第06話 男爵家令嬢の誘惑



「第三王子様が学園でケガを負いました!」


 王弟殿下の執務室で、お茶をいれている時、学園に付き添っていたメイドが飛び込んできて、緊急の連絡がありました。


 階段から落ちる男爵家令嬢を、第三王子が助けた際、腕にケガを負ったとのことです。


 これは一大事です!


「今、どこ?」

「王宮の寝室へ運びました」


    ◇


 私室の寝室で眠る第三王子の症状を、王弟殿下と診ます。前腕が紫に腫れています。


「二本ならぶ骨のうち、細い一本にヒビが入っています」


 王弟殿下に報告して、木で固定します。


「冒険者の資格は、ダテではないな。上手いもんだ」


 第三王子のメイドがいれてくれたお茶を飲みながら、王弟殿下が褒めてくれました。


「周りに分からないように、治癒魔法を使います」

 褒められたので、特別大サービスです。


「え? 冒険者“僧侶”じゃないのに、治癒魔法を使えるのか」


 王弟殿下は、飲んでいたお茶の手を止めました。


「秘密ですよ」

「では、頼む」

 私の治癒魔法は、僧侶の回復魔法よりも強力ですが、今はそんなことを自慢している場合じゃありません。



「学園は、しばらく休ませる、フランは看病を頼む」

 第三王子のメイドを信用していないようです。


「俺は、こいつが助けた男爵家令嬢の素性をしらべる」


 デビュタント前の令嬢は、王弟殿下のアプローチリストに載っていないようです。



「王弟殿下様、学園のご令嬢が、第三王子様の見舞いにいらっしゃいました」


 メイドが報告に来ました。


「王族エリアには、入れさせるな。救護室に案内しろ」

 王弟殿下が、手早く指示を出します。


「承知いたしました」


「第三王子様は、治癒魔法で折れた骨は、つなげましたし、熱も下がりましたので、歩いても大丈夫です」


 この状態なら、お見舞いに対応できることを伝えました。


「わかった。だが、車椅子を準備しろ。ケガを偽装する」


 王弟殿下は、何か違和感を感じているようです。


「階段から落ちたのは、令嬢のお芝居だったと、お考えですか?」


 私の言葉に、王弟殿下は小さくうなずきました。


「確信はないが、俺たちも同席しよう」


 お芝居だったとしたら、王族にケガをさせた重罪です。


 王子たちの世話役である王弟殿下の仕事は、大変なようです。



「第三王子様、目が覚めましたか」


 王子が、ベッドで動きました。


「うん、夢を見ていた」


 まだ、ボーッとしています。


「ご令嬢が見舞いに……」状況を説明しました。


「そうか、すぐに会う」


 なんだ、この対応の早さは? 違和感があります。


   ◇


 救護室に移動します。私は、第三王子の車椅子を介助します。


「男爵家令嬢、貴女を助けようと、抱きしめたことを、許してほしい」


 第三王子は、受け止めたのではなく、抱きしめたのですか?


「身を投げ出して、私を護って下さった第三王子様に感謝いたします」


 この令嬢に、ケガがないようで、まずは、良かったです。


 二人とも、顔を真っ赤にしています。

 これは、抱き合って、恋に落ちた男女ではありませんか!


 第三王子を車椅子に座らせていなければ、ここでも抱き合っただろうと、そんな勢いです。



「私は、回復の魔法を使えるのですよ」

 令嬢が、第三王子の前腕を素手で触りました。


 王族の肌に直接触るなんて、マナー違反も甚だしいです。


 そして、第三王子がうれしそうにしているのも、気に食わないです。


 ん? 回復してませんね。


「不思議だ、痛みが引いていく」


 え? 第三王子、それは私の治癒魔法で、さっき、折れた骨を治したからですよ。



「面会時間は終わりだ」

 王弟殿下が、強制的に二人を引きはがしました。


 第三王子は名残惜しそうですが、私は車椅子を押して、救護室を出ます。


「僕は、真実の愛を見つけた……」


「それは勘違いです」

 私の忠告など、第三王子には届かないようです。



 お見舞いを手短に切り上げて、正解だったと思います。


 第三王子が政略結婚の相手以外に、恋心を抱いては、危険です。


 でも、もしかしたら、手遅れかも。


 それだけ、独身の若い男女を触れ合わせるのは危険なのです。


 ケガの治癒は出来ても、恋煩いは治せません。


    ◇


 第三王子を自室へと送り届け、部屋で飲んだお茶のカップなどをワゴンに乗せて、私たちは部屋を出ます。


 廊下を、王弟殿下と二人きりで歩きます。なぜか、王弟殿下は、私の横を歩きます。


「やはり、フランのいれたお茶のほうが、美味しい」


「ありがとうございます」

 答えた後、少し、無言の時間がありました。


「私は、王族の肌に直接触れることが出来る特級メイドの地位を頂いていますから、王弟殿下に何かあったら、触れても良いのですよね?」


 こんな時ですから、一応、確認します。


「もちろんだ、フランは特別だ」

 王弟殿下は、当然のことだと言いました。


「そ、そして、逆もあることを、覚えておいてほしい」


「逆? 王弟殿下が私の肌に触れるのですか!」

 突然言われて、私は混乱します。


「緊急の場合だ、勘違いするな」

 顔を真っ赤にして、王弟殿下は執務室に戻りました。


 ワゴンの上には、王弟殿下が口をつけたカップ……洗わないで、持ち帰りたい……ダメダメ、仕事優先です、危なかった~!


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