第40話 第一王子が追放される


「兄が、国王陛下が、亡くなった」


 王弟殿下の私室に、朝のお茶をいれるため入室した時です。



「第一王子に嫌疑がかかっている」


 突然なんですか! 王国がひっくり返るほどの、大事件じゃないですか!


「これから、第一王子様へお茶を届ける時間なのですが」


「今日、第一王子のところへは行くな」


 私は、どうして良いのかわかりません。


 こんな場合は、まず状況を把握するのが肝心ですが、私の手の届く範囲の事件ではありません。



 執務室の扉が乱暴に開けられ、チョビヒゲ侯爵が踏み込んできました。


「王弟殿下、昨夜は、どこにいらっしゃいました?」


「一晩中、このメイドと楽しんでいた」


「そこのメイド、本当か?」


 チョビヒゲ侯爵が、私を疑いの目で見てきました。



「令嬢の口から言わせるのですか?」


「うっ……」


「これから、もう一度、楽しむところだから、出て行ってくれ」


 王弟殿下の非常識な言葉です。


 悔しそうな顔をして、チョビヒゲ侯爵が執務室から出ていきました。


「王弟殿下、なんてこと言うのですか!」


「大丈夫だ、俺とフランとのウワサは、以前から王宮で流している」



「それが、大丈夫じゃないと、そう言っているのです!」


「ビシッ!」考えるより先に手が出てしまいました。


「すまなかった、でも、王族を平手打ちするメイドなんて、聞いたことないぞ」


「やって良い事と、悪いことがあります!」


 泣きそうな王弟殿下のホホが、赤くなっています。私のほうが、赤面するくらい、恥ずかしかったのですよ!



 王弟殿下が寝室の扉を開けて、ベッドに誘ってきました。


「そんなこと、出来ません」

 私は、拳を握ります。


「勘違いするな、ベッドの下だ、秘密の通路があるんだ」


 王弟殿下は、グーで殴られると思ってか、あわてています。


    ◇


「これが、王族専用の秘密の通路ですか?」

 狭い通路と階段が、長く続いています。


「そうだ、遠くは伯爵家の地下につながっていて、王宮の地下霊安室にもつながっている」


 ずいぶんと歩きました。もう方向感覚が狂って、どこにいるのか分かりません。


「マッピングしておけば良かった」


「もうすぐ着くから。というか、俺の速足に付いてこれる令嬢なんて、普通はいないぞ」


 通路の途中で、王弟殿下が、壁の隠し扉を開けました。


 通路の途中なんて、知らなければ、見つけるのは困難です。まっすぐ進むと、きっと、ワナがあるのでしょうね。



「ここが伯爵家の地下に借りた、俺たちの隠れ家だ」


 王弟殿下は明かりを消して、通路の階段の上、天井を少しずらし、外の音を聞きます。


 外は真っ暗で、音はしません。

 ゆっくりと天井を開けます。


 明かりをつけると、天井は、ベッドの下の床板でした。



「僕はここだよ」


 隣りの部屋から、男性の声が聞こえました。


 離宮にあった白いビーチテーブルとイスが、部屋の中に置かれ、第一王子がくつろいでいました。


「第一王子様?」


「やはり、ここに逃げ込んでいたか」

 王弟殿下は、ホッとしています。


「ここまで、追い詰められました、不覚です」


「フラン、お茶をいれてくれ」


 この部屋は、王族の私室と同じつくりのようです。お茶道具までそろっていました。



「国王は、心臓発作だと公表されるだろう」


「ということは、侯爵の愛人が、薬の分量を間違えたのかな」


 二人は冗談のように軽口をたたいていますが、内容は非情です。


「侯爵が、愛人を国王に献上し、第三王子のように骨抜きにしようとして、酒に混ぜる薬の量を、多く入れ過ぎたのだろう」


「そして愛人は、酒の相手は、僕、第一王子だと証言したってことか」


 敵の奇襲によって、後手にまわってしまいましたが、現状を冷静に分析します。



「そういえば、ここにいることを伯爵家令嬢へ言ったのか?」


「いや、まだだが」


 第一王子は、不思議そうな顔で答えました。


「オメェの妻になる令嬢だろうが! 心配しているぞ、一番に知らせろ!」


「「イエス、マー!」」


 しまった、私の地の顔が出てしまいました。王弟殿下の私室でのやりとり以降、少し気が立っていたのかもです。



「そ、そうだな、長引くだろうから、伯爵家には言っておいたほうが良い」


 二人の王族が、ビビっています。これは、失敗しました。


    ◇


 第一王子の安全を確認した後、私たち二人は、王弟殿下の私室に戻りました。


「申し訳ありません、入ってもよろしいでしょうか?」

 ノックの後、扉の向こう側から声がしました。


「はい、どうぞ」


 扉を開けると、亡くなった国王の侍従でした。


「お楽しみを邪魔して申し訳ありません。王弟殿下、国葬や国王代理の話し合いを行いますので、会議室に来ていただけませんか?」


「俺を、国葬の委員長と、国王の代理にして、国民の目を逸らす腹積もりか。分かった、すぐ行く」


 亡くなった国王の侍従が、部屋を出ました。



「あの侍従さん、今、お楽しみの邪魔って言いましたよね?」


 私は、声のトーンを低くして、彼に言います。


「殴らないでくれ、俺は会議に行ってくる」


 彼は、私が握った拳に気づき、慌てて私室を出ていきました。


「もう!」


 ちゃんと、順番を守って下さい……それなら、私だって覚悟が……


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