第22話(閑話休題)手料理



「僕は、フランの手料理が食べたい」

 第一王子の無茶ぶりが始まりました。



「私のいれるお茶に、不満でもありますか?」

 王子の私室で、私は、メイドとしてお茶をいれます。


「フランのお茶は美味しい。だからこそ、手料理も食べたい」


 王族の宿舎、と言っても男爵家の屋敷くらいありますが、専門の調理人がいます。


 食事に、何不自由なく暮らしている第一王子です。


「第一王子様、わがまま言わないでください。毎日、美味しいごちそうを食べているでしょ」


 私は、テーブルにお茶を出しながら、断ります。



「僕は、庶民の味を知らない。それよりも、フランの手料理という事が大事なんだ」


 考えてみれば、第一王子は、毒見の後の冷めた料理しか食べることができません。


 少し、可哀そうです。



「私の淹れたお茶で満足して……あれ? そう言えば、私のお茶を毒見していませんね」


 茶葉は王宮で検査していますし、お湯を出す魔法、カップ洗いなどは、二人作業でお互いに監視しています。


 お茶道具の棚は、魔法でカギがかかっていて、二人でなければ開かない……あれ? 私が、冒険者“盗賊”の技を使って、一人で棚を開けている事が異常かも……


「フランのことは信頼している。フランが毒を盛ったお茶なら、僕は喜んで飲み干す」


 にこやかな顔で、私を見つめてきますが、私を信頼しているのか、警戒しているのか、まったく分かりません。


「わかりました、次の土曜日に、庭でランチを楽しみましょう」


 仕方ないので、私のほうが折れました。


    ◇


 土曜日は良い天気に恵まれました。宿舎の庭のパーティーエリアで、料理を始めます。


 肉を焼くため、地面にレンガでたき火台を組んで、薪に、魔法で火を点けます。


 香りをつける木材に気を使いました。今日は、串焼きではなく、網焼きにします。



「第一王子様も手伝ってください」


 王子に、下準備で肉のスジを斬らせます。


 第一王子に調理を教えながら進めるので、手が触れ、しかも距離が近いです。これは、恋人同士の料理です。


 直前に塩を振ります。焼き方は肉の種類で変えます。


 今日は高級な肉なので、最初に表面をパリッと焼き、あとはジックリと、中に火を通しますが、余熱でミデアムレアの桃色にとどめるよう気を使い、ジューシーな肉にします。



「あれ? その短刀、高そうですね?」


 二人で、肉を切って食べている時です。


 第一王子が使っている短刀、刃渡りがジョッキ程度で、柄の下には宝石が埋め込まれています。


 その程度なら、普通の高級品ですが、この短刀からは、魔力が感じられます。


「うん、王弟殿下からもらった。僕が護身用にしている国宝級の宝剣だ。これ一つで、この王国が買えるほどの価値がある。」


 さすが、王族は国宝級の短刀を所持しているのですね。って、その国宝級と言われている短刀の油汚れ、誰が洗うのですか?



 第一王子が、皿に盛った肉の塊を、国宝級の短刀で切り分け、野営用のフォークで刺し、かぶりつきます。


「熱ッ、でも、美味い。これまで食べたどんな料理より、美味い」


 それは、今日の肉は、調理人が特別に美味しい高級品を提供してくれたからです。


「ここではテーブルマナーはありませんので、ご自由に食べて下さい」


 王族が、肉にかぶりつくなんて、滅多に見られるものではありません。


「冒険者が仲間と食べる肉は、こんなにも美味いのか」


「第一王子様、口の周りが汚れています」

 ナフキンで、王子の口の周りを拭きます。


 まったく、子供みたいなんだから。



「考えてみれば、父はもちろん、母とも楽しく食事をした記憶はないな」


 第一王子は、いつも一人で食事をしています。

 パーテイーでも、食事には手を付けません。


 第一王子は、常に狙われているからです。


 他の人と一緒に食べるというのも、調味料となって、美味しさを倍増しているのでしょう。



「フランと一緒にいる王弟殿下が、うらやましい」

 第一王子が、しみじみと語ります。


「王弟殿下に食事を振舞ったことはありませんよ。あの方は、どんなものでも、どんなところでも、パクパク食べますから」


 彼は、引き締まった体形なのに、なんでもバクバクと、美味しそうに食べます。



「フラン、これからは、僕と食事を共にしてくれないか」


 こ、これは、受け取り方によっては、プロポーズですよね。


「タダ飯なら、歓迎いたします」


    ◇


 週明けから、ディナーを二人で一緒に食べることになりました。


 でも、運ばれてきた食事を給仕するのは、メイドである私の役目ですし、食べ終わった皿をワゴンに戻すのも、メイドである私の役目です。


 私も食事をとりながら、会話をしながら、メイドの仕事もこなすのは、大変です。子供を世話するお母さんは、こんなに苦労しているのですね。


「第一王子様、野菜も残さないで、全部食べて下さい」


 ニンジンを残すって、子供ですか。


「食べ終わった皿は、下げやすいように、こちらに寄越して下さい」


 普通は、メイドさんが下げてくれるので、自分でする必要はないのですが、私と二人きりの時は、私の仕事を手伝ってください。


「やはり、一緒にワイワイと食べる食事は美味しい」

「これが、母親というものか……」


 私は、婚約者候補ではなく、彼の母親として見られているようです。


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