第32話 第一王子の婚約者候補がいない
「昨日、隣国の王女が、第一王子の婚約者候補を、正式に辞退した」
離宮で、ランチをいただいている時、王弟殿下が、冷静な顔で言いました。
予想どおりの行動ですね。
王国側から破棄すると、隣国との関係が、さらに悪化するので、落しどころとしてはベターだと思います。
今日は土曜日なので、庭の簡易テーブルを囲んで、王弟殿下と一緒にランチを食べます。気分は最高です。
「老夫婦さんが焼いたベーコンエッグ、美味しいですね」
このベーコンのカリカリ具合、卵のトロけ具合が最高なのです。
私は、卵の黄身を半熟にするのが好きです。
野営では、細かく焼き具合を調整出来ないので、なかなか、美味しいベーコンエッグは作れません。
「たんぱく質の多い食事は、俺も好きだ」
王弟殿下は、焼き具合に関係なく、たんぱく質がどうだとかウンチクを傾けます。
「フランも婚約者候補から外されたから、第一王子の婚約者候補が、だれもいなくなった」
王弟殿下は、王子たちの世話役であり、婚約者候補を世話するのも、お仕事です。
そのお仕事を手伝っているのが私なので、婚約者候補がいなくなったのは、私の失態とも言えます。
「伯爵家令嬢を、正式に婚約者候補にしますか?」
「いや、彼女はデビュタント前だ、まだ早い。二人が仲睦まじいのは分かったから、もう少し様子を見る……ん?」
王弟殿下が、何か思いついたようです。
「でも、側妃でサポートさせれば大丈夫か……側妃としてふさわしい令嬢なんて、いたかな?」
腕を組んで、考え始めました。これは、お仕事モードに入ったようです。
◇
「隣国から、第二王子を婿として受け入れる話を白紙化する通達があった」
離宮で、ディナーをいただいている時、王弟殿下が、困り顔で言いました。
想定外です。
隣国の王女が第一王子の婚約者候補を辞退することで、第三王子の事件で悪化した両国の関係が、表面上は改善された形になった直後です。
王国でも、第二王子の婿の話をどうするか検討していた所だったのに、隣国から先手を打たれました。
第二王子に自分の娘を近づけたチョビヒゲ侯爵は、事前に隣国の動きを知っていたのかもしれません。
「婿として受け入れる隣国の第一王女が、拒否したためらしい」
学園に留学している隣国の王女は、第三王女と聞いています。彼女の姉ですか。
「第一王女は、年下である第二王子との婚姻を、以前から嫌がっていたからな」
第二王子は、留学生の第三王女よりも年下ですからね。
「老夫婦さんが作ったミートボールスパゲッティ、美味しそうですね」
テーブルの真ん中に置かれた大きな皿に、トマトソースを絡めた太めのロングパスタが山のように盛られ、赤ワインで煮たミートボールが周りを囲っています。
「これを、二人で分け合って、食べるのでしょうか?」
今日は、小さめのテーブルに、向かい合って座っています。
「そうだ、自分の皿に、食べたい分だけ取り分ける」
「貴族のディナーですよね?」
「老夫婦は、明日の日曜日、朝から街に出てデートするそうなんで、質より量にしてもらった」
そう言いながら、大皿のスパゲッティを半分以上も、自分の皿に取ろうとしている彼です。
「食べたい分だけですよね」
私も負けずに、大皿からパスタを取り、彼が取ろうとした分まで、こちらに引き寄せました。
「そうだ、食べたい分だ」
彼が、私の分までパスタを取ろうとしてきました。もう、意地の張り合いです。
一口食べただけで、このスパゲッティ、美味いです。
「第三王子の事件といい、隣国の政情は内部で混乱しているようだ」
王弟殿下は、苦虫をかみ潰したような顔で言いましたが、私はお腹がいっぱい過ぎて、そっちで苦しいです。
「留学している隣国の第三王女が、第一王子の婚約者候補から外れ、宰相の末っ子と結ばれることも影響しているのでしょうか?」
もしそうなら、自称、恋のキューピットとして、責任を少し感じます。
「逆に、混乱していることを知っているから、第三王女は、隣国に帰らない道を選んだのだと思う」
「宰相の末っ子がいてくれて良かった。俺が政略結婚させられるところだった」
留学生の第三王女が、王弟殿下へ逆プロポーズに来たのは、二日前のことです。
「第一王子のヤツ、婚約者候補がいなくなって、王宮で引き籠っている」
「学園の宿舎に、私が呼ばれなくなったのは、第一王子様が王宮に移ったからでしたか」
ダンスパーティーの後、私がディナーに呼ばれなくなったのは、伯爵家令嬢へ配慮したためだと思っていました。
「第一王子に、遠乗りなどして、気分転換するよう勧めているのだが」
「私からも、馬での遠乗りを勧めてみましょうか?」
「そうだな、酷くならないうちに、フランの力を借りるかもしれん」
酷くならないうちというのは、大概、既にひどくなっているのですよね。
「俺も、王宮に移ろうと考えている。フラン、俺に付いてきてくれるか?」
「もちろんです。王宮での正規メイドに復帰ですね。お給料の程、よろしくお願いします」
これで、非正規メイドとお別れです。また、お給料が頂けることがうれしいです。
あれ? 彼は微妙な顔で私を見ています。
「でも、学園への行き帰りが大変ですね」
離宮と学園の距離は近いですが、王宮から通うのは、少し大変そうです。
「第一王子の馬車と一緒に、フラン用の馬車を出す」
やったー、彼の太っ腹が発動しました。だから彼のことが好きです……え、好き?
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