第44話 侯爵家令嬢とのお見合い
「私ね、結婚するの」
先輩メイドからうれしい報告がありました。
「おめでとうございます、先輩」
王宮の庭のスミで、私は先輩メイドを祝福します。
「昨日、護衛兵の、子爵家の末っ子さんから、プロポーズされちゃって」
幸せそうな顔です。私は少しうらやましいです。
私は、人の恋路を応援するばかりで、自分の恋なんて見つけられないでいます。
昨日、第二王子への襲撃、いえ、証拠はつかめませんが、たぶん友好国の令嬢を狙った襲撃があり、未然に防ぎました。
その際、心配したとおり、先輩は魅了の魔法にかかっていました。
治癒室で魅了を解いてもらいましたが、だれが魔法をかけたのか、だれのお茶に毒を入れようとしたのか、残念ながら分かりませんでした。
先輩が魅了されたタイミングは、直前に飲んだお茶だと、怪しんでいます。
目撃証言から、飲み終わったお茶を片付けたのは、第三王子の事件で所在不明になっているメイドのようです。
飲み物に、薬を入れるのが、あのメイドが得意とする手口のようです。
「私の最後の仕事が、第二王子様と侯爵家令嬢様のお見合いの席に出すお茶だなんて、なんて光栄なんでしょ」
先輩メイドは、魅了されていた時の記憶はありませんので、無邪気に舞い上がっています。
今日は、私は少し離れて待機し、遠くから、お茶会を監視することにしましょう。
◇
本日のお見合い相手は、チョビヒゲ侯爵の娘である侯爵家令嬢です。
ガゼボで、一見すると、二人は仲良く会話している様に見えます。
「友好国の伯爵家令嬢と、ずいぶんと話が盛り上がっていたそうですね」
侯爵家令嬢の声に、トゲが感じられます。
「それは、外交というものだ、通常の対応なんだ」
第二王子は言い訳をしています。
王子は、外では亭主関白なのに、家庭内では尻に敷かれる、そんなタイプですね。
「お父様が、第二王子様の後ろ盾になる話は、聞いていますよね」
第二王子は婿に出る予定でしたので、太い後ろ盾は、これまで、いませんでした。
「ありがたい話だと思っている」
チョビヒゲ侯爵が、後ろ盾になれば、第二王子が国王になる道は盤石になります。
「では、あの作戦も、了承して頂いたのですね」
令嬢が言った、あの作戦とは、なんのことでしょう?
「しかし、貴女の身が心配だ」
「隣国から、技術を買い取りましたので、問題ありません」
なんだ? 危険な作戦なのでしょうか。
二人の会話は、お見合いの会話じゃないでしょ。親父の商談みたいです。
「あ~んして」
侯爵家令嬢が、自分のフォークで、ケーキを第二王子の口に運んでいます。
「あ~ん」
第二王子が、それをパクリと口にしました。
なんだ? 今度は、高等部一年生と中等部らしい二人に戻りました。
こんな時、まだお見合い段階の二人の間接キスを防ぐため、メイドは、第二王子が口にした、令嬢のフォークを取り替える必要がありますが……
あれ? 先輩メイドは、少し離れた場所で、ウットリと第二王子を眺めているだけで、仕事をしていません。
これは、旦那を放っておいて、推しに熱を上げるタイプですね。
いや、そんな事より、フォークを、あ、令嬢がフォークに残ったケーキを口にしました。
これは、失態です。
でも、今日は、王弟殿下が近くにいないので、報告しないでおきます。
令嬢が口にした「あの作戦」という謎の言葉だけを、報告することにしました。
◇
「王弟殿下、あ~んして」
彼の口に、フォークでケーキを運びます。
「あ~ん」
彼は、パクリと食べてくれます。
王弟殿下の執務室で、小芝居を演じてみました。
「フラン、今の俺には立場というものがある、勘弁してもらえないか」
彼は、これまでになく、恥ずかしそうにしました。
王弟殿下は、今は国王代理という要職に就いています。
「国王になるつもりは、ないのでしょ?」
「窮屈な暮らしは嫌だ、それは公言しているが」
なら、小芝居くらい、付き合ってくださいよ。
私は王弟殿下の愛人だと、既に困ったウワサが広まっているのですから。
「彼を国王に据えた後は、どうします?」
「そうだな……旅に出て、色々な国を漫遊したいな」
旅ですか? そうですか、それも面白そうで、いいですね……
しまった!
フォークを取り替えるのを忘れて、そのまま、私が使って、ケーキを食べてしまいました……
この件は、黙っておきましょう。
でも、私の顔は火照っています。
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