第31話 隣国の王女が王弟殿下へ乗り換え


「私は、第一王子様の婚約者候補から外れることを、受け入れます」


 隣国の王女が訪れ、王弟殿下に言いました。


「次に狙うのが、俺の婚約者の座か? それで、ここに来たのか」


 ここは王弟殿下が引き籠っている離宮です。



「そうです。私は人質としての役目をまっとうします」


 貴族の政略結婚ではなく、自分は人質だと言い切りました。


「隣国の王女である私が、この王国に嫁いで人質となり、第二王子が隣国に婿となって人質となることで、両国の戦争を回避します」


 離宮の周りには隣国の護衛兵が潜んでいます。

 少しは気配を隠せ、と思いますが、王弟殿下と私を威嚇しているのでしょう。


 そのためか、この離宮を護る、王国の騎馬兵と、少しもめているようです。



「我が国の、あの侯爵の裏切りがなければ、計画のとおりに進んだのに」


 隣国の王女は、目を伏せます。お付きは、私の同級生の令息一人だけになっていました。


 王弟殿下のお付きも、私一人だけです。


「他を当たってくれ」


 王弟殿下は申し入れを断りました。



 5月も中旬になり、日差しが温かいです。

 ビーチパラソルの下、いつもの白い簡易テーブルとイスに二人が座っています。


 とても王族同士が結婚の話をする雰囲気ではありません。


「他と言われても、あとは側妃の座だけです。私は国の道具ですが、せめて正妃になって本当の愛を知りたいと、そう願います」


 王弟殿下から断られると分かっていて、それでも、ここに来たようです。


「知っているだろう、俺は聖女を待っている。正妃も側妃もいらない」


 私は、護衛兵から見えるようにして、同じティーポットから、アイスティーを二人に出します。



「私には、異世界の魔法である記憶コピーガードがかかっています。大きな利用価値がありますよ」


「そんな一級品の秘密を俺に話すな。貴女が背中の開いたドレスを着ないことは、俺だけ、いや第一王子も気が付いている」


 王女とお付きの令息が、ハッとしています。


「記憶のコピーは異世界の魔法です。私のコピーガードが、王弟殿下に反応し、頼りなさいと、語りかけてくるのです」


 どうも、記憶コピーガードの魔法陣が、王女の背中に刻み込まれているようです。



「フラン、私は、第一王子様の婚約者候補から外れたため、隣国へ帰ることになりました」


 突然、私に話を振ってきました。


「第三王子様の事件に対する、隣国のケジメでしょうか?」


 第三王子は隣国へと駆け落ちして、そこで命を落としました。


 病気だったと公表されましたが、王族であれば、本当は国交を揺るがす事件であったことを、知っています。



「貴女は家名を持たないのに、情報通なのですね。いいのよ、余計な詮索はしませんから」


「ありがとうございます。第一王子様へご挨拶する機会をつくりましょうか」


「いいえ、彼に、合わせる顔はありませんから」


「一人寂しく、この王国から消えるつもりよ」


「一人? 取り巻き、失礼、ご友人たちは……」


「友人ね……私の周りで甘い汁を吸おうとしていた人間は、我が国が関係した第三王子の事件以来、一人二人と離れていき、今は、あの令息一人よ」


 隣国の王女は、少し離れた所に立って控えている令息を、視線で示しました。



「あの令息は……出過ぎたことを言わせてもらいますが、あの令息が、王女様のそばを離れない、その理由を考えたことがありますか?」


 大きなお世話だとは思いますが、ダンスパーティーで愛のキューピットに目覚めた私は、言ってしまいます。


「いえ? この令息は、気が付くといつも私のそばにいて……空気みたいだけど私を助けてくれて……私が第一王子様に寄り添うと、涙する軟弱者で……」


 隣国の王女の、声が少し震えてきました。



「でも、彼が悲しむと私も悲しいので、第一王子様に寄り添うことを止めて……あれ?」


「この令息がいないと、私は……悲しい……この王国から離れたくないのは、彼と離れたくないから……」


 ついには、顔を伏せてしまいました。



「そこの軟弱者、王女様が困っている、その胸ポケットの箱は何だ、王女様が見せろと言っている。今しかないぞ、男を見せてみろ」


 王弟殿下が、意を決したようで、少し離れて控えていた令息の背中を押します。


 令息は、隣国の王女を心配そうに見ているだけでしたが、やっと、歩を進めました。


「これは!」


 隣国の王女が驚きます。

 令息が、王女の前に差し出したのは、小さな箱、いかにも指輪が入っていますという、紺の小箱です。


「私の想いです。王女様、結婚してください」


 令息が、小箱を開けると、中には、ダイヤが付いた指輪が入っていました。



「私の進む先は、イバラの道だ、心得ているのか?」

 隣国の王女の瞳が潤み、声が震えています。


「私が転ばぬよう、いつまでも私に付いてきてくれ」

 王女は、立ち上がり、令息に抱きつきました。


 令息が、胸に顔をうずめる王女を抱きしめました。



 離宮から去っていく二人の後ろ姿を見送ります。


「フラン、またやってくれたな。彼女は隣国に送り返す計画だった」


「しかも、あの令息は、宰相の末っ子だ。隣国に出すわけにはいかない」


 そうだったんだ。


 教室で第一王子とよく話しているので、第一王子へ取り入りたい、ただ頭の良いだけの令息かと思っていましたが、ここでは言わない事にします。


「この王国に、このまま住めばいいじゃない」


「爵位、領地、仕事はどうする? パイの切り分けのバランスを取るのは大変なんだ」


 彼は、困ったフリをしていますが、何か考えがあるみたいです。



「では、あの侯爵を潰しましょ」


「ほぉ、考えが合ったな」


 あの侯爵とは、第三王子の後ろ盾になると言って、私たちをだまし、隣国にだまされたチョビヒゲ侯爵です。


「あの侯爵家令嬢は、今、第二王子の婚約者の座を狙っている」


「第二王子は、隣国に婿として行く予定なのに、意味がないでしょ?」


 隣国へ婿として行く予定は、どうするか検討中のはずです。もしかして、上級貴族の中では、白紙化することが決まったのでしょうか?


「検討中であるが、第二王子が婿に出る話は一旦白紙に戻ることを見越し、なにか作戦が動いているのかもしれん」



「そんなことより、なぜ、王弟殿下は、令嬢のドレスの背中を観察していたのですか? しかも、第一王子様と一緒に!」


 私の問い詰めに、彼は固まってしまいました。


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