第19話(閑話休題)街で買い物デート
「フラン、街へ買い物に行くから、付き合え」
土曜の午後、突然言われ、私は驚いて、読んでいた本から視線を上げました。
ビーチマットに座る私の横、王弟殿下が立っています。
彼の頭の上、離宮の上、空は晴れています。
「街? 王弟殿下、軟禁は解けたのですか?」
二週間ほど前、王弟殿下の留守中に、第三王子が隣国の侯爵家令嬢のもとへと駆け落ちしたことから、責任を取って、彼は、今この離宮に引き籠っています。
「連絡があった。隣国の侯爵一家全員が病気で亡くなり、お家取り潰しとなったことから、俺の失態は無いことになったらしい」
「それは良かったですね、私もうれしく思います」
口ではそう言いましたが、彼も私も、知っています。
病気などではなく、第三王子自身が責任を全うし、幕引きしたことを。
「では、病気療養を解除して、王宮に戻られるのですね」
公式発表では、王弟殿下は、病気療養のため、王宮で寝込んでいることになっています。
「いや、当分は、この離宮で暮らす」
「え? なぜです」
「フランは、学園で暮らしていて、王宮にはいないだろ。ここなら、休日に二人きりで会えるから」
あ~、学園で第一王子を陰から支えるという、私のクエストは継続するのですか。
「では、ここまで来るための、レンタル馬車の代金は、王弟殿下に回しますので、支払いをお願いしますね」
今の私は、王弟殿下の非公式なメイドなので、お給料が王宮のメイドに比べてとても低く、金欠なのです。
◇
「久しぶりの街だな」
離宮に軟禁されていた王弟殿下は、街並みをキョロキョロと見回しています。
「私もです」
考えてみれば、冒険者学校の閉校依頼、王宮の中で働き詰めだったので、街に出てゆっくりする時間なんて、ありませんでした。
「フランは、学園で、第二王子とは会ったか?」
「いえ、学年が異なりますし、第一王子様は、第二王子様を避けているようですから」
「これほどの騒ぎが王宮で起きているのに、隣国へ婿に行く予定の第二王子が、全く動かないのは、逆に不自然だ」
隣国との関係が悪くなったので、第二王子の婿の話を白紙にするのか、逆に、隣国との関係改善のために、婿の話を早めるのか、普通なら動きがあるはずです。
さらに、第三王子の、第一王子の補佐という役目を、第二王子に移すのか、王国の将来の姿を、議論する動きもあるはずです。
「第二王子様までを監視するのは、難しいクエストですね」
「ボーナスを考えてある」
「ありがとうございます」
しまった、目先のエサに釣られて、後先を考えずに、返事をしてしまいました。
◇
「フラン姉さま」
装飾品のお店の中で、声をかけられました。
「あれ? 伯爵家令嬢様、お久しぶりです」
彼女は、第三王子の婚約者候補の一人だった伯爵家令嬢です。
「その服装は、学園の制服ですよね。入学されたのですか?」
私は、砂色のエンビ服、黒のシャツ、黒のパンツに、砂色のロングブーツで、一目で学園の生徒だと判ります。
「その~、幅広い知識を学ぼうと思って」
学園で、第一王子を監視するなんて、言えません。
「あ、王弟殿下とデート中でしたか、お邪魔しました」
買い物を終えた王弟殿下が、会計から戻って来ました。
「いえ、違います、違いますから」
でも、どう見てもデートですよね。
「よぉ伯爵家令嬢、久しぶりだな、今回は色々と迷惑をかけて、すまなかった」
彼女を婚約者候補にしたのに、第三王子をかけ落ちさせてしまったことを、謝罪しました。
公式発表では追放された第三王子、その婚約者候補と言われていた二人の令嬢に、ありもしない噂が飛び交っていました。
まだ中等部の彼女は、とても心を痛めたことだと思います。
「いえ、いいんです。私は、失ったものもありましたが、それ以上に、フラン姉さまを得ましたから」
彼女は、私の腕に寄り添ってきました。
これでは、買い物にきた姉妹と、父親という感じです。
「後日、お茶会でも開こうか」
王弟殿下の提案で、お茶会を開く約束をして、今日のところは、これで別れました。
「伯爵家令嬢様、元気でしたね」
店を出て、二人並んで帰ります。
「表面上かもな」
王弟殿下は、彼女の心のキズを心配しているようです。
「女性は、男をスパッと捨てることができるのですよ」
「そうなのか?」
そうですよ、彼女には、もっと素晴らしい令息を、私が紹介しますから。
「王弟殿下も、捨てられないように、気を付けてください」
悪戯っぽく笑います。
「わかった、とりあえず、これをフランに贈ろう」
彼は、買ったばかりの包みを私に差し出しました。
「これは?」
「ボーナスだ」
箱を開けると、銀色の細いチェーンネックレスでした。
「こんな街中で手渡すのではなく、人目の付かない離宮で着けてくれれば、最高のお返しができたのに……」
「最高のお返し?」
そうですよ、デートの終わりのイベント、決まってますよね……
「いまは、これだけ」
彼の腕に寄り添いました。
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