第10話 男爵家令嬢の揺さぶり



「第三王子様の気持ちを聞かせていただけたら、私は、今の婚約の話を破棄したいと思っております」


 男爵家令嬢が、あり得ないことを、第三王子へ要求しました。


 第三王子は、この男爵家令嬢のことを偶然に抱きしめてから、気になって、しょうがない様子です。



 本日は、第三王子と男爵家令嬢との相性を確かめるため、王宮の中庭のガゼボで、二人きりにして、王弟殿下と私は少し離れ、気配を消して監視しています。



 通常であれば、男爵家令嬢と王族とが婚約することはあり得ません。


 しかし、この男爵家令嬢の出生を、王弟殿下が秘密裏に調べたところ、隣国の男爵家から、この王国の子供のいない男爵家へ養女となったと、記録の上ではなっています。


 でも、どこか違和感があったとのことでした。


 それで、しばらく泳がせて、正体を探ることにしています。



「僕の気持ちは、分かっているだろう」

 第三王子が答えますが、ちょっと待って下さい。


 二人は婚約者候補、しかも選定中です。プロポーズみたいな発言は、厳禁です、事前に教えたでしょ!


 うわ! テーブルの上で、二人が指を絡ませました。



「ケーキをお取りいたします」


 私は気配を消すのを止めて、二人の間に割って入ります。


 男爵家令嬢の指の絡ませ方が、冒険者“踊り子”の技に似ていました。


 男爵家令嬢の付き人は、少し離れて控えていますが、冒険者“踊り子”ではありません。


 これは何かがおかしいです。大事な所を見落としているのかもしれません。



「こちらは、隣国から取り寄せた特別なケーキになります。少し酸っぱい果物を添えてあり、お口に合えば良いのですが」


 このケーキは、大人の味です。二人には、まだ早いはずですが、これは王弟殿下の指示です。


「私は子供ではありません。ウメベリーの酸っぱさは問題ありません」


 男爵家令嬢は、赤いウメベリーをフォークで器用にすくって、第三王子の口元へ運びました。


 第三王子はうれしそうに飛びつきました。


「う、酸っぱい」


 第三王子の酸っぱそうな顔は、貴重です、眼福です。


「すぐに慣れますよ」

 令嬢は優しく、意味ありげに笑います。



 王国で、この隣国のケーキの果物が、ウメベリーだと言える令嬢は、まずいないでしょう。隣国で育った令嬢でなければ……


 魔法で、そのフォークに小さな雷を発生させます。


 男爵家令嬢は驚いて、フォークをテーブルの上に落としました。


「フォークを取り替え致します」


 第三王子の口に入ったフォークを、男爵家令嬢から取り上げ、予備と取り替えました。


 間接キスなんて、10年早いわ!



「メイドさんは、第三王子様と恋仲なのですか?」

 侯爵家令嬢が、私に敵意を向けてきました。


「いいえ、人違いです」

 さらっと否定します。


「そうですか。私の知り合いに第三王子様のメイドがいて、第三王子様には気になるメイドがいると言っていたもので」


 侯爵家令嬢と私の間に火花が散ります。


 聞いている第三王子は、オロオロしています。

 ちゃんと否定してください!



「第三王子様が私をさらっていく夢を、毎晩見ています。いつか、本当のことになると、信じています」


 夢見る少女の様なことを口にして、妖艶な美魔女のような、中等部の令嬢は、第三王子に迫りました。


「僕は大人になる。そして、貴女をさらいに行く」


 こちらは、頭でっかちで、本当の大人をわかっていない、本物の王子なのに、ガキそのもので、あきれます。


 そんな駆け落ちみたいなことをしたら、追手に捕まって、投獄行きです。後悔する二人の姿が浮かびます。


 この二人には、そんな覚悟があるのでしょうか?



「本日は、ここまでだ」

 珍しく、王弟殿下が割って入りました。


「ここは、犯罪者の打ち合わせ場所ではない」


 この声は、怒っています。

 正義感の強い王弟殿下らしいです。


 彼の仕掛けたワナの結果にも、気が付いているようです。


 ウメベリーは、隣国でも、王族レベルでなければ口にできない、見ることもかなわない、高価で貴重な果実ですから。


    ◇


「王弟殿下には、さらってしまいたい令嬢は、おりますか?」


 王弟殿下の執務室で、彼は、私が入れたお茶を口に運んでいます。


 突然、たずねてみましたが、意外にも、落ち着いています。


 これは、さらおうと、考えたことがあるという、そういう事ですね。



「令嬢をさらって、その後、二人が自由に、幸せになれるとは思えない」


 彼は、目先の幸せよりも、さらった後の、令嬢の幸せを考えていました。


 昔、何かあったのでしょうか?



「私は、逃げ切れる自信があります。隣国への抜け道も知っておりますから」


 冒険者であれば、追手から逃げ延びて、二人っきりで、暮らしていくことなど、可能です。


「昔は自分の気持ちから逃げてしまったが、今の俺は、一人の令嬢のために、王国を敵に回す覚悟はあるぞ」


 私は、少し驚きましたが、彼らしい答えでした。

 そんな彼だから、私は気になるのでしょうか……


「王弟殿下なら、敵に回った王国を、滅ぼしそうですね」


「そうだな、好きになった令嬢が望むなら、それも面白い」



「フランなら、自分を好きになった男性と、二人を引き裂く王国、どっちを選ぶ?」


「え? 私は……戦わないで、愛する二人が幸せになる、そんな平和な世界を作ります」


 王弟殿下にとって期待外れの回答だったようで、燃え尽きたような顔になっています。


 でも、夢のような理想を掲げるのも、たまには良いでしょ?


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