第09話 伯爵家令嬢の姉さま



「フラン様、キスをすると世界が変わるのですか?」


 伯爵家令嬢から、突然の相談です。


 王宮の応接室で、二人きりなので、他の人に聞かれる心配はありませんが、これは深い相談です。



「か、か、変わる人もいるかもしれませんが」


「フラン様は、変わらなかったのですね?」


 普段は人見知りする令嬢ですが、私にはグイグイ来ます。


「け、け、経験がないので、分かりません、すみません」


 キスの質問を、なぜ私に相談するのですか?


 冒険者は、冷静な判断の障害になるからと、恋愛は禁止されていますから。



「王弟殿下とは、キスしていないのですか、残念です」


 なぜ、王弟殿下! しかも、残念ですって何!


 私はメイドですよ、たとえ、キスしていたとしても、言えるわけが、ありませんよ。


 心臓がドキドキしています。



「最近、学園で、第三王子様から、人目の付かない二人っきりになる場所へ誘われることが多くて、困っています」


「その件については、王弟殿下から第三王子へ注意して頂いています」


「第三王子様が、私へ異常に近づいてきて、体を触られそうで、怖いのです」



「私が、冒険者の護身術を教えましょうか?」


 東の国から伝わった合気道という技なら、令嬢の力でも男性を組み伏せることができます。


「いえ、そういう意味ではなくて……」


 あ、そっか、危険からは、逃げるのが基本でしたね。



「私は、恋に前向きになれないのです」


 そう言われても、恋への向き合い方は、習わなかったです。


 魔獣との向き合い方は習いましたけど。魔獣の間合いから外に、かつ、正面には立たないように位置取りして……はっ、現実逃避してしまいました。


「第三王子様の期待に応えられないことで、悩みたくないのです」


「私は、冷めているのだと思います。お互いの熱量が違うと感じています」


 魔獣との向き合い方は、熱くならない事です。ということは、魔獣と恋は、同じ向き合い方で良いのかも。



「伯爵家令嬢様は、この男性となら波長が合うとか、感じたことはありますか?」


 魔獣を倒す時は、攻守の波を見極めることが大事です。


「私が、合わせるようにしております」


 魔獣に合わせてばかりだと、相手のペースになってしまい、勝てません。これでは、恋に勝てないでしょう。



「では、趣味・し好が同じだとか、感じたことはありますか」


「私が、合わせるようにしております」


 もしかしたら、魔獣と恋は、別物かもしれません。


「私は、愛されたいのなら、まずは自分が相手を愛し、気持ちを伝えていくように心がけなさいと、教えられてきました」


 それは、回復や治癒の魔法と通じる所がありますね。


 冒険者パーティーでは、回復役はメンバーに尽くすタイプです。ということは……


 伯爵家令嬢は、男性に尽くすタイプなのですね。



「もしかして、伯爵家令嬢様は、ダメ男に好かれるタイプでしょうか?」


 回復役は、ダメ男に好かれやすいのです。


「皆さん、ご立派な屋敷の令息でした」


 回復役が優れているパーティーは、他のメンバーがダメでも、意外と勝てるのですよね。


 でも、尽くすタイプの女性は、ダメ男を、ダメだと気が付かない場合も多いですね。



「例えば、女性にだらしないとか、浪費家だとか、そんな男です」


「よくご存じですね。私が振り回されることが多かったので、私に近づかないようにと、お父様が、令息に釘を刺してくれました」


 冒険者パーティーが解散するのと似ていますね。

 では、伯爵家令嬢の悩みを解決する方法は……



「伯爵家令嬢、これからは必ず、親しい友人に相談して、悩みを聞いてもらうことを、推奨いたします」


 一人で悩むより、パーティーメンバーが話し合うことで、より正しい道を見出せます。


「わかりました。フラン様が、私の姉さまになって下さるのですね。うれしいです、フラン姉さま」


 伯爵家令嬢の瞳が、キラキラと、私を見つめています。


「え?」なんで、そうなるの?


    ◇


「王弟殿下、キスをすると世界は変わるのですか?」


 王弟殿下の執務室で、彼は、私がいれたお茶を口に運んでいる時に、たずねてみました。


 お茶の温度が、いつもより熱かったのでしょうか、彼はあわてて、お茶をこぼしました。


「なんだと、フランに、キスしたい相手が出来たのか、誰だ、俺が斬り捨ててやる!」


 斬り捨てるって、やはり、魔獣と恋は、似たものなのでしょうか?


 王弟殿下の顔が怖いです。



「私じゃありませんから、私はキスなどしませんから、誓いますから、落ち着いてください」


 興奮している彼をなだめます。


「フランのことは……妹のように心配なのだ」


 王弟殿下、今度は、泣きそうな顔になっていますよ。情緒不安定なようです。


 でも、私は、妹以上、恋人未満ですか……私を心配してくれる彼のことが、最近、気になります。



「妹ですか……そこは、娘でしょ」


「娘も可愛いと聞いているが、俺とフランは、そんな年の差ではないぞ、可愛い妹だ」


 王弟殿下は年齢不詳ですけど、国王陛下よりは若いので……年の離れた妹が正解ですね。


 どうも、キスという言葉を聞いてから、今日の私は少し変です……


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