第08話(閑話休題)記憶を盗む魔法



「フラン、書庫へ行って、この本を持ってきてくれ」


 王弟殿下の執務室で、彼はいつもどおり、私のいれたお茶の香りを楽しんでいます。


 お湯とカップの温度、茶葉とお湯の量、抽出時間に気を付けているだけですが、茶葉の質が良いためか、わずかに調合されたレモングラスの香りが、さわやかな朝を演出してくれます。


「承知しました」


 私はフラン、彼の、ただ一人のメイドです。



 彼は、王弟殿下であり、爵位は高いのですが、領地を持たないため、それほど裕福ではありません。政治的にも、重要なポストには就いておらず、気楽に暮らす、独身貴族です。


 イケメンでユーモアもあるのですが、予言の聖女が現れたら結婚する義務があるので、結婚の面では将来性が無く、近づく令嬢はいません。


 いや、女好きとのうわさが無ければ、全ての令嬢にアプローチする悪癖が無ければ、まぁまぁモテたはずです。



「古の聖女に関する書物ですね」


 メモに書いてあった本の名前は、恐怖の大魔王を封印した聖女に関する古い本で、冒険者学校の教科書に載っていました。


「書庫は、本を番号順に整理しているから、その番号で探せば、すぐに見つかるはずだ」


 メモには、小さく番号が書いてありました。


    ◇


「王弟殿下から頼まれた仕事だから、カギは、開けてもいいんだよね?」


 王族用の書庫には、魔法でカギがかけられていました。


 でも、冒険者“盗賊”の私なら、開けられます。



 扉を開くと、執務室より広い部屋、薄暗い中に、私の手が届く高さの本棚が並んでいます。思っていたより、こじんまりした書庫でした。


「番号順か、この本かな……」


 薄暗くて見えにくいですが、その本だけ、ホコリが払われて、最近、誰かが読んだ形跡があります。


 本を、棚から抜いてみました。


「人の記憶を盗む魔法?」


 カギがかかっています。



 カギがあると、開けたくなるのが、人間ですよね。興味半分で、魔法のカギを開けて、中を見ます。


 どうも、異世界の魔法のようですが、描いてある魔法陣が、この世界の道理に合っていないので、これでは不完全でしょう。役に立たない本なので、棚に戻します。



「恐怖の大王を封印した聖女に関する記録、これか」


 ホコリが積もった本です。番号も合っています。


「フラン、カギを開けるカードキーを渡し忘れていた」

 王弟殿下が書庫に入って来ました。


 私に、魔法のカードキーを渡し忘れていたようです。


 彼の後ろで、扉が重みで閉まり、カチッと音がしました。



「あ!」

 彼は、あわてています。


「どうしました? カードキーで開けて下さい」


「カードキーは、執務室に置いたままだ……」

「え、なんで?」


「慌てて追いかけてきたから……」


 薄暗い部屋が、静まり返りました。



「閉じ込められた、男女二人きりになった、スキャンダルになる、どうしよう」


 うろたえる彼の姿、可愛いです。


「責任をとって頂けますか?」

 少し意地悪な問いかけをします。


「責任はとる、必ずとる、しかし、この様な形ではなくだ」


 彼は、重厚な扉をなんとか開けようと格闘しています。


 私は、手にしていた本を棚に戻します。


「約束ですよ」

 そう言いながら、私は彼に近づきます。



「約束する、必ず守る、しかし、この様な形は不本意だ」


 彼は、何かを感じ取って後ずさりして扉に背をつけました。


 薄暗い中なのに、彼の黒髪、黒い瞳が、艶っぽく光っています。


 私は、彼に抱きしめられる距離まで近づき、彼の後ろの扉に、手を掲げました。


「カチッ」と音がして、カギが開きます。


「え?」



「私は、冒険者“盗賊”ですよ」

 驚く彼に、微笑みかけます。


「王族用の書庫のカギだぞ?」

 彼は信じられないという顔をしています。


「古い型のカギは、新型に変えることを推奨します。それでも、私なら開けれますけど」


 長身の彼を見上げます。

 蛇ににらまれたカエルのようです。


 いまなら、私を抱きしめられるのに……


「はい、ご指示のあった本です」


 棚から本を取り、彼に渡します。


「あ、ありがとう」


 本を渡した時、指先が触れました……


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