第9話
「いいよ、バイトの都合とかも聞いてみるけど、4人で楽しく出かける?」
杏子は、クリスの想像通り、賢三と合わせることを、すんなりと承諾した。
「え? いいの?? 賢三くん、嫌がらない? 」
「全然平気よ。 私の自慢の彼氏だもの、堂々とご紹介しますぞ! 賢三は私よりも人見知りしないし、どんな話しにも合わせてくれると思う。自己中じゃないから、質問は多いかも。ジャズ関係の事柄はトリビアに出せる問題でもすんなり解ける物知り。心配しないで!」
「賢三くんは、洗練されて見えるのに、全然威張った感じしないよね。あの子、人当たりが良いのは、持って生まれた才能のような感じがする。人から嫌われないっていうのかな? だけど、ディーヴァを迎えに来たときは、誰も寄せ付けない迫力があった。中原先輩が圧倒されてたもの。私達からは考えられないよ。あのとき彼、まだ18歳の高校生だったわけだしね。カッコよかったわ〜〜」
「そう言われてみると、そうだったね。僕は遠目にしか観てなかったけど、京介が何もできなかったのはよくわかった。普通じゃ考えられない。
「ま、とにかく、賢三に言っておく。どこに行こうか? 私と賢三って、音楽が聞けるところだと社交的にできないと思うから、なにか話すのは無理だと思う。 遊園地とか行っちゃう? 水族館とかも良いかも!(爆笑) 私達ってそういうところ行ったことないのよ。」
「みどり子も水族館に行きたいって言ってたよね。八景島だっけ? 僕も良くはわからないんだけど。。。」
「おぉー!そうよね、水族館行きたーい! 午後3時からだと安くなるの。なにか食べに行けるし、3時からの水族館が良い!」
「じゃ、決まりね。賢三に連絡しておく。最近は忙しくてデートっぽいところなんか行ってないし、きっと喜ぶよ。」
「大学生だとデートとかに連れ出すのって、こっちに合わせてもらうしかないし、つい学校の友達と出かけちゃうんじゃないの? ディーヴァはお祖母ちゃん達と住んでるし、大変そうだね。」
「それは平気。だって、賢三も一緒に住んでるし。」
「え!? 同棲してるってことなの? 祖父母さんは、大丈夫なの?」
「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、賢三が一緒に暮らしてくれるって大喜びなの。お祖母ちゃんなんか張り切っちゃって、もう、大変。お祖父ちゃんも孫息子のように扱っているのよ。」
「ごめーん、クリスには言ってなかった。。。私って口硬いのよ。。。ね、ディーヴァさん!」
「そうね、みどり子はクリスには言っちゃったかなと思ってたけど、すごいね、口硬い!、さすが私の親友」
「じゃぁ、賢三くんのご家族もすでに了解した同棲なんだね。 あ、僕も口は堅いですからご心配なく。」
「あ、別に心配はしてない。結構オープンにしてて、隠す必要ないし、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんもくっついているから、同居という方が近いよね。(爆笑)でもね、賢三が最初に言いだしたのよ。。。お祖父ちゃんが、ぎっくり腰やっちゃったとき、私はいなくて、賢三にガッツリ頼んじゃったらしくてね、それ以来、信頼度100倍。賢三も、年寄りを放っておけない感じで、下宿させてくれって。 そしたら、お祖父ちゃん、張り切っちゃって、完全防音の音楽室つくってくれたの。だから賢三のサックスの練習はバッチリ! ピアノも置いてあるし、何でもできる。この前、オーディオも賢三と私で決めに秋葉原に行って、全部取り揃えたから、今度彼のバンドとか来るかもしれない。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも若返るって大喜びよ。(爆笑)。」
「もう、新婚さんみたいなのね。。。ちょっと羨ましいわ。。。」
土曜日は、お昼を祖父母と一緒に済ましてから、みどり子とクリスに会いに行った。
「はじめまして、林賢三といいます。芸大でサックス吹いてます。」
「はじめまして、クリス・ジョーンズです。以前、カラオケバーにディーヴァを迎えに来たときに遠くから観ていました。あ、ディーヴァは杏子さんのことです。僕のような外国人には発音しにくくて、甘えて『歌姫』の英語版、ディーヴァって呼ばせてもらってます。」
「あぁ、そうなんですってね。みどり子さんから聞いてました。似合ってますよ、杏子には。 クリスさんは何か楽器、やりますか?普段はどんな音楽聴いてますか? イギリスの音楽も幅広くて面白いですよね! ロックやってる人たちはすべてブルースを通ってるし、基礎ができてる感じ。ジャズクラブの『Ronie Scott’s』とかはクラシックも演るってきいてますよ。その幅の広さがすごいと思うんですよね。東京やNYのブルーノーツとかではあり得ないし。俺はジャズ派だけど、クラシックできるジャズバーは憧れますね。ロックはマーキークラブって有名ですよね。レッド・ツェッペリンがデビューしたところ。すごいんだろうなぁ。。。」
「僕も一度だけ『Ronie Scott’s』に行ったことがあるのです。友人の彼氏のバンドがでたときだけですけどね。イギリスのことも知っててくれて嬉しいです。ジャズ=アメリカっていう概念が消えないので。。。僕はピアノは弾いてましたが、他はなにもできないんですよ。吹奏楽は、聴いててすごいなって思います。」
「イギリスの音楽はかなりレベル高いです。あ、吹奏楽、興味ありますか? なにか始めるなら言って下さい。教えますよ。クラリネットとか、似合いそうだなぁ。。。ね、杏子、そう思わない?クリスさんにクラリネット、どうだろう?」
「そうよね、クラリネットって、似合うかもよ。みどり子はピアノをもう少し深くやってみる? ジャズピアノって、面白いのよ。」
「そうだね、クリス、一緒に考えてみようか? なにか一緒にできるって素敵だもの。 じゃ、お楽しみに水族館、入りましょう!」
4人は、夕方のデートスポットとなるような水族館に入っていった。
「なぁ杏子、水族館って面白くね? クラゲってあんなに綺麗だったんだな。。。 俺はあまり海にいかなくて、潜ったことなんてないんだけど、友達がスキューバ行こうってよく誘うんだよね。俺、肺活量あるから楽しめるっていうんだ。杏子も肺活量あるじゃん? 今度いっしょに沖縄の海でも潜ってみない? で、沖縄の米軍基地にお邪魔できるようにしてジャズ聴くのもいいかなって思う。」
「そうね。良いかもしれない。でも、私、暑い場所は好きになれないんだ。。。だから私も海なんて、子供の頃に親と行ったコニーアイランドしか知らない。ニューヨークだからなぁ。」
「なんだか素敵な話ししてるね! 沖縄旅行? 潜るの? 私とクリスも誘ってほしいかも。。。」
「休みが同じ時に取れるようなら行こうか?」
「うん、うん!」
「いや~、思いの外、水族館って面白かった! きれいだったよね。来てよかった。ね、賢三!」
「そうだね、誘ってくれて、ありがとうございました。俺と杏子じゃ、絶対に思いつかないデートコースです。」
「ところで、夜ご飯だけど、良かったらうちに来ない? お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、喜ぶと思うし、ピザでも取ってワイン飲もうよ! 賢三はまだノンアルだけどね(爆笑)」
「えぇー!良いんですか? お二人の新居! お邪魔しても。音楽室も観たいし、是非連れて行ってください!みどり子もいいよね?遅くなっても送るから。」
「うん! お邪魔しまーす。」
杏子の祖父母は、若い人が来ることが嬉しくて、ワインやその他、おつまみを用意して待っていてくれた。
「あれ? お祖父さん、荷物持っちゃダメですよ。ワインは2本持ったらすでに重量オーバー、ぎっくり腰が再発するかもですよ。でも、いっか!一緒に飲みましょう! 俺はジュースだけど。。。」
「賢三くんには早く20歳を超えてもらいたくてね。もう19歳だし、数え年でダメかね? ところで、クリスさんとみどり子さんも、飲めるでしょ? どうぞ遠慮なく。私達年寄りは、この一杯だけ飲んで下に行きますから。ゆっくりしてください。泊まっていかれてもいいですよ! 部屋数とベッドだけはありますしね。明日は日曜日だし。 いやー、若い人たちが来てくれるって、嬉しいことです。私達老夫婦は、賑やかなのが好きなんですよ。」
「わかった、わかったもう、お祖父ちゃんは、張り切っちゃったね。後で音楽室行くからね。 ちゃんとドア閉めて寝てね。音漏れはないと思うけど、念の為に。」
「はい、はい、わかりました。音楽室の冷蔵庫にもビール入れておきましたよ。賢三くんの『おーいお茶』も入れてあるよ。じゃ、ごゆっくり!」
みどり子とクリスは、杏子の祖父母が、あまりにも寛大で、杏子と賢三を孫夫婦のように扱っていることに驚いていた。そして、プロ用だと言ってもおかしくない音楽室の素晴らしさ。この部屋にはいるだけで杏子と賢三の目つきが違っていた。
「すごい音楽室なんですね! 1曲お願いできませんか? どうしても聴きたい!」
「俺はいいですよ。杏子はどう? Street Life? Nights in Tunisia??」
「そうね。。。来てもらったし、私の会社で唯一信頼できるカップルだからね。じゃ、やりますか。。。うーん、、、どっちがいいかな? じゃ、今日はTunisiaにして。」
「OK」
ほんの少しのチューニングで、始まった名曲『Nights in Tunisia』は、それまでジャズやソウルを知らなかった人でも十分に楽しめる1曲だった。そして、2人の実力を嫌と言うほど見せつけるもので、みどり子もクリスも呆然としてしまった。カラオケなんかで済ませるような演奏ではなかった。
「ふぅー! 気持ちよかった! どう? 賢三の演奏は、初めて聴いたでしょ? これが芸大の実力なの。アーティストのマジック。私の彼氏ってすごいでしょ?」
「いや~〜、もう感激しちゃいました。。。ね!クリス! プロのコンサートっていう感じ。」
「賢三さん、そのテナーサックス、セルマーのですよね? 名器なんですよね! フランスのメーカーだったと思うのですけど、ロンドンで演奏しているプロが使っているのを観たことがあります。ピアノで言うステインウェイ。」
「これは、芸大の合格兼入学祝いで、もらったものなんです。一生懸命バイトしてこれを買うために頑張ってたので、高いから杏子だけじゃなくてみんなが協力してくれて。。。一生物です。 でも、ヤマハも曲によって使いますよ。ヤマハもジャズには物凄く合う楽器を作っているので、どちらも好きなんです。でも、セルマーは格別。音が柔らかくて透き通ってて、俺にとって杏子がサックスになってるっていう感じ。。」
「あら〜〜ご馳走様でした。(笑)」
「ところで、賢三さんも含めて聞いてほしいことがあって。。。」
「うん、なにかありそうだとは思ってたけど、なに? 複雑なことじゃないでしょうね? みどり子と結婚すると決めた?(笑)」
「あ、それはまた違う機会に。。。クリスくん、私はいつでも良いわよ!」
「え? そうなの?じゃ、今度話し合いましょう。。。 で、今は違うことを。。。 実は、中原京介が担当している大口の契約がかかった一件があるのです。その会社の社長は、大のカラオケ好きで、プロじゃなくて、上手な人の歌が聞きたい。更には英語が完ぺきな人を選びたいと言う、なんともやりにくい厄介な人なんです。プロなら雇えば良いのですけど、会社の接待として社員の中からという希望があるらしいのです。この契約が話になった頃に、誰かが去年のディーヴァの事を話たらしくて。。。それは京介が言ったのではないんです。どこから伝わったか、謎なんですけどね。。。 それがあって、今年の歓迎会に来るということになって、京介は担当なので、無理やり任されたようです。そして、ディーヴァを説得したいというのがあるようなのです。」
「俺は去年杏子がどうなったかを知っている人なら、そんな事できないと思うのだけどな。。。トラウマからの過呼吸って、物凄く辛いものなんですよね。俺が駆けつけたとき、誰も上手に看護できなかったのに。。。それでも契約重視ってことか。。。」
「まぁ、たしかに私も社員なんだから、会社の利益を無視できないというのはわかる。。。でも、あの中原先輩のやり方が気に入らない。そして、この契約が取れて成功したとして、これを最後にできるかどうか? まぁ、それは中原さんに二度とやらなくて良いことを約束してもらわないといけないけどね。でも、私病気になりたくないのよね。。。またあんな醜態をさらすのは懲り懲り。」
「賢三さんに来てもらっても、過呼吸になっちゃうかしら? あとは、VRゴーグル着けて、空の映像しか見えないとか?」
「VRかぁ、だったら、俺の写真や映像のほうが良さそうだけどな。。。ラブソングならバッチリかも?」
「賢三・・・なに考えてんのよ。」
「でもさ、うまくみんなが良い方向に行けるなら、1曲くらいやっちゃえばいいよ。俺もそばに着いているようにするから。その代わり、契約取ったら、アイツ、奴隷な。あの先輩、なんかこう、俺に敵対心持ってるの丸出しな態度だったしな。。。杏子のこと気に入ってるんじゃね? そうなると俺も黙ってられないし。」
「多分平気よ。賢三が来るなら少し気が楽だから、演るって返事しようかな。1曲でいいんでしょ? そのVRゴーグルが使えるならできるかも。」
「本気? じゃ、VRゴーグル用意するわ! 私持ってるの。 あれ着けてランニングマシーンで運動するんだよ。(笑)」
「なるほど! 外を走っているように思えるってことだね。みどり子、頭いい!(爆笑)」
「映像をどれにするか決めて、ビデオ送っておいてね。」
「そうと決まれば、演る曲一回ここで歌っておく? チャカでどう?」
賢三がそう言うと、杏子はチャカ・カーンの曲を3曲歌ってみせた。 みどり子とクリスは感激していた。
月曜日、早速京介に連絡して接待に出ると言った。京介は大喜びだった。しかし、その夕方、京介が企画部に現れて杏子とみどりこに告げた。。。。
「それがさ、、、カイドウの社長がめちゃくちゃ乗り気なんだけど。。。カイドウの歌姫No1を出すから、歌合戦しようっていうんだよ。。。明日までにその娘の選曲を聞いてみるけど、ディーヴァ、コンペティションは大丈夫?」
「なにそれ??? こっちはさ、VRゴーグル着けないと歌えないんだけど。。。なんで競わないといけないのよ。で、その社長は我社への見返りとしてなにをしてくれるの?」
「むこう10年の契約だって言うんだけど。。。」
「それが取れると我が社は、私になにしてくれるんだろう? 昇給してもらわないと割に合わない。」
「わかった、ちょっと部長と相談するし、少し待ってて欲しい。」
こんなことを歓迎会でやって、どこが面白いというのか? もしも、杏子のほうが上手だったら、あちらの社長は気を悪くしないのか? どちらにしても杏子はカラオケレベルの歌手ではないのに。。。
「ディーヴァ! 向こうはレディ・ガガとマドンナを選曲したみたい。こっちのはまだ教えないでおくよ。当日まで決められないって言うよ。ただ、そんな曲を選ぶような人たちだから、ジャズとかは無理かも。。。せいぜいホイットニーかなって。。。」
「ホイットニーは、また過呼吸になっちゃう。チャカ・カーンの曲をホイットニーも歌ってるから、それしかない。もう一度言っておくけど、私は楽しめないのよ。楽しめないと良い歌にならないけど、良いのよね? ゴーグルは外せないからね。これが最初で最後、その後の契約更新その他にも協力できません。それから、中原先輩は、今後は奴隷だって、私の彼氏が言ってる。」
「ははは、奴隷って。。。ま、子供に使われることはないさ。」
「貴方よりよほど大人なんですけど。。。」
歓迎会の日はあっという間に来てしまった。。。一応は最初に新入社員の歓迎の飲み会を進めて、その後カイドウの社長が部下数人を連れて登場、我が社の新入社員たちは、行儀よく迎えた。賢三はすでに杏子と端っこの席で相談しながらVRゴーグルを弄び楽しんでいた。
「中原くん、我が社にも歌の上手な社員がいてね、それも君と同じでアメリカ人のお父さんがいる子で、声量は十二分にあるんだ。英語ももちろん堪能だから、今日は良い声で歌ってくれるよ。楽しみだね、コンペティションだ。」
「あ、そうですか、カイドウさんがお連れの歌姫なら、すごそうですね。 我が社の歌姫も負けませんよ!生粋の日本人ですが、帰国子女なので、英語はバッチリです。社長もきっと彼女の歌声もお気に召します。」
「うん、噂通りであってほしいと願ってきたよ。うちの方は私が連れ回しているから場馴れもしててね。良い声してますよ。楽しみだ。」
程なく、カイドウの歌姫とやらが、レディー・ガガを歌い出した。流石にそこそこの歌声と、片親が英語圏の人だと、やはり英語の発音の良さが歌でもよく分かる。 杏子はすでに準備を始めていた。京介は杏子に檄を飛ばして、その足で賢三のところに行った。
「やぁ、今日は付き人、ご苦労さま。帰りも安心できそうで良かった。あの変なゴーグルつけるのはどうかと思うけど、ハァハァ始まっちゃうと大変だしね。」
「はぁはぁ始まる・・・? そんなのあんたには十分にわかっていたはずだけど。自分の昇進のために杏子を利用しようというのだから、あんたも大した珠だよな。ねぇ知ってた? 杏子の気分次第では、あんた、ハラスメントで訴えることができるんだよ。こっちは腕利きの弁護士もいるんだ。言質はすでに取ってあるし、楽しみだな。せいぜい、杏子の奴隷になることだ。」
「口だけは達者なようだね大学生くん。君のような若造に惚れているという杏子の気持ちがわからなくてね。。。君がしつこくしているだけかもしれないけど、彼女には僕のほうが似合ってると言われるよ。」
二人は、火花が散るかと思うほど睨み合った。 ミニステージの方では、カイドウの歌姫が歌い終わり、割れんばかりの拍手が起こっていた。たしかに上手なのでカイドウの社長は満足そうにしていた。 杏子は、すでにVRゴーグルを着けていて、賢三は心配気に見つめた。大丈夫そうだ。
「では、今日はホイットニー・ヒューストンを歌うように言われましたが、私はあまり良く知りません。でも彼女が尊敬しているシンガーで私が大好きなチャカ・カーンのオリジナル曲を、ホイットニー版で歌いますね。『I'm Every Woman』です。」
賢三が立ち上がって指笛を吹いた。そして堂々とカイドウの社長の隣まで行き、隣りに座った。 杏子の歌声は絶好調で、ゴーグルがあるとは言え、笑っているのが分かる。カイドウの社長は、突然の賢三の登場に少し困惑していた。いや、会場全員が賢三のとった行動に驚いていたが、賢三と談笑が始まった社長を観てカイドウ側は、一気に楽しそうに見える。カイドウの歌姫は賢三が気に入った様子で、賢三の腕を掴んでなにか話しかけていた。 京介は焦りまくった。 誰もが杏子の歌のほうが格段に上手で、レベルが違うと理解した。カイドウの社長はスタンディングオベーションをとった。
「じゃ、社長さん、約束守ってくださいね! 本牧だけでしか演奏しませんから俺。 あ、大学でもやります。学際には来てくださいね! たこ焼きも食べられますよ! じゃ、俺の未来の嫁さん連れて帰ります。」
「承知した! 君たちの結婚式は私を呼びなさい。」
賢三は杏子を抱えて、店から出ていった。
京介は驚愕し、カイドウの社長のところに向かう。
「社長、大変失礼いたしました。部外者が無礼を働かなかったでしょうか?」
「いやいや、君のところの歌姫は素晴らしかった! 心底驚いたよ。そして彼女の婚約者は、なかなかの男だ。聞けばまだ大学生だと言うし、でもね、天下の芸大だ。流石だ。あの男が気に入った。だから彼のバンドのスポンサーを約束したんだ。中原くん、実に楽しかった! お礼を言うよ。」
京介は愕然としていた。 それを観て、みどり子とクリスは大笑いした。
「ね、クリス、賢三って『人たらし』だよね。分かるその意味??」
「いや、ほんとうの意味はわからないけど、なんとなく分かるかも?? 賢三くんって、人間国宝にできそうだね。それにしてもディーヴァはすごかったな、VRゴーグルの中身って、何だったの? 草原とか? 海の中とか?」
「違う、賢三くんの笑顔を編集して一杯にしたビデオを使ったの。あの2人はだれにも邪魔できないわ。」
「どうりで、腕を首にかけたり、両腕で自分自身を抱きしめたり、ディーヴァがやけにセクシーだった。あれは僕も惚れる。。。」
「え? なんか言ったクリスくん。。。」
「いや、ディーヴァの歌手としての姿にですよ。いつもは、すごく無愛想だし。。。賢三くんは彼女の原動力だとわかりました!っていうことです。僕は、みどり子さんが好きです。。。」
「はい、よろしい! ちょっとディーヴァに電話してくるね。 クリスは、中原先輩を慰めたほうが良いかもよ。でも、あの感じじゃ、契約は取れたね。賢三くんに感謝するべきだわ。」
みどり子は、外に出て2人が向かうであろう方向を目で追った。 遠くの欄干に抱き合った男女を見つけた。橋の周りを綺麗に光るライトの中、2人のキスしている姿はまるで映画のワンシーンのように見える。杏子と賢三は美しかった。自分とクリスに、あのような表現ができるだろうか? 人がいつまでも見つめていたいと思うような、愛し合ったカップルって、なんて素敵なんだろう。。。
「クリス、外まで来てみて。」 こんなに素敵なキスシーンを、自分の彼氏と見たいと思った。 慌ててでてきたクリスは、みどり子の潤んだ目と欄干のカップルを観て納得した。
「みどり子、僕たちも同じですよ!」 そう言って、みどり子の肩を抱き、交わしたキスは熱いものだった。
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