第二章 第一王子

第20話 第一王子のメイドと婚約者候補



「フランは、王弟殿下の愛人だと聞いているが、もうキスはしたのか?」


「愛人ではありません」


 失礼な第一王子です。こんなんじゃ、せっかくのイケメンが台無しです。



「愛人候補なのか?」


「お茶に毒を盛ってほしいのですか、第一王子様?」


 私は、第一王子のメイドとして、お茶をいれています。さらに、同級生であり、婚約者候補でもあります。


 でも、私の正体は、王弟殿下の非公式メイドです。



「僕も、王弟殿下のことを尊敬している。いわば、フランとは同志だ」


「第一王子は、王弟殿下の愛人だと、ウワサを流しておきますね」


 私の言葉を聞き流して、優雅にお茶を飲んでいます。ここだけ切り取るなら、王族として合格なのですが。


「冒険者パーティーのリーダーとは、お茶目なものなんだな」


「メンバーを信頼していますから」


 忘れていました。私は、第一王子をメンバーとした冒険者パーティーのリーダーでもありました。



 第一王子は立ち上がり、私に近づいてきました。


「ところで、冒険者について、友好国から苦情が来ているのは、知っているか?」


「いいえ、王弟殿下からは何も聞いていません」


 友好国と、なにかトラブルでも発生したのでしょうか?


「そうか……友好国のお転婆王女が『自分は正義の使者だから勇者になるんだ』と、冒険者学校に飛び込んでいったそうだ。その王女に、心当たりはないか?」


 王女? 冒険者学校には、貴族の令息、令嬢もいましたが、そんな高貴な令嬢は、いなかったと思います。


「特定は難しいですね、冒険者学園では、ほとんど、勇者になるんだと、希望に満ちて入学していますから」


 勇者になるんだと入学した生徒は多く、私もその一人です。


 家の都合で、いやいやながら入学した生徒も、少しだけいましたが、私が根性をたたき直し、卒業時には、皆さんが、希望に満ちた、立派な冒険者になっています。



「その友好国のお転婆王女が、所在不明になっている」


「え! 外交問題になりますよね」


 隣国で亡くなった第三王子の事件レベルの大問題です。



「そのとおりだ。しかも、冒険者学校には、勇者のクラスが無い。これはどうゆう事だ?」


 冒険者学校では、私の盗賊クラスをはじめ、戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、踊り子と、職種で分けたクラスがありますが、勇者クラスはありません。


「勇者は、恐怖の大魔王を倒した者が授与される称号で、職種ではありません」


「勇者になれそうな冒険者“戦士”の名簿に、女性はいなかった。フランは、どの職種なんだい?」


 王子は、私に手が届く距離まで、近寄って来ました。


「第一王子様、距離が近いです」

 私は、右手を上げて、彼を制止します。


「フランは、婚約者候補だ。この程度の距離は、問題ない」


 私の唇に触れようと、手を伸ばしてきました。


「ウ……」

 第一王子が、みぞおちを押さえて、崩れ落ちました。


「相手に触れる距離から殴る技です。私がマスターした冒険者“盗賊”の技ですよ」


 私は、戦士や武闘家、魔法使いの技もマスターしましたが、この盗賊が、一番シックリと合います。



「ウゥ……王族を殴ったのか……」


「いえ、婚約者候補が、婚約者に触れただけです」


 ウソです。方便です。


「美しいバラには、トゲがあるか……王弟殿下が手放さないわけだ」


「覚えておいてください。パーティーメンバーが、人としての道を外れそうな時、リーダーは力ずくで引き留めます、これからも」


 第一王子にクギを刺しておきます。



 第一王子が、立ち上がりました。この回復力は異常です。


「フランを婚約者候補に選んだことは、学園同様に、王宮でも騒ぎになっている」


「私なんかを、婚約者候補なんてするからです」


 どうも、第一王子には、ちゃらんぽらんな所があるようです。


「フランの身の安全を考えて、僕のメイドにしたが、必要はなかったようだな」


「どうでしょうか。考えようによっては、正解だったかもしれませんよ。私を野放しにすると、ケガ人が増えたでしょうから」


 私の言葉に、第一王子が、思い出したのか、みぞおちを押さえました。やはり、私の一撃は、効いているのですね。


    ◇


「貴女が、新しい婚約者候補ね」


 学園の廊下で、下級生らしき金髪の令嬢から、声をかけられました。


 なんだか高飛車な、令嬢です。


 私から声をかけても良い爵位の令嬢なのでしょうか?


「私のことを知らないようですね。いいでしょう、教えて差し上げます」


「私は、第一王子様の婚約者候補になっている、隣国の王女です、オーホホ」


 扇子で口元を隠して、高笑いします。


「第一王子様と机を並べるフランと申します」


 とりあえず、カーテシーをとって挨拶します。


「あら、私よりも下だと自覚しているのですね。賢い女性ですね。良いでしょ、側室候補として認めて差し上げますわ、オーホホ」


 通り雨のように、激しい笑い声を残し、立ち去りました。


    ◇


「私のいれたお茶の香りはいかがですか、第一王子様」


「フランは、冒険者あがりの、にわかメイドだと聞いていたが、この香りは素晴らしい」


 イケメンに褒めてもらえるのは、うれしいです。


「そういえば、第一王子様の婚約者候補だと、隣国の王女が、私にケンカを売ってきました」


「聞いている、災難だったな」


 聞いているなら、あの令嬢に注意すればいいのに。



「婚約者候補は3名のはずですよね、あとの1名は?」


「友好国のお転婆王女だが……その王女は所在不明になっているので、実質は2名だ」


 これは、チャンスかもしれません。


「では、その空いている1名の枠を、私に下さい。あんな隣国の王女より、ずっと素敵な令嬢を選んでみせます」


 私は、素晴らしい令嬢に、心当たりがあります。



「美味しいお茶をいれてくれるなら、フランに任せる」


 第一王子の言質を頂きました。


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