第17話 王弟殿下の母親代わり



「第一王子の婚約者候補に選ばれたそうだな」


 離宮に戻ると、庭に大きなビーチパラソルを広げ、王弟殿下はビーチチェアでくつろいでいました。


 四月になったばかりですが、日中は、陽の光が温かいです。


 横の白いテーブルの上には、赤ワインが冷やされていますが、なんだか不機嫌そうです。



「王弟殿下が、事前に第一王子様の姿絵を見せてくれないからですよ」


 昨日のオリエンテーションで、私は、第一王子の顔を知らなかったばかりに、婚約者候補に選ばれました。


 学園の授業が始まるまで五日ほどあるので、今日はのんびり過ごす予定です。


「アイツの顔なんか、国民なら誰でも知っているだろ」


「そんな考えは、王族のおごり高ぶりです」


 冒険者学校では、王族なんかよりも、魔獣の姿絵ばかり見ていました。



「庶民が、顔で王族だと一目で分かるのは、王弟殿下だけです」


「そ、それは、なぜだ?」


「王子たちが庶民の前に立って挨拶するとき、いつもそばに立っているじゃないですか。庶民の間では、イケメンさんだと、けっこう、人気があるのですよ」


「そ、そうなのか?」

「そうなんです」



「さ、イスに座ったまま動かないで下さい、髪を整えますので」


 私は、彼の黒髪をハサミで軽く整えます。


 さらに、彼の顔を手で押さえながら、ナイフでヒゲをそります。クチビルに触れた時は、柔らかい感触が指先に伝わってきて、ドキドキします。


「はい、腹黒いイケメンさんの出来上がりです」

「ありがとう、さっぱりした、え?」



「毎日、ちゃんと体を洗っていますか?」

 私は、彼の横に敷かれたビーチマットの上に座ります。


 今日も空は青いです。


「ここにいると、汗などかかない」


「それではダメです! 私は王族の肌に触れることが出来るメイドですから、背中を流しましょうか?」


「い、いや、自分でするから、毎日洗うから……」


 王弟殿下は、恥ずかしがり屋さんでした。でも、頼まれても、流しませんけど。



「第一王子様は、イケメンだったろ」

 王弟殿下は、私の顔を見ないで、きいてきました。



「あいつは、常に命を狙われている」


 王族の悲しい運命ですね。


「なぜ私を婚約者候補にしたんでしょ?」


「フランに母性愛を感じたのかも」


「私が、おばさんに見えたということですか?」


 セクハラ発言は許しません。


「いや、アイツも、母の愛というものを知らない。王妃は忙しくて、母として触れ合うことはできず、数人いる乳母に育てられ、幼い頃から国王になるための教育を強いられてきた。本当は可哀そうなヤツだ」


 そういえば、私も両親がいないので、親の愛というものを知りません。



「他の王子様たちは、母の愛を知っているのですか?」


「知らないだろうな……特に、第三王子は」


 第三王子が駆け落ちしてしまった原因に、母の愛を知らないという心のスキが、あったのかもしれません。


 今頃、どうしているのでしょう。お相手の令嬢と、幸せになっていれば良いのですが。



「王弟殿下は、母の愛を知っているのですか?」

 恐る恐る、たずねてみました。


「俺は、兄の、国王のスペアとして育てられ、いつか現れる聖女との結婚を義務付けられた、可哀そうな男だ」


 彼は、イケメンなのに、予言に振り回され、花の青春時代を棒に振った被害者です。


「聖女は、現れませんでしたね」


「恐怖の大魔王も現れないから、まぁ、良かったんだろう」


 私は、大魔王を倒し、勇者になることを夢見ていました。もう、かなわぬ夢かもしれません。



「しかし、聖女を異世界から召喚する動きがあるみたいだ」


「え、そんな召喚魔法があるのですか……」


 聖女が召喚されたら、彼は……どうするのでしょう。


「聖女に、会いたいですか?」


「ここまで待ったんだ、会ってみたいが、結婚は相手次第だし、今の俺は……」


 彼は、なぜか、最後まで口にしませんでした。

 今の俺は、なに? 彼には、誰か会いたい女性がいるのでしょうか?



「そうだ、私が王弟殿下の母親代わりになります」


「そして、聖女よりも素晴らしい女性を探します」

 私は精一杯、王弟殿下を励まします。


「そ、それはうれしいが、フランは結婚しないのか?」


「私は、勇者になる目標を失って、今は空っぽです」


 冒険者学校が閉校になって一カ月、そろそろ、具体的な将来目標を考える時期です。



「では、俺が兄になって、フランに素晴らしい男性を探してやる」


「兄? 父親でしょう」


 王弟殿下は、父親のようで、兄のようで、でも、私は父も兄も知りませんから、想像です。


「そんなに年は離れていないから」


「私と結婚できるくらいの年齢差ですか?」


「そ、そうだ……」


 冒険者学校の同級生に「二回り年上の方が魅力的だ」と言っていた令嬢がいたことを、思い出しました。年の差なんて、そんなものなのでしょうか?


「もし、現れた聖女が、おばちゃんや、幼女だったら、どうするつもりですか?」


「その状況は、考えていなかった!」



 彼は、腕を組み、考え込みました。


 その時は、私が……いや、なんでもありません。


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