり子よりも上手なのが、周囲の人達の笑いを誘う。特に付き合っているみどり子の家柄は作法にうるさい。そういう意味で、クリスはみどり子の母親から合格点をもらっているだろう。

「ディーヴァ、今日もきつねうどんなの? それも残すくらいしか食べないって、良くないんじゃない? 間食とか食べているなら良いけど。。。賢三くんも心配していると思うなぁ。。。」


「ありがとう、クリス。これでも最近は食べられるようになったんだけどね、一時は賢三がガツガツ揚げ物食べているのを観て、吐いてたし。。。(笑)」


「それって、賢三くん可愛そうだわ。。。 ガンガン食べられる年頃なのに、奥さんが気持ち悪がってたら、がっかりよね。。。」


「賢三って、そういうの気にしないで食べ続けられるの。。。 で、完食してから、大丈夫?って言ってくるし。。。」


「もう、それ、なんか漫才みたい。。。」


「最近はもう、初夏を通り越して暑い日があるじゃない? おまけに梅雨に入るし、それも影響して、気持ちが悪いのだと思うの。もうすぐ終わるだろうって、医者が言うから、期待してるけどね。」


「賢三くんは、最近はどこかでライブやってるの?」


「あぁ、本牧のストンプ、ほら、結婚パーティしたところの道向うのジャズバー、あそこならちょこちょこと呼ばれてる。あのジャズバーは上手なバンドしか扱わないから、見に行ってあげて!  夜の9時から開演になるから、帰りはいつも夜中で私は寝てるから、ちょっと可愛そうなのだけどね。。。若いってすごいなって感心しちゃうの。カウンティング・スターでのバイトの後だし、あの店にも食事に行ってあげて! マスターたちも喜ぶわ! スケジュール聞いて、メールするね!」


 昼食が早かった、余った時間で、みどり子とクリスがコンビニに行くことになったので、杏子は会社の中庭で音楽を聞くことにした。彼女のイヤホンは ‘Shure’ バランスの取れたサウンドが気に入っている。いつもならソウルのなにかを聞いているはずが、今日は マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンの共演したアルバムを、そのまま賢三と大学の仲間がなぞって録音したものを選んだ。賢三が演奏するコルトレーンを意識した曲は蕩けそうになるほど気分を良くする。お腹の子もきっと満足だろうという気がした。


「ディーヴァ! シエスタ??」 京介が肩をたたいて話しかけた。


「あら、先輩。ご無沙汰してます。 そうなんです。良い天気だし、気持ちよくって。」


「ディーヴァ、顔色良くないし、少し痩せない? 若き旦那様とはうまく行っている?」


「おかげさまで旦那とはうまく行ってますよ。 体調不良は、ここのところちょっと続いてますけど、梅雨が明ければ、なんてことない感じだと思います。 私、中学生くらいから、血圧が低すぎたりで、貧血を起こすことが多かったんです。今はその時期なのかも? ご心配いただいて、すみません。医者にも行ってますし大丈夫です。」


「旦那くんは、ちゃんと観てくれてる? 奥さんがかまってくれないと、他の子と遊んでることもあるかもしれないし、監視しないとね(笑)」


「ははは、全く心配いりません。 彼は、どこにでもいそうな、所謂ステレオタイプの大学生男子じゃないんですよ。だから心配はご無用です。 じゃ、私部署に戻りますから。」


「あ、ごめん、ごめん。気分害しちゃったかな。。。ごめんね。新婚さんなのに、変なこと言っちゃった。 でも、正直言って、未だにディーヴァがあんなに若い子と結婚したっていうのが信じられなくてね。。。」


「だから、大丈夫なんですよ。 賢三は、中原先輩のようなエリートじゃないですけど、エリートだけでは芸大には入れないんですよ。アーティストはエリートもいますけどね。エリートだけじゃアーティストにもなれない。賢三はアーティストなの。 彼の音楽センスは私と同調できるもので、お互いに尊敬しあえるんです。私今、とっても幸せなんです。」


「そうか、それは良かった。 まぁ、俺のドアはディーヴァのために開いているから、いつでも話に来て欲しい。いつでもね。」


「はい、どうもありがとうございます。」


ふん、不愉快だ! まったく不愉快だ。中原京介は何がしたいのだろう? 私のここまで辛辣な批判にも全然動じないって、驚異的な面の皮の厚さなのね。。。さすが、打たれ強い営業マンの世界を君臨する人だわ。。。自信がありすぎると、批判も称賛に聞こえてくるのかしら? どちらにしても大口のカイドウの契約は取れたし、会社関係で関わることはないはず。中原先輩は賢三のことが気に入らないのだわ。。。そして、昔から英語圏で言われているけど「Feeling is mutual」そう、気持ちはお互い様で同じように相手を考えているということ、賢三も滅多になく中原先輩のことは好きじゃないとはっきり言ってた。やれやれ。。。


 金曜日の夜にちょうどストンプでの賢三のライブが入ったので、みどり子とクリスを誘った。ジャズ・フュージョンのバンドだそうだ。杏子も調子が良かったので、行くことにした。パパのサックスを聴いて胎教になるかもしれないと考えた。

 先にカウンティング・スターで食事ということになり、杏子たちの注文を賢三が出したところで、賢三は上がって良しとされた。


「いらっしゃいませー! みどり子さんもクリスさんも久しぶりですね。今日はこの後、ストンプにも来てもらえるそうで、嬉しいですよ! 今日のバンドは、ジャズ・フュージョンがメインなバンドで、ジャズ慣れしてない人にも聴きやすくて楽しめます。テンポが早いんです。バンドの連中はけっこう若いので、演奏終了したら、席に行くかもしれません。気さくな奴らですから。 杏子、調子良さそう?」

そう言って、杏子を抱き寄せて、お腹にそっと触れた。 杏子は 嬉しそうに頷いた。


「うわぁー楽しみ! ところで、賢三くんの一番好きなサックスプレーヤーって、誰? 」


「ジョン・コルトレーン。。。もう、尊敬しっぱなしのサックスプレーヤーなんですよ。彼のように演奏したいと常々思ってますが、無理。。。少しでも近づけるように頑張ってますけどね。ただ、彼は酒と薬に溺れて出演する公演を何度かすっぽかして、マイルス・デイヴィスのバンドを首になってます、、、マイルスに思いっきり殴られて。。。マイルスとは同い年なんですけど、先にメジャーになったことと、薬の恐怖は自ら経験してるから深酒と薬には厳しかったんですよね。。。ま、数年後に再加入してますけどね。あ、全然関係ないこと言ってた俺。。。ジョン・コルトレーンを語りだすと3日じゃ足りないくらいなので。。。今、止めておきますね。」


「賢三がコルトレーンを語りだしたら、息継ぎしないのかと心配になるくらいなの。。。(笑)」


「すごいね! 今度、ジョン・コルトレーンの感じで一曲、賢三くんで聴かせて! お願い!」


「じゃ、いつか、機会を作りますね! やっぱりピアノとベースは欲しいので。。。」

つかの間の談笑のあと、賢三は向かいのライブハウス、ストンプに走っていった。窓から賢三を目で追っていた杏子は、彼がやけに大人っぽく見えた。マン・バンにした軽めのツーブロックの髪型は、良く似合っててセクシーだと思う。


「ねぇ、杏子! お宅の旦那、一段とかっこよくなったね! あれじゃ、大学でモテまくってそうだわ。。。 やっぱり杏子をゲットした自信とパパになるんだという気持ちが、あそこまでカッコよくさせたのかしら? 初めてあった頃は、まだ高校生だったし、一目惚れした恋人と結婚できて、目標の大学に入って、もう望むものなしってところよね!」


「望みはまだまだあるのよ。彼は努力家だから着実にこなして進むの。私にはもったいない旦那なのよ。。。」


「ハイ、ハイ〜〜、ごちそうさまでーす! さ、そろそろストンプに移動しましょうか!」



 バンドの名前は ザ・トレーターズ(反逆者たち)芸大に似合わないということかもしれない。ステージは簡単な自己紹介から、バンドはすぐに演奏を始めた。ウェザーリポートだ。オープニングは ’Elegant People’

賢三のウェイン・ショーターは迫力がある。ジャズ・フュージョンは若い人たちのバンドによく似合う。洗練されていて、賢三をより引き立てるように見える。多分それはバンドのメンバーが若いというのが大きいかもしれない。いつも、かなり年上の人達と演奏することが多い賢三なので、やっと年相応のメンバーの中で演奏しているように見える。杏子は満足だった。バンドのメンバーの中で、もう一人、賢三と同じようなオーラの子がいた。トランペットなので、やはり目立つが口数が少ない。賢三とは逆なタイプかも知れない。


 「素晴らしかった。僕は感動しましたよ、賢三さん。次のライブも見に行きますからね。ね! みどり子さん。」

「絶対に行く!! 賢三くんって、すごいのね。」

楽屋からバンドのメンバーが全員、杏子たちのところに来た。みんな成功を満喫しているようだ。


「今日は、見に来ていただいて、ありがとうございました。バンマスの塚野です。一応、芸大でピアノやってます。ドラムは鈴木一也、ベースが一ノ瀬晶、コルネット(トランペット)は大谷翔平です。賢三以外はみんな浪人して入ってますから年上です。ここで演奏できるのが夢みたいです。賢三にお願いしたんですけどね。(笑) あの、奥さんですか? はじめまして。賢三からいつも惚気られてます。」


「はじめまして。杏子です。いつも賢三がお世話になってます。」



「はじめまして! 原田みどり子です。こちらはクリス・ジョーンズです。みんな会社の同僚なんですよ。 素晴らしい演奏でした。 芸大のピアノってイメージとしてはショパンコンクールに出るような人たちばかりかと思ってました。。。要するに、クラシックのギーク・・・つまりオタクってことですが、ちゃんとジャズできる人もいるんですね(笑) 異例は賢三くんだけだと。。。(爆笑) で、彼、既婚者だって知られてるんですか? そうじゃないと、女の子が寄ってくる、ギャル・ホイホイになってませんか? 」


「あははは・・・確かにクラシックがメインですよね。でも、クラシックできないとジャズできないんですよ。どっちにも共通なものって多くて。僕もハービー・ハンコックのようになりたいと思ってます。 え? 賢三ですか?モテますよ! 女だけじゃなくて男からもモテてます。(爆笑) いや、実際、音楽科の女子はお高くて、自分からはギャースカ言ってこないんですけどね『苦しゅうない、近うよれ』っていう感じで(笑)ところが美術科の女子はすごいですよ。僕だったら、速攻、ついて行ってしまいそうなお誘いも多そうです。。。(笑) あ、奥様の前ですみません。。。(汗) でも、賢三があんなに塩対応じゃ、あちらも諦めるしかなさそうです。」


「あのなぁ、俺、そんなことしてないし、もっとたくさん『貴公子様』がいるから、みんなそっちよ。まぁ、この大谷翔平なんか、色気ぶん撒いてますけどね。でも俺、今度『既婚者』というデカ文字の入ったTシャツ着てようかなって。(笑)」


「なに言ってんだか。。。 大学でも荒唐無稽なことしてませんか? 普通教科なんか、ちゃんと授業受けてますか?」


「それは大丈夫! 僕たち、賢三のノートないと留年間違いなさそうですからね。。。(笑)」


 賢三の大学生活は、近くで見ることがないので、杏子にとっては新鮮な話題だった。ミュージシャンには女の影がつきまとう。カウンティング・スターの美津子さんからも言われていたことだった。賢三がモテないわけがない。ありがたいことに、彼は色恋沙汰には『バカ』がつくほど不器用だし、なにかの『縛り』でもあるのか、不貞が働けない様子だった。ただ、基本は人を傷つけないことに気を使っているように思う。だから、相手が傷ついたと表現してしまうと、不本意でもその人を丁寧に扱おうとしてしまうだろう。体格は中学三年生の頃から大きい子だったせいか、高校に入った途端に、悪い大人にプロの手練れな女性たちを紹介された。賢三が律儀であるということを知っている元ヤンキーたちは、賢三のような男は、自分から恋した女の子に筆下ろしをしてしまうと、完全に『猿化』してしまうという心配があった。。。それしか考えなくなったり、性行為が愛情表現の真骨頂であると勘違いを起こす。それによって、双方が身を滅ぼすことも多い。マイルズ・デイヴィスは16歳で父親になっている。それしか考えなくなった時期があったわけで、その後、金を稼がなくては子供の責任をとれないことで、親から反対されていたがトランペット奏者として働くようになり、結婚もしている。そのプレッシャーもあって薬にも溺れたようだった。

 

賢三の周りの、元ヤンキーのお兄さん方は、その事をよく知っているので、プロの女性たちのプロらしい部分を頼る。相手に恋させない技術もあるのだ。賢三は、その手の女性たちが言うところの最高傑作だそうだ。ノウハウの覚えが良く、上手に女性を抱くことは、お互いを高めるなど、しっかりと理解したという。『猿化』しなくてすんだのは、その彼女たち(複数いなくては勉強にならないというのがプロのお言葉)のお陰と言える。 ただし、もしも相手が本物の恋をしてしまったら、そればかりは教科書通りには行かないものだ。だからストーカーというものが現れるし、自虐的な人間を作ってしまうこともある。 その辺は、プロの女性たちが『心つもり』のレッスンもしてくれているようだった。彼女たちも、何度となく本物の恋をしたことがある。号泣もしてきた。悲しい結果を招かないように自ら精神を鍛錬したという。 昔から遊女でも、花魁になるには頭も良くないとなれない。仕事柄誤解を受けやすいが、トップクラスの遊女は今でも才女が多いらしい。 そういうトップクラスの女性たちに『お墨付き』をもらっていると、杏子は、悪い元ヤンキーたちから聞かされた。 そんな男に本物の恋をさせた女だと自覚しろ!!とも言われた。杏子は少し恥ずかしかったが、賢三のことも彼を愛している自分のことも誇りに思うと返事したものだった。


 賢三はストンプのオーナーとなにか話があって席を外した。 席を詰めてよってきたのはコルネットの大谷翔平だった。お酒を飲める年齢のメンバーはしっかりと飲み始めていた。

 「賢三とはこの店で知り合ったと聞きました。歌えるんですよね? いいなぁ。。。」


「たしかにここです。 臨時のヴォーカルとかバックコーラスしかやらないので、めったにないときに彼に観てもらえたんです。。」


「すごく上手だと、ここのオーナーからも聞いてます。もったいないですね。声楽とかやったことありますか?」


「いいえ、私は子供の頃、ゴスペル教会で合唱団に入ってたので、そこでヴォイストレーニングを受けたのです。それを少しずつ続けただけです。もう、リードヴォーカルは取れないので、スタジオのバイトがせいぜい歌うときです。 貴方はコルネット、いつから始めました?」


「俺は小学校の4年から吹奏楽器を色々とやり、中学に入ってトランペットにしたのです、だからまぁ、けっこうな年数かもしれません。芸大は2浪してやっと入れました。浪人中はかなり羽目も外しましたしね。賢三のように真面目じゃないってことです。(笑)」 

翔平は小さい声をもっと小さく低くして杏子の耳元で囁くように話し始めた。


「さっきから杏子さんのこと観てたんですけど、貴方は綺麗だ。。。 俺、既婚未婚、全然関係ないんですよ。今度、外で会いませんか?」


「酔っ払ってます? 疲れてるの? 目が座っちゃってますよ(笑) 私、夫に夢中なんですよ。あんな男に出会えた自分ってなんて幸運なんだろうって思ってるの。。。だから間に合ってます。(笑)」


翔平は、杏子をじっと見つめたままでいた。その虚ろな目が杏子を不安にさせたが、彼は、はにかんだような微笑を浮かべて、そっとその場をやり過ごした。 楽しく談笑して、そろそろお開きということになった。 バンマスの塚野くんが杏子のところに近寄ってきた。


「今日は、本当にありがとうございました。 ところで、奥さん、さっき翔平がなにか言ってませんでしたか? どうか悪く思わないでくださいね、あいつ、きれいな人を見ると、挨拶代わりに変な誘いするらしいんですよ。何度かお相手の彼氏さんと揉めてて。。。」


「あぁ、大丈夫ですよ。私これでもアメリカ育ちなんで、はっきりしているんです。お姉さんですしね。(笑) ご心配なく! 」


にこやかに笑いながら各々家路を急いだ。帰り際の翔平の視線が杏子に向かっていること、杏子は気づいていた。 なんで私は結婚してから、妊娠してからこんな目に合うんだ。。。会社では京介、プライベートでは賢三のバンド仲間。。。そんなにフェロモン出てるのかしら??


「ねぇ、賢三、ストンプのオーナーとはなにを話してたの?」


「うん、それがさ、オーナーさん、ピアノとベースを用意するからトランペットの翔平と俺でジャズの演奏しないかっていうんだ。マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンのコンビネーションをやってみたいって。。。翔平もジャズ好きだから、乗るかもしれない。今日は翔平、酔っ払ってたから話さなかった。それに、他のバンドメンバーにどう言ったら良いかもわからなくてね。。。 彼奴等もけっこうできるんだよね。。。ベースの一ノ瀬なんか、本格的にコントラバス弾けるし、塚野のピアノは、ハービー狙ってるし、俺等のバンドで演奏できたら良いんだけど。。。

杏子も知っているでしょ?俺達でマイルス・デイヴィスのアルバムコピーして録音したじゃん? けっこう気に入ってくれてるって言ってたでしょ? だからできるんだよね。。。今度あの録音をストンプのオーナーに聴かせようかな?」


「それはグッドアイデアかも! あの録音を聴けば、納得できる感じ。。。でも、ストンプのオーナーは、ライブでできる人たちを、これでもか!!って言うほど観て、聴いて来たわけでしょ? もしかすると、自分が推しているピアノとベースがいるのかも? 私がバックコーラスしたことあるバンドの人達も、かなりできるからね。その中に賢三と翔平くんを入れ込んでみたいというのがオーナーの本音なのかもしれないね。。。」


「あ、あとさ、もしかして、杏子、翔平からナンパされてなかった? アイツさ、人妻が大好きなんだよね。。。あの色気だからさ、相手もなびいちゃうみたいで。。。過去に数回、病院行くような怪我させられてるんだよね。。。 それって、人妻側にも問題あるらしいんだけどさ。 アイツのとんでもない性癖っていうのかな? 杏子は俺で満足してるでしょ? 俺、頑張るから、アイツのこと無視してね。」


「大丈夫よ! 私を誰だと思っているのよ。バカにしないでちょうだいね。 ねぇ、賢三パパ。ベイビーがパパシャワーほしいって言ってるみたいなんだけど、疲れてます? ふふん。。。」


「いいえ、疲れてません。 俺は全然疲れてません。お任せください! 全力でお応えします。」


その夜、賢三はいつもよりも更に杏子の体を労るように優しく、ゆっくりと愛し合う二人だった。

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