第05話 伯爵家令嬢のとりこし苦労



「第三王子様は、フラン様を愛しておられます」

 伯爵家令嬢から、突然、告げられました。


 本日は、第三王子と伯爵家令嬢との相性を確かめるため、王宮の中庭のガゼボで二人きりにする作戦です。


 しかし、伯爵家令嬢をガゼボに案内し、イスを勧めたところで……予想をはるかに超えた展開になりました。


「ま、まさか、中等部の第三王子様から見たら、高等部の私はおばさんに見えてると思いますが……」


 自分で言うのもなんですが、第三王子が、年上の担当メイドである私に、しかも家名を持たない私に、愛情を抱いているとは、少しも思えません。



「第三王子様は、容姿や身分などで、女性を差別する方ではありません。フラン様を見る目が、愛していると、そう語っていました」


 中等部の乙女によくある嫉妬心とも、なんだか違うようです。


「第三王子様に確かめたのですか?」


「そんな事、恥ずかしくて聞けません」

 伯爵家令嬢が、顔を赤らめます。


「私は、ガゼボの席から離れます。どうか、お二人で、愛を確かめ合ってください」


「伯爵家令嬢様、誤解です」

 私の言葉を聞かず、伯爵家令嬢は走り去りました。


「どうしよう……」

 ガゼボの横に立ち、青空を見上げます。


 王宮の上の空は、青く澄み渡り、静かなままです。



 時間どおりに、第三王子が、王弟殿下とともに、ガゼボに来ました。


「フラン、伯爵家令嬢はどうした?」

 王弟殿下が、不思議そうな顔をしています。


「それが、私と第三王子様とで、話し合ってもらいたいと言われて……どこか近くに隠れているはずですが……困りました」


 王弟殿下に説明できる内容ではありません。


「「は?」」彼と第三王子が、驚きます。


「俺が伯爵家令嬢を探してくるから、なんだか分からないが、二人で話し合っておけ」


 王弟殿下は、伯爵家令嬢を探しに走り出しました。



「僕に何の話があるのだ?」


「そ、それが、伯爵家令嬢が言うには、第三王子様が私に恋をしていると……」


「は?」第三王子が、一瞬、固まりました。


「そ、そんなわけないだろ、僕が恋しているのは、他のメイドだ」


 うわ、これは爆弾発言です。


「よ、良い天気ですね……」

 空を見上げ、今の言葉は聞かなかったことにします。



「とにかくです、伯爵家令嬢様の誤解を解いてください」


「恋する乙女は、第三王子様の愛に不安を持っていますから、好きだと口に出して、正面から言ってやって下さい、いいですね」


 弟のような第三王子に、言い聞かせます。



「話し合いは終わったか?」


 疲れた顔で王弟殿下が戻って来ました。

 横に伯爵家令嬢を連れています。


「はい、終わりました」

 私も疲れた顔で返します。


「いいですね、第三王子様」

 もう一度、念を押してから、王弟殿下と一緒にガゼボから少し離れます。


「僕は、王弟殿下のメイドを愛するわけがない」

 第三王子が誤解を解き始めました。


「でも、第三王子様の目は、愛する女性を見つめる目でした」

 伯爵家令嬢の声は、ふるえています。もしかして、泣いているの?


「僕は、貴女を婚約者としたい、好きなんだ」


 うわ、ド直球です。


「あのメイドは、王弟殿下の愛人なんだ。僕の婚約者にふさわしくない」


 私を王弟殿下の愛人と言いながら、第三王子が伯爵家令嬢に、顔を近づけました。


「はい、そこまで」私が割って入ります。


「予定された時刻になりました。次回の予定は、後日連絡いたします」


 私は、事務的に、いや、強制的に閉会を宣言します。



 伯爵家令嬢が、帰り際、私に近寄ってきて、耳打ちしました。


「フラン様。あのまま、キスされるかと思いました。中等部では、あってはならない行為ですから、困っているところを助けて頂き、ありがとうございました」


 メイドの私に“様”をつけました。この令嬢は、良い子です。


    ◇


「今日も疲れたな」


 王弟殿下の執務室で、彼は、私が入れたお茶を口に運び、ため息をつきました。


「そういえば、伯爵家令嬢様を探しに行って、疲れた顔をしていましたね?」


「俺の中等部時代の話を、根掘り葉掘り聞かれた……」


 彼が中等部だった頃の、恋愛の話でしょうか? 私も聞いてみたいですね。



「そうでしたか。年頃の男女は、とても難しいです」


「ところで、第三王子とは、何を話したんだ?」


「第三王子様には、恋仲になっているメイドがいるようです」


「へ? 大ゴトじゃないか」


「すぐに調べろ。いや、調べなくてもいい。たぶん、侯爵の推薦で採用したメイドだ。」


 彼は珍しくあわてます。

 チョビヒゲ侯爵の狙いが読めないのでしょうね。


 そんな作戦などではなく、中等部の令息が、妖艶な年上の女性に憧れる、一時的な病気だと、私は軽く考えます。



「王族は、メイドに手を出す風習でもあるのですか?」


「そ、そんなわけないだろ、逆に、使用人へ手を出すのは禁止されている」


 彼は、少しドキッとしたようです。なにか、やましい事でも、しているのでしょうか?


「私のことを、王弟殿下の愛人だと、第三王子様が言っていましたよ」


「使用人を愛人にした事例はあるが、俺は、フランを愛人ではなく……」


 私を愛人ではなく? なんなのですか? 彼は黙り込みました。



「私は、メイドですよね……」

 なんだか、心が、チクチクします。


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