第四章 王弟殿下

第53話 聖女召喚


「私を呼ぶ声は、この棺から聞こえます」


 この薄暗い部屋は、王宮の地下にある霊安室です。


 辺境伯の結婚式の朝、頭の中で、私を呼ぶ声が聞こえました。


 王弟殿下に相談したところ、何か思い当たる節があるようで、声の主に会いに行くことになりました。



「俺の朝のお茶を邪魔したのは、誰なんだ?」


 腰まで高さのある石の台座、その上に安置されている黒い色の棺……


「第三王子のように骨になっていなければいいがな」


 王弟殿下が、ブツブツと言いながら、蓋を開けます。



「!……」


 王弟殿下と私は言葉を失います。


 美しい女性が、水色の装束を身にまとい、横たわっていました。



 とりあえず、冒険者“盗賊”の魔法で、鑑定します。


「生命反応がありますが、女性の中に、病魔が見えます。まずは、治癒を優先します」



「この女性は、聖女なのか?」


 王弟殿下の言葉に、女性は目を覚ましました。



(私は、別世界の人間です。この世界に召喚されましたが、記憶の一部を盗まれました)


 頭の中で、彼女の声が聞こえます。


(私は、病魔に侵されており、もうすぐ息絶えます)


「治癒が完了しました」



(あら、体が軽くなりました。この世界の魔法は素晴らしいですね。ありがとう、何かお礼をしないとね)


(そのクロガネ君には、既に“影”が芽吹いていますね)

(彼は、大魔王なのですか?)


(心配しないで。大魔王は、勇者の恋心を、聖女と奪い合った“女性”ですよ。クロガネ君は勇者の末えいですね)


(それでは、フランソワーズさんに、“光”を融合させますね)


「光? なんですか?」


(時間がないので、二人で答えを探してね)


(あれ? フランソワーズさんの中に、恋に敗れた大魔王が封印されています。それに、記憶も封印されていますね)


「え? 私が、恐怖の大魔王なのですか」


(封印されているだけなので大丈夫。でも、大魔王の力は使えるので、覚悟してくださいね)


(大魔王の魂は、この時代で、勇者の末えいと結ばれるのですね)



 聖女らしき女性の体が、だんだんと消えていきます。


(そうだ、この世界の魔力を媒体にして、意志の会話ができますからね)


「消えた、俺の聖女様が……」


 王弟殿下は、ぼう然としています。



(王弟殿下、私の声が聞こえますか?)

(あぁ、聞こえる、なんだこの感じは?)


 この世界に満ちている魔力、それに意志を乗せて会話するって、こんな感じですか……


 聖女様の力が、私の中に芽吹いているのでしょうか? それとも、大魔王の力なのでしょうか? 私も、魔力を媒体に、意志の会話ができました。


    ◇


 地上に戻ると、王宮の中は大騒ぎになっていて、各所から怒号が聞こえてきます。


「何が起きている?」

 王弟殿下も予想していなかった事態です。


(王弟殿下と私を心配する意識……戦争へ反対する意識……大勢の意識として伝わってきます)


 私は、さらに意識を集中します。



 隣国の王女が、屈強な大人たちを投げ飛ばしてるのが見えました。


(貴族院の状況は、どうなっていますか?)

 隣国の王女に意識をつなげます。


(フランなの? 力ずくで押さえました!)


 私の問いに、隣国の王女の意識が答えました。


(力ずく?)


(戦争賛成派が暴れたので、宰相の末っ子様をはじめ、フランの薬でマッスル化して、力で押さえこみました)


 そうか、学園の研究室に置き忘れていた、あのポーションを使ったのですね。



 屋外に意識を飛ばすと、子爵家令嬢が、騎士団長ジュニアの後ろを護っているのが見えました。


(騎士団の状況は?)

 子爵家令嬢に意識をつなげます。


(フラン? 騎馬隊の応援を得て抑えました!)


 私の問いに、子爵家令嬢の意識が答えました。


(騎士団に加え、騎馬隊も動いたのですか?)


(騎馬隊は、フランを崇拝しています。騎士団長ジュニア様をはじめ、薬でマッスル化しています)


 そうか、騎馬隊は、差し入れした食事のお礼を、返そうとしているんだ。


「王弟殿下、今の声が聞こえましたか?」

「あぁ、聞こえた」



「中庭に、火が!」


 窓から、中庭が燃えているのが見えました。騎馬隊長の末っ子と、辺境伯令嬢も見えます。


(その火はなに?)

 辺境伯令嬢に意識をつなげます。


(異世界の兵器が、なぜか全て炎上しました。冒険者“魔法使い”と一緒に、消火しています)


 私に答えた子爵家令嬢の意識は、焦っています。


 中途半端な異世界の知識で作るから! 私は悪態をつきます。



「騒ぎが広がっている、急ぐぞ!」

 王弟殿下とともに、チョビヒゲ侯爵を探します。



「ん? これは」

「歌ですね」


 冒険者“踊り子”の歌が、王宮に流れてきました。心が静まる愛の歌です。


「全体放送のカギを使ったな」

 怒号が止み、王宮の騒ぎが静まってきました。


「歌の力、恐ろしいな」



「王弟殿下、後ろは私たちが護りますので、ホール内の作戦本部をお願いします」


 この声は! 辺境伯が私たちを見つけました。花嫁とメイド長を従えています。


 私は、花嫁である冒険者“武闘家”に、私も戦闘開始することを目で合図します。


 王弟殿下は、なぜかメイド長に会釈し、メイド長も会釈を返しました。なに? この大人の関係は?


 メイド長から、温かな何かを感じます。彼女の凍り付いていた心は、完全に解けたようです。



「フラン、ホールに向かうぞ!」

「は、はい」



「王弟殿下、僕も行きます」

 隠れ家にいるはずの第一王子が、伯爵家令嬢と現れました。


「秘密の通路を使ったのか」


「はい、友好国の令嬢も来ています。今、地下に幽閉されている戦争反対派の幹部たちを解放しています。もう、遠慮はいりません、存分に暴れましょう」


 友好国へ進撃しようとしているのに、隠れていた友好国の令嬢を、表に出したのですか?


 これは、もう、後には引けません。



「皆さんが一斉に立ち上がりましたね」

 王弟殿下に、小声で話しかけます。


「そうだな、これが聖女の力なのかもしれない」


「そうですね、聖女の力なのでしょうね。魔力を媒体に、人と会話できるなんて、魔法では考えられませんし」


「分からない部分が多い。聖女の力のことは、俺とフランだけの秘密だ」


 二人だけの秘密が出来ました。



「いえ、聖女の力などではありません。フラン姉さまの姿が、朝から見えないと、皆が心配して、決起したのです!」


「フラン姉さまの力です!」

 伯爵家令嬢が言いました。


 え? 私たちの小声の会話が聞こえたようです。


「まさか、私が、決起の引き金になったのですか!」


 でも、温かい心の聖女が王宮にいて、愛を守ろうとする戦士たちを決起させ、加護を与えているような、そんな気がします。


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