第7話


「いやぁ、賢三くん、本当にありがとう。 まさかお祖父さんが、突然ぎっくり腰になっちゃうなんて。。。病院に連れて行ってもらえて、大助かり! ついでに玄関の電気は杏子でも脚立を使って大変なの。 賢三くんが来てくれてラッキーだったわ! ごめんね、まだ杏子は帰ってなくて。。。もうすぐだと思うんだけど。。。」


「お祖母さん、玄関開けるなり泣きそうな顔したんで焦りましたよ。 俺も車の免許取っておいてよかったです。しばらく安静にということは、通院しなくて良さそうですね。 高いところの修理とか、気軽に言ってください。俺、やりますから。杏子が遅いのは知ってたんですけど、待たせてもらおうかなって思ってきました。」


「賢三くんは本当に親切だわ。 杏子は見る目があるからね! 貴方が彼氏で嬉しい。年齢のことなんか、全然気にしないでね。あ、そうだ、私も携帯電話の番号、交換してくれるかしら?」


「いいですよ。いちいち杏子を通さなくても手伝いに来ますよ。携帯電話を貸してください。俺が入れておきます。」


「いやはや、賢三くん、申し訳なかったね。こういう時、SOSを発信できる人がいると良いんだけどね。僕ももう年だから、諦めなきゃいけないこともあるね。。。いつまでも若いつもりで何でもやってきたけど、永遠には無理だ。杏子がいなくてもこうやって来てくれるって、嬉しいよ。 どう?もう受験勉強はしなくて良いのかな?」


「やることはすべてやりましたし、もう、なるようになれっていう感じです。、学科試験は落ちる気はしませんから、実技をうまくこなせればいいっていうか。。。私立のほうは、もう3日後なんで。。。」


「芸大のためのリハーサルのようなものだと思って気楽にね! さぁ、今日は天丼でも取ろうと思うんだけど、食べていってね!」


「うわ、ごちそうになります。杏子は夕食には間に合わないかな?」


「一応彼女のも取っておく。心配しないでね。」


杏子の祖父母との会話は楽しいものだった。いつも、賢三のことを高校生扱いせずに、『大人の若者』として扱ってくれる。三男坊ということもあり、2人が結婚しても、もしかすると自分たちと一緒に暮らしてくれるかもしれないという、微々たる期待もありそうだった。昭和中期生まれの祖父母の両方が、賢三が杏子よりも5歳も年下だということは全く気にかけていないというのは、びっくりする。偏見のなさは、代々受け継がれているのだろう。


「こんな機会は滅多にないから、杏子のこと、何でも聞いて! 杏子のいないときしか話せないこともあるだろうしね。」


「なんでも話してくれていると思うのですけどね。。。でも、あのパニック症候群になることは、あまり深く聞かないでいたんですけど。。。あそこまで歌が上手だと、すごく惜しいと思われるかなって。。。 俺は、自分の前で歌ってくれるだけでいいんですけどね。」


「そうだったね。。。私達もすごく残念に思っていることなんだ。。。

昔、杏子は両親の仕事の都合でアメリカにいたんだけど、最初に住んだところは黒人街が近くにあって、ゴスペル教会で合唱団に入れてもらったんだ。まだ、4歳だったけど、それはもう熱心で両親も驚いていた。元々、歌が好きで童謡も子守唄も、びっくりするほど上手く歌った子だった。だから合唱団は楽しかったらしい。

流石にゴスペルの基礎を教え込む合唱団だけあって、杏子はみるみると上達していった。 彼女は持って生まれた音楽センスがあったようだ。黒人たちのそれとよく似てて、合唱団の人たちは、彼女に物凄く良くしてくれた。特別なヴォイス・トレーニングまでしてくれて、10歳の頃には、ジャクソン5の頃のマイケル・ジャクソンのようにのびのびと歌ったものだった。

 合唱団は催し物があると呼ばれて、ソロも歌う子を出した。杏子もその一人だったんだ。当時はみんな親切に彼女を受け入れてくれたけど、12歳を過ぎた頃からだったかな? すごく嫉妬されたらしい。 だからイジメが始まったんだ。 まぁ、彼女の性格上、言葉のイジメ程度なら気にしないで、平気だったらしいけど、徐々にエスカレートして、痣ができるほどの暴力が始まった。 そしてついに、頭を塀に叩きつけられる事件が起きてね、流血事件だから、イジメた方も隠れているわけにはいかなかった。 2週間、杏子は意識不明だったんだ。体にはそれまでに受けていたらしい、古い傷や痣がたくさんあって、杏子の父親は激怒したけどね。。。 一人でお風呂にはいるようになったのは、女の子の恥じらいが始まったからだと思いこんでいたが、その傷や痣を観られたくなかったらしい。


 合唱団の中にもお友達はいた、でも、その子達も、杏子ほどじゃなかったが暴力を受けていたみたいでね。。。その中の2人とは今でもよく連絡を取って仲良くしているようだよ。 意識が戻ってからは、もう、いじめっ子はすべて合唱団から出されてしまったけど、杏子はソロを取ることはもうしたくないと言い、コーラス以外は絶対に歌わなくなった。。。でも、ヴォイス・トレーニングはそのまま続けていたんだ。 トラウマだね。。。リード・ヴォーカルで歌うと、あの恐怖が蘇るんだろうね。 それでも歌うことを嫌がらなかったのは救いだと思ったよ。あと、黒人の子どもたちを嫌がることはまったくなかった。 あの頃の杏子は、多分今もそうなんだけどね、ウィットニー・ヒューストンの声質に良く似てると言われてね。 だから今でも、ウィットニーが尊敬しているチャカ・カーンの曲なら喜んで歌うらしい。後ろ向きになってね(笑)。チャカ・カーンの声にはなかなか届かないと言ってたね。だから、この前、過呼吸になったのは、ウィットニー・ヒューストンの曲を歌ったからだと思う。賢三くんが助けに行ってくれて本当に感謝しているよ。賢三くんを見つめながらなら、また歌えるようになれるかもしれないって、杏子はニコニコしながら言ってたよ。 どうか、杏子をよろしくお願いしますね。」



「そこまでひどい経験をしていたなんて、俺、知らなかったから、平気で俺のサックスに合わせて歌ってほしいて言ってたんです。ウィットニーの曲じゃないけど。。。。でも、この前、山野楽器で2人でセッションしたときはすごく気持ちよさそうでした。楽器屋さんの客がみんな観ていたのに。 あぁ、でも、俺の方しか観てなかったかもしれない。 すごく受けたんですよ。たくさんの拍手をもらって、楽器屋さんの担当の人も驚いてました。」


「そう言えば杏子もそんなこと言ってたな。杏子は賢三くんが受けてたって言ってたよ。(笑)お互いを褒め合ってて、聞いていて気持ちが良いよ。賢三くんなら杏子を受け入れてくれると思っているよ。」



「俺は、あまり好きだ惚れたと人前で言う人間じゃないんですけど、山本さんのお祖父さんとお祖母さんには、言っておきたいと思います。俺、杏子さんを嫁さんにもらえるように、必ず努力しますから。 正直言って俺はミュージシャンになるかどうかはわからないのです。実は、教師になりたいかもしれないと思ってます。杏子に言うとがっかりするかもしれないのですけど、なんか、人に伝えていくことが好きかなって。。。まだ大学にも入ってないのに、こんなこと言って、馬鹿みたいかもしれませんが、極上の演奏を習って、それを伝えるって良いかもしれません。」


「頼もしいわ、賢三くん! どうか、そのまま突き進んでください。杏子は絶対に理解してくれますよ。私達も応援しますからね!」


「若い人は、そういう堅実な考えをしないと思いこんでましたよ。自分ばかりが全面に出るような方向を目指す人が多い。僕も、実は賢三くんはジャズミュージシャンの道だけに進みたいのだろうと思ってました。もちろんそれも応援しようと思ってますけどね。」


「教師とミュージシャン、どちらもできるようにします。まぁ、ミュージシャンの方は趣味になるかもしれませんけど。。。杏子がやっているようにスタジオ・ミュージシャンもいいと思っているのです。」


「貴方達・・・きっといつまでも一緒にやっていけるわ。結婚なさいよ! そしたら私、最高に嬉しい。」


「おいおい、そういったプレッシャーは迷惑だぞ! 気にしないでください。年寄りの戯言ですよ。玄関の電球を取り替えてほしいだけですよ!(爆笑)」


「心しておきます。(笑)」

玄関の方から『ただいま』 という杏子の声が聞こえた。3人は一斉に黙って、クスクスと笑い出した。


「あ! 賢三! 来てたのね? 待った?」


「電球取り替えに来た!(笑) ぎっくり腰救急隊やったよ!。」


「えぇー!! お祖父ちゃん、ぎっくり腰だったの? 賢三来てよかったー! 助かったね。 で、どうなの?重症じゃなさそうだけど。。。」


「しばらく安静にって言われた。賢三くんに抱えてもらって救急病院に行ったんだ。お祖母さんじゃ、どうにもならなかったからね、賢三くんが来た時、背後に後光が見えたよ。本当に助かった。」


「もう、私は、あたふたしちゃって、泣きそうになってたの。天の助け。ついでに電球も替えてもらったの。杏子でも届くの大変だからね。 今日は天丼を店屋物だけど取ったのよ。今日この分もあるよ。温めようか?」


「私が自分でやるよ。 お祖母ちゃんも、慌てたから疲れたでしょ? お風呂入った? 後は私がやるから、お風呂入って、早めに寝たほうが良いと思う。 賢三はお腹いっぱいになれた? 私、今食べちゃうから、そしたら上に行こうね。」


「もうごちそうになったよ。勉強の方も、やるだけやったし、ちょっと息抜きしたくて来たんだ。 面白い話色々と聞けて楽しくて、良い息抜きになった。」


杏子が夕食を食べている間に4人で楽しく会話が弾んだ。杏子の祖父母は、心から賢三が好きで、早く大人になってもらって、杏子と結婚して欲しいと密かに考えているようだった。


 杏子と賢三は二階の杏子の部屋に入るなり、燃えるようなキスをした。


「もうさ、杏子不足で、死にそうだったんだ。。。補給させて。 風呂入ってくるなんて言わないでね。」


「うん、私も賢三不足だったの。 走って帰ってきたから汗バッチリなんだけど。。。」


「いい、今、しょっぱいのが欲しい。全部舐めてあげるから。任せて。」


二人は笑いながら抱き合っていたが、すぐに真剣な顔つきになり、更に満たされ高揚した表情になった。杏子は賢三のその表情が好きだった。愛おしいという言葉がそのまま男の顔になっている気がした。そう、自分が彼に与えて作り出す極上の表情。 賢三は、俗に言われる『賢者タイム』という感じの独りよがりはしない。セックスの後の余韻をいつまでも優しく抱き合いながら、お互いを満たしているのが常だった。


「全力を出し切っておいで! 私はどんな知らせも嬉しく受け取るよ!」

そう言って賢三を送り出した。 すでに私立は合格していたが、賢三は芸大が目標なので、杏子は気が気じゃなかった。




「ねぇ、みどり子・・・今何時? 」


「まだ9時半ですよ。落ち着いて! 10時過ぎないと電話は来ないと思うけど。。。」


「そうよね。。。自分の受験のときはこんなにドキドキしなかったのに。。。 ほら、日本の受験って、変わってるし。。。」


「今、コーヒー淹れてきますよ。 ブラックで良いんですよね。」


「あ、お願いします。。。」

みどり子がコーヒーマシンのところに行っていると、杏子の携帯電話が鳴った。 賢三だ。


「杏子? あのね、、聞いてる?? 俺ね。。。」

早く言って賢三!もう、頭爆発しそう。。。


「杏子、俺、、、受かった! 受かったよ! 今日、あとで、杏子んち行く。待ってて!」


「うぅぅ、、分かったよ、賢三。おめでとう! じゃ、後でね。」

電話を握りしめたままでいると、みどり子が帰ってきて、不安そうな顔をしている。


「みどり子。。。受かったって!」


「わーい!おめでとう!! このコーヒー捨ててシャンペン買ってきましょうよ!」


杏子はみどり子と、マサイジャンプをし始め、周りの同僚たちは爆笑していた。直ぐに退社したいのに、まだ6時間近く働かないといけない。病気装って早退しようかな。。。という邪念が頭をよぎった。。。でも、賢三は自宅で家族に祝ってもらうのが先にして欲しい。そうじゃないと、気が引ける。自分なら、やはり両親と祖父母に祝ってもらうのが先だと思う。賢三だって、自分のところに来たいというのが本音だと思うけど。。。我慢しなくちゃ。。。 それが分かっていた賢三は、家族の大宴会を終えてから夜中に杏子の窓に小石を投げた。 眠れなかった杏子はすぐに賢三だとわかり、飛び起きて外に出た。賢三の服は酒臭かった。。。後ろに束ねた髪にはポップコーンが着いていた。二人共に押さえきれなかった歓喜の感情が溢れていた。それをなぞるように抱き合い、キスをした。


「おめでとう!賢三ならやると思ってた。誇りに思うよ。 今日は帰ってちゃんと眠って。 明日しっかりきれいになってからうちに来て。お祖母ちゃん&お祖父ちゃんとパーティーの準備しておくから。私も仕事だしね。夕方にもう一度。。。 今日は来てくれてありがとう。逢えないと思ってたから、凄いボーナスだわ!」


「ごめん。。。杏子が先に親に伝えるのが当たり前っていうからさ。。。でも、近所の連中も来ちゃってて、途中で抜け出せなかったんだ。みんなが心配してくれてたしね。吉報を持ってこられてよかったよ。 今日は・・・仕方ないか。。。 だよな。。。なんか、体中ビールかけられたし、たくさん食べもの投げられたから、汚いよな。。。風呂入って出直す。ちゃんと寝て、体力戻す。バッチリ戻すから。杏子も体力温存しておいてね。じゃ、帰る。」



 一日おいて翌日、杏子はまだウキウキしていた。何を買って帰ろうかな。。。賢三は飲ませられないし、偽のシャンペンを買って、おもちゃ屋でクラッカーを買わないと。まずはお祖母ちゃんに電話して、なにかごちそうを作ってもらおうかな。 ソワソワしながら、5時になるのを待っていた。


 賢三の家、林家もみんな騒いでいたが、学費を大幅に節約できることで、少しは親孝行になったと思えた。兄2人も大喜びだった。 賢三はバイト先であるカウンティング・スターにも電話して、マスターの陽介と美津子夫妻に報告した。陽介はストンプの大谷オーナーに知らせにいってくれた。


 杏子と彼女の祖父母は、小さくてもパーティーができることが嬉しかった。杏子は賢三の受験を邪魔していなかったと自慢できる。


「賢三くん、希望大学合格、おめでとうございます。ぎっくり腰で外食できなくて申し訳ない。おまけに、現役合格だと酒も飲めないな。。。残念。。。君が20歳になった暁には、しっかりと酒でお祝いするからね。」


「ありがとうございます。 杏子が支えてくれたおかげです。学費も一番安いところに入れてホッとしてます。」


「親孝行だわ。 親御さんもご兄弟も、皆さん喜んでいるでしょ? 合格から2日しか経ってないのに、うちに来てもらってよかったの? 他にも先に報告する方がいたんじゃない?」


「家族は最初の晩に報告して祝ってもらいましたから、義理は果たしてますよ。本当なら、ここ、山本さんと杏子が一番というのがお世話になった順番なんですけど。。。しばらくは学費の援助してもらえるので、うちの家族を一番にしました。(笑)」


「ははは、ご家族の次とは、ありがたい話だ。あと2年足らずで一緒に酒が飲めるのを楽しみにしてる。」


「もう、お祖父ちゃんは、さっきも同じこと言ってた。でもね、はっきり言って、賢三はもう飲めると思うよ。。。(笑)」


「あ、バラすなよ。違法なんだから。。。」


「聞かなかったことにしておきますよ。(爆笑)」


 宴というものは、こういう事を言うのではないか? という気分になった。人数に関係なく、楽しく、笑いながら語り合うこと。それは大切なことだと。 仲の良い家族の一員として育った杏子は、祖父母との暮らしは嫌ではなかった。両親が年の離れた妹を連れてアメリカに行かなければいけない時、泣いたのは妹の方だったが、祖父母といっしょにいてあげたいと言うと、納得した妹が愛おしかった。父の赴任した場所が、自分のいたところではないことに、ホッとしている。妹は歌を習うわけではないが、何かしらの楽器を習うだろう。その時、場所さえ違えば、両親は安心するに違いない。 賢三は杏子の両親と妹には、ビデオ電話で話している。今日この両親も妹も賢三がお気に入りのようだ。


「賢三くん、実はね、一つプレゼントを用意したよ。杏子と杏子の両親と私達からの合同でのプレゼントなんだけど、是非、受け取ってもらいたくてね。 じゃ、杏子、持ってきておくれ。」


 杏子が持ってきたのはサックスケースだった。中身はもちろん、セルマーのテナーサックスだ。


「賢三くん、これを買うためにお金をためていたのは知ってますよ。だから私達から是非。調整は山野で責任を持ってやってくれると言ってた。サックス担当の店員さんがね、やけに嬉しそうでね、賢三くんのこと知ってたみたいだよ。杏子が行って話してくれたんだけどね。僕たち山本家からです。どうぞ受け取ってほしい。」


「俺、今、言葉が出なくなってしまいました。なんて言ったら良いのか。。。 こんな高価なものを頂いてしまっていいのかどうか。。。夢のセルマーなんです。杏子! いいのかな?」


「いいんだよ、山本家全員からの合格入学祝い! たくさん努力したし、頑張ったもの! セルマーのテナー、賢三に似合うよ。良かったね! じゃ、一曲吹いて!」


「本当に、本当に、ありがとうございます。一生大切にしていきます。」

そう言って、涙目になって、テナーサックスを取り出した。杏子が気を利かせて新しいマウスピースも添えてあったので、賢三は早速、ジョン・コルトレーンになりきって、My Favorite Things を吹き出した。すべたが新品なので、ちょっと戸惑ったが、その音と演奏はその場の3人を酔わせるようだった。


「ありがとうございました。一生大切に使わせていただきます。もう一つ、一生大切にしたいことがあるのですが、それも聞き入れてくれないか伺おうと思っていたんです。俺、大学に入ったら、ここに住まわせていただけませんでしょうか? 大学には自宅よりも近いし、電球も替えてあげます。杏子のご両親が完全帰国されるまででいいのです。ちゃんと部屋代を払いますから、ここに下宿させてください。」


「え?賢三・・・何を言ってるの? 本気なの?」


「杏子、俺、本気だよ。お祖父さんたちと同居なら同棲にならないと思うんだけど。。。いずれ、俺の嫁になってくれたら良いなって。。。」


「それって、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの前での告白??・・・あぁ、賢三、思いつきじゃないでしょうね?」


「もうずいぶん前から考えてたんだ。 人によっては学生結婚ってあるらしいし。金銭面でも迷惑はかけないから、だめかな? 山本さん、おいていただけませんか?」


「賢三くん、本気なの? 杏子さえ理解しているなら、私達はもう大歓迎なんだけど。ね、おじいさん! 賢三くんが杏子をお嫁にしてくれるって言っているんですよ!」


「僕は大歓迎だよ! 無駄に大きな家だし、息子家族はなかなか帰ってこられないしね。帰ってきても、十分に部屋数もスペースもあるから全員で同居もできそうだしね。 それに、北側の一部屋を、今度完全防音にしようとしていたんだ。杏子がヴォイス・トレーニングをいつでもできるようにしてあげようと思ってね、建築家の先生に相談したばかりなんだよ。ピアノをおいて、賢三くんが来たら一緒に演奏もできるだろうと思ってたんだ。そうと決まったら、早速取り掛かってもらおうか!」


「えー!?そんな話を進めてたの? 驚いた! でも、そんな部屋があれば、最高だよね、賢三! 」


「俺、 夢見ているのかな? で、俺、ここに住んでも良いのでしょうか?」

3人は大声で『もちろん』と叫んだ。


「林さんのご両親は納得しているの? 」


「どちらにしても大学受かったら家を出ることになっていたんだ。 それが杏子の家となれば家の両親は大喜び。兄貴にはすでに話してあるんだ。 応援してくれるって言われている。だから、何も問題はないと思う。」


「あぁ、賢三。。。すっごく嬉しい!」


「ねぇ、杏子や、これってプロポーズってことなんでしょ? 私達の前で、プロポーズよね?」


「お祖母ちゃん・・・そうみたい。 私達、たった今婚約しました! まぁ、破棄されないように頑張るわ!」


あまりにおトントン拍子で、賢三は少し戸惑った。考えていたことがどんどん現実化されていく。夢のセルマーのテナーサックスをプレゼントされ、目標だった大学に入れて、一生をかけて守り愛でていたい女性と結婚を前提で一緒に暮らしていけるなんて、自分の一生涯の幸運を使い果たしてないかと心配になるほどだ。

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