第6話

 『ここの契約、欲しいよな。。。』 営業一課のエース、中原京介は珍しく接待重視の取引先に悩んでいた。ワンマン社長だが、大きな取引になるだろう会社なのだ。手腕を問われるように彼に回った仕事。。。というか、他に誰もこなせないだろうという事で回ってきたようなものだった。 最近の接待にはクリスかアレックスのどちらかを同行させると、接待される側は機嫌が良かった。 女性にモテるというのが大きく左右することも多々ある。 京介の好感度は抜群なので、他社であれ、女性はなんとか彼に取り入ろうとする。否が応でも女性に対する自信は着いてしまうし、あとを引かないような女性関係もかなり多い。それを商談に利用する術も知っていた。要するに女性に関しては『やり手』ということになる。その事もあって、杏子が自分に興味がなさそうなのが腑に落ちなかった。彼女の彼氏も、まだ高校生だと言うのに、規格外な自信とオーラがあり、同性から見てもいい男だったが、流石に10歳近く年下の高校生男子に魅力で負けるとは思いたくなかった。 京介には自分がエリートであるという自負もくっついていた。音楽の趣味が合うと言うだけで、杏子は子供と恋仲だというわけなのだから、信じられない。彼女のことだから若い男に押し切られて、一時の気の迷いというのはありそうだ!と思っているのだった。


 「Hey 京介! 最近、企画課に行った? ディーヴァは元気?」


「よぉ、アレックス。 ちょこちょこ企画課に行っているんだけど、なんかタイミングが合わなくて、ディーヴァとは逢えていないんだ。原田さんから話は聞いているけど、彼氏の受験勉強に付き合っているらしい。」


「そう言えば、彼氏は音楽大学に行きたいんだったね。 なんかすごく雰囲気を持った人だし、ディーヴァが惚れるのも分かる気がする。イギリスにも時々いるよ、やけにカッコいい 6th Formers」


「でも、まだ子供じゃない? 彼にディーヴァはもったいない気がするんだよな。。。 横取りしちゃおうかな。。。」


「えー! Joking!!?? でも、ディーヴァは絶大な信頼もしてそうだし、そういう横槍は止めたほうが良くない?」


「でもさ、俺、彼女にすごく興味持っちゃったんだよね。。。 ジョージ・ハリスンだって、奥さんのパティをエリック・クラプトンに持っていかれちゃっているじゃん? それと同じで、チャンスありそうに思うんだよ。。。 応援してくれよ。 それに、今欲しい契約の相手の社長、洋楽好きで、カラオケが好きなんだって。 ディーヴァなら、契約にこぎつけるようにできるんじゃないかと思って。。。もしも契約取れたら、一石二鳥でディーヴァもいただく!」


「京介、ディーヴァの彼氏はすごくカッコいいよ。アレックスも言ってるように『雰囲気』が素敵な人だと思うんだ。若いかどうかなんて関係ないしね。それに、彼女がカラオケでどうなったか眼の前で観ていたんだし、いくら大口の契約がかかっていても、彼女をそれに使うのって、僕は賛成できないな。。。」


「クリスは真面目だからな。。。正攻法で契約取るしかないと思ってない? ディーヴァも同じ会社の社員なんだし、大口契約とるのに協力してもらう事はできるはずだよ。」


「でも、ディーヴァは企画部の人だし、関係ないと思う。迷惑になるんじゃないかな??」


「大丈夫だよ。どちらにしても、ディーヴァ乗っ取りは、遂行しようかな。。。」


なんとも言えない皮肉っぽい笑いを浮かべながら京介は部屋を出ていった。 残されたアレックスとクリスは顔を見合わせていた。

「アレックス、僕は京介の営業マンとしての力量は評価できると思うし、確実に他の人を遥かに上回る営業成績を上げているから、将来も有望だし、多分、今後、最年少で部長になれる人材だとは思っているんだけど。。。他の部署の人まで利用するのは、ちょっとやりすぎに思うんだけどね。。。」


「確かにやり過ぎになってしまいそうな雰囲気だな。。。京介は絶対にディーヴァが好きなんだと思う。ただ、ディーヴァは全然興味を示さないし、彼氏と言っても高校生に持っていかれているのが、気に入らないんだろうと思う。あのハイスクール・ボーイ、めちゃくちゃカッコ良かったし、見た目と雰囲気は京介に全然劣らない。京介を止めるべきか悩むな。。。恋愛は自由だもの。」


「あの、ディーヴァのお友達のみどり子だったっけ?彼女に話しておこうか? どうだろう、アレックス?」


「そうだね、それもありかもしれない。下手すると、また過呼吸症にさせてしまう危険もあるしね。イギリスだったら訴訟問題に発展するようなパワハラともとらえられるな。ま、ここは日本だけどね。。。」


「何言っているんだ、どこの国だろうと同じだよ。度を越さないように助言するのは、京介の友人としても同僚としても当然なんじゃないのか?」


「さぁ、どうだろうな? 京介はあまりにもプライドが高いし、なんでも思い通りになると信じている感じだからね。自分で習わないと、進歩なんてなさそうに見えるんだ。」


「僕は、彼一人が勉強するならいいけど、ディーヴァに発作を起こさせるようなやり方を傍観するのは嫌だな。。。それに、若いからって、あのハイスクール・ボーイの彼氏に何かしそうなのも気になる。そんな権利、京介にはないはずだし。」


「でもさ、クリス、京介が本気なら略奪なんて当たり前じゃないのか? こういうのも弱肉強食だよ。見た目はどちらも女が寄って来そうなハンサム・ガイだし、選ぶのはディーヴァだよ。」


 飲み物自販機の前で、みどり子は考え込んでいた。代わり映えはしないと思うのに、何故か毎回どの飲み物にするか悩む。新製品でも入っていれば、試してみようという気になるのだが、入社以来、新製品は入ったことがない。


「あれ? みどり子さん、こんにちは。 今日は何を飲むんですか?」


「あぁ、クリスさん、こんにちは。飲み物って、結局いつも同じのになっちゃうのに悩むんですよ。 ごめんなさいね、はい!どうぞ!」 

とお茶を選んでボタンを押した。


「急がせちゃったみたいで、すみません。お茶で良かったですか? じゃ、僕は、カフェラテにしようかな。」


「クリスさんって、紅茶のほうがお好きな感じに見えますよ。コーヒー派ですか?」


「あぁ、自販機の紅茶は甘すぎるし、僕は熱い淹れたての紅茶が好きなんですけどね。こだわりはないんですけど、紅茶のほうが好きです。」


「あぁ、昔、スティングの曲にありましたよね、『I don't drink coffee, I take tea, my dear, I like my toast done on one side』っていうの。クリスさんもトーストも片面しか焼かないのですか?トースターなんか使えないわね。。。(笑)」


「あははは、僕はちゃんと両面焼きますよ。 あのね、2枚をくっつけたまま焼くと片面ずつしか焼けないし、グリル機能のあるトースターなら片面だけ焼けますよ。」


「あぁ、そうか! そういうやり方があるんですね。なるほど。 スティング、お好きですか?」


「スティングは好きですよ。学生の頃コンサートにも行きました。みどり子さんもスティング、お好きなんですね?」


「はい!! 大好きです。CDも数枚持ってます。ポリスの頃のも。」


「へぇー! 良い趣味してますね。僕も、こっちではパソコンに入っているのを聞いてます。荷物になるので、音楽などの趣味のものはみんなクラウドに入れたので、それを聴きます。」


「私はもっぱらCDだったのですけどね、最近はMP4に入れるようになりました。以前は大変でしたよね! CDプレーヤーとかは飛んじゃうし、MDになってからも、なんだか荷物ばかり増えて。。。」


「今、アメリカではネット配信するような物があって、ちょっと聴きたい曲とか、買わなくて選べるのですよ。月々の使用料はたいしたことないし、音楽好きならお勧めします。。ただ、まだ日本の曲に対応しているかはわからないですけどね。。。」


「へぇー! YouTubeみたいな動画サイトですか?」


「いいえ、ちゃんとした音楽サイトになります。今のところ、ある程度は無料だし、アプリ入れておくといいですよ。 ほら、これです。」


「あぁ、なるほど、入れておけばJ-POPが配信されるのもお知らせ来るかもしれないですね。」


「ところで、みどり子さん、今日もディーヴァとランチですか?」


「はい、多分彼女とお昼ご飯は一緒です。なにか?」


「いや、大したことではないんですけど、そうか、じゃぁ、帰りに何処かでご飯食べませんか? 居酒屋なら僕でも食べられるもの多いです。 どうですか?」


「はい!良いですよ! わぁー!なんかクリスさんに誘ってもらえるって感激! 日本語もものすごく上手になったし、ディーヴァの通訳いりませんよね?」


「英語を習いたかったら、僕が英語で話すというのもできますよ。だから通訳無しで2人で居酒屋行ってみましょう! じゃ、帰りに玄関ロビーにいます。行きたいところとか、良さそうな所があれば決めておいてください。助かります。あ、あと僕、値段が高いところはダメです。。。ごめんなさい。」


「はい、はい、高いところは私もダメですよ。(笑)じゃ、後で。」



 「きゃー!山本ちゃん! 聞いて。 営業部のクリスくんから帰りに居酒屋行こうって誘われちゃった!」


「へぇ~、良かったじゃない!英会話の練習にもなるし、彼、カッコいいし、これはデートってことで!(笑) 私ね、あのイギリス人研修者の2人ならクリスくんのほうが好感持てるな。仲良くなって損なし! がんばってね!」


「山本ちゃんも行きたい?」


「いや、ぜーんぜん行きたくない。(笑) でも、とにかくクリスくんは良さそうな人よ。 私はどちらにしてもスタジオミュージシャン仲間と会うことになっててね、ちょっとしたミーティングなの。ここからちょっと遠いし、どちらにしても付き合えないよ。。。」


「はーい!、じゃ、英会話頑張ってきます。 ディーヴァもミーティング、しっかりね!」




 「クリスさん、すっかり日本に馴染みましたね! アレックスさんとばかり行動しているかと思ったら、お一人での行動のほうが多いようですね? 日本語も勉強されているからすごいですね!」


「語学って、現地で一人で頑張らないと身につかないって思うので、頑張ってます。色々と学びましたよ。みどり子さんは最近、お茶を点ててますか? 」


「最近は全然。。。母が茶道教室を開いているので、時々手伝いますけどね。 興味あるっておっしゃってましたし、今度母の教室に来てみます? 歓迎しますよ。」

あ、是非! スケジュールを教えて下さい。 僕が合わせます。」


「わかりました。母に伝えておきますね。」


「ところで、ディーヴァはあれから元気ですか? あのときは観ていて可愛そうでしたね。。。 でも、あのハイスクールボーイはカッコよかった。まだ付き合って長くないだろうと思うのですけど、どうなのかな?」


「確かまだ1年経ってないかも? でも、相思相愛・・・わかります?この四文字熟語?」


「あ、わかります。最近四文字熟語の辞典を買ったんです。中古だけどすごくきれいな本です」


「うわぁ、勉強熱心!」


2人は意外に話が合うことがわかり、途切れのない会話が楽しかった。


「ところで、みどり子さんは、ディーヴァの彼氏と話したことないのですか? どうやって知り合ったのかな?」


「直接話したことはない。ディーヴァはプライベートなことを話したり、友達でも踏み入れられない感じ。ちょっと寂しいけどね。。。 でも、堂々と『恋人』っていう言葉を使った。それって、日本人にはなかなか使えない言葉なのよ。まぁ、ディーヴァはアメリカナイズドされてはいるけどね。それでも『彼氏』という方が多いからね。。。」


「実は最近、中原京介が、かなりディーヴァに入れ込んでいるんですよ。。。知ってましたか?」 


「えー! 知りませんでした。。。中原先輩って誰にでも優しいからわかりにくい。。。そうか、中原先輩、山本ちゃんがお気に入りなんだ。。。あ、山本ちゃんって、ディーヴァのことね。でも、ディーヴァは全然興味なさそうね。。。実際の彼氏のことをすごく好きなのよ。確かに中原先輩はカッコいいけど、それを言ったら賢三くん、あ、ディーヴァの彼氏は賢三くんという名前なのよ。彼も、色気があってカッコいいと思うの。高校生には思えないもの。ディーヴァは年下とか、全然関係なさそうよ。 賢三くんから告白したんだよね。年上のお姉さんにアプローチするって、すごく勇気がいることだったと思う。相手にされないってこともあり得るし、そうなると、かなりのショックだろうしね。めでたく大成功だったのだけど。ディーヴァが賢三くんのことを語るのってすごく少ないけど、 話しているときは、優しい顔になってね、すごく幸せそうなの。中原先輩のはいる余地はないと思うな。。。他の女子からしてみれば、とんでもなく贅沢な話なんだけどね。。。ディーヴァの声にも魅了されるよね。」


「そうだね、彼女の歌声って、イギリスでもそう簡単に聴けないくらいプロ並み。やっぱりアメリカのやり方って凄いんだろうね。京介はいろいろな角度からディーヴァが好きになったんだと思う。自分に媚を売ってこないとか、仕事がしっかりとしていて、プライベートと分けている。そして、もちろんかなりの美人さんだしね。あの容姿と顔の可愛さに参らない男って、いなくない? 女性からも受けてると思うな。」


「そうだよね、洋服のセンスも良いもの。オフィスワーカーって感じしないしね。企画部に来るデザイナーさんとかも、良く話しかけてる。お茶とか誘っているけど、ディーヴァったら、笑い飛ばしてるだけ。中にはモデル級の男子や、それなりのイケオジもいるのよね。。。」


「イケオジってなに?」


「イカしたオジさんよ!(笑)カッコいいミドルエイジガイってこと」


「なるほどね、彼女、恋しているっていうのもあるせいかな? 色っぽいんだよね。。。やっぱりやるな、あのハイスクール・ボーイ。。。 みどり子さんはどう思った? 彼みたいな男性は好き?」


「はっきり言って、ものすごく好き! お金があれば囲いたいくらいよ! でも、年下って、私にはわからない世界持ってそうで、付き合いにくそうに思うの。だから私向けではない。 クリスさんのほうが素敵よ!」


「あ、それはどうもありがとう。今度外に食事にでもいきましょうね!(笑)」


「行く、行くー!! (笑) でもさ、中原先輩に言って欲しいな。。。ディーヴァのことは諦めて、同僚として接して、彼女の恋路は放っておいてほしいって。 なんかさ、今のディーヴァ観てると、私まで幸せな気分になるの。今はね、あの彼氏が早く大学生になってほしいということを願っているから、デートするのも自重しているのよ。勉強のじゃまになるからって。特に音楽大学って、机の上の勉強や面接の練習だけじゃないから。まして彼は日本で1,2を争う大学の音楽科を受けるのよ。気を抜けないはず。毎日ちゃんと連絡を取り合って、『私はここにいるからね』って言ってあげてるらしい。なんか、映画にできそうでしょ? ラブ!」


「でも、もしも京介が本気の恋をしているなら、誰にも止められないし、友人としては、彼の肩を持ちたくなるものでしょ? 違いますか?」


「確かにそうよね。。。もしも、ディーヴァのことを観て判断するとしたら、彼女って、外にいる彼氏のことは語らないしね。。。中原先輩のことを応援したくなるかもしれない。でも、私達、みんなディーヴァと本物の彼氏のことは知っているわけだし、今更、中原先輩のことは応援できない。。。」


「これはまだ未然のことだし、誰にも話してほしくないのですけど。。。約束守れますか? もしも漏れたことが分かったら、すべてみどり子さんだと完全な嫌疑を持ってしまいますからね。。。」


「え。。。なんかものすごいゴシップ? 分かった。絶対に漏洩はない。一体何なのかしら。。。」


「実は、京介は大きな契約が控えているのですけど、ライバル社がいるのですよ。。。でも、あの京介の実力は御存知の通り、多分彼が契約にこぎつけると思うんですが、彼もできれば危ない橋をわたりたくないから、確実に仕留められる方法を考えているのです。 そんなのは実力派の営業マンなら誰でも最善を尽くしますが。。。

そこの社長と常務、兄弟なんですけど、大のカラオケ好き。殆どの場合、バーやクラブで歌っているようなプロの歌手を連れて接待に行くらしいのです。 そして、英語力。それがなくては商談にも持ち込ませないらしいです。京介は出身校も含め、エリート中のエリートで完全なバイリンガルですから、そこの社長は気に入っていると思うのです。。。カラオケができる人を連れてくるなら、99%以上の確率で契約を交わしてくれると思うのです。 そこで、京介はディーヴァを連れていき、歌わせたいと思っていると思います。」


「えぇー!! それはちょっと。。。ディーヴァがどうなったか、介抱までしておいて、あれをまたやらせるってこと?? ディーヴァは、もう二度とカラオケで歌わないって言ってる。あのときは賢三くんが迎えに来てくれたから、あの程度で済んだけど。。。も今また、ああなってしまったら、賢三くん、中原先輩を殴るかも。。。何としても止めなきゃね。。。 でもね、、、ディーヴァも大口の契約がかかった会社の利益のためと言われたら、折れてしまうかしら。。。 1〜2曲ならいいかもって。。。」


「いや、あの歌唱力ですからね、1回接待したら毎回呼ばれるかもしれない。それって、ディーヴァには負担じゃない?」


「そうか。。。それは困るよね。。。何か対策を練らないと。。。 クリスさん、話してくれてありがとう。秘密は厳守する。お互いに、策を練ろう。携帯番号の交換してあったよね。連絡するね。じゃ、そろそろ出ないと終電に遅れちゃう。 また来ようね!」

みどり子とクリスは駅に向かって早足で移動した。


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