サトウの執着心にも似た探求心は、中学生になっても変わることはなかった。

 授業中は教師の進行を妨げることはなく、至極真面目な授業態度であったが、何か気になることがあると授業後や放課後に教師を質問するために職員室に出入りして質問攻めにする姿を良く見かけていた。

 「先生。ここの内容ですが…」

 「先生、先程の授業の中で言われていたここの箇所についてですが…」

 

 気になったことはとことん確認するその姿勢を、真面目な生徒として好ましく思う教師もいれば、やはり面倒と感じていた教師もいたようであった。相変わらずサトウと一緒に過ごしていた私へ、サトウの質問癖はどうにかならないかと相談してきた教師もいたくらいだった。

 逆に私にサトウを見習え、という教師もいたが。

 自らの評判が二分に分かれていたのを知っていただろうに、サトウは一切意に介さなかった。

 「仮にだよ。先生たちから嫌われて、通知表や内心に影響出たらどうする?」

 

 中学二年の冬のある日。

 高校受験の文字が見えてきても、全く在り方を変えなかったサトウ。

 放課後。クラスの人間は帰宅しているか、部活動でほとんど教室にいない時間。外からは運動部の声と、吹奏楽部が練習する楽器の音が混ざる日だった。

 いつものように教師を質問攻めにしてから教室に戻ってきたサトウは、教師からの評判についてどう感じているか、なんて私から聞かれるとは思わなかったのだろう。質問に珍しく目を丸くして、少し考える素振りを見せた。

 見せた、とは述べたが多分考えていたのはほんの数秒、長くて十数秒だった気もする。若い頃の思い出故か、体感時間が長く思えたのも知れない。

 「どうして怖がる必要があるの?」

 サトウが続ける。

 「私にとって怖いのは“正しいもの”を知れないことだ。知るためなら何と思われても、先生たちへの質問は惜しまないよ」

 カチリと黒板の上にある時計の針が進んだ。

 私はその時に初めてサトウと友人になった気がした。

 

 周りからは仲の良い二人と思われていただろうが、私の中で、それまでサトウとは“気の合う同級生”から先には進めていない気がしていた。小学生の時分に感じた壁を持ったまま、今に至っていたと思っていた。

 今の今。

 サトウが見せる探求心の理由を、揺るがない核を見せて話してもらったことで壁が砕けて“サトウ”という人間に触れて、やっと友人になることができた気がしたのだ。

 「そういうスズキはどうして私と一緒にいるんだい?私とつるむことで色々言われてるんだろう?一部の教師からは好かれていないのを分かっているのに」

 心底不思議そうに、今度はサトウが私に問う。

 「君が友人として好ましいからかな」

 どこまでも真っすぐに、ぶれることなく求めていくその姿が。

 「私にはないものだから、教師がどうこう言おうと君と一緒にいることが私にとっては大事なんだよ」

 勝手に感じていた壁が壊れて、上辺ではなく友人と言える。きっとこれまで教師が何を言っても右から左に流してきたのは、今日この日のためだったと思えるほどに。

 「サトウと一緒に過ごす中で私も私にとっての“正しさ”を知ることができるかもしれないし」

 夕方五時のチャイムが鳴る。

 あかね色の光が差し込み教室の中、あの小学生のクラス替えで初めて話をした日から、今まで見たことのない嬉しそうな表情のサトウが、私の目の前にいた。

 

 以降。

 何の因果か高校も一緒だった私たちは変わらず一緒に過ごしていた。“正しさ”を知るためのサトウの姿勢も、サトウを見守る私も何一つ変わらず。

 そうして私たちは大学進学で初めて離れることとなったのだった。

 「きっとサトウは変わらないんだろうね」

 卒業証書を握ったサトウはうなずいた。

 「うん。変わらないよ。私はこの先も変わらない」

 証書の入った筒が私へ向けられた。

 「私は変わらない」

 「そして君を変わらない。私と知り合って、私を友人として。私を見守り続けて、私を知ろうとしてくれている君も」

 「君が何も言わない、君の性質もこの先きっと変わらない」

 高校を卒業後。

 私は県内の大学へ、サトウは地元から離れて進学をした。小学校から一緒だった私たちが初めて離れた瞬間だった。

 

 それからサトウは地元で開催された成人式にも顔を出すことはなく、私たちは高校卒業後から何年もお互いに顔を合わせることはなかった。高校時代に携帯番号とメールアドレスを交換してはいたが、お互いに頻繁に電話をするような性格でもなく、ただ電話帳に登録をされている番号となっていた。

 離れてから知ったのだが、サトウは筆まめな性格のようで。電話やメールをすることはないのに、何故だか季節の便りは絶えることはなかった。年賀状も毎年毎年送ってくる性格であったらしい。進学で離れたのは惜しかったのだが、離れないと知らなかっただろう一面を知ることができたのは悪くなかった。

 書き出しはいつも時節の言葉から始まる手紙は、サトウらしい細かい箇所を大事にする性格を感じることができた。メールにすれば出しに行く手間もないだろうに。

 「大学ではこれまでのような質問をしても丁寧に教授たちが教えてくれるから、とても日々が充実している」

 「成人式には久々にそちらに帰りスズキの顔を見たかった。フィールドワークの日程上、参加が難しくなってしまった。なかなかそちらに帰れずに申し訳ないとは思っている。」

 「君もバイトや研究で忙しいのに手紙をくれるので、自分も頑張ろうと思える。忙しいのに何年も文通に付き合ってくれてありがとう」

 私はサトウと違って至って平々凡々な大学生活をおくっていたので、最近の授業やどんなゼミに進もうと思っていること。バイトであったことなど、代わり映えのない内容しか伝えることができなかったのにそれでも喜んでくれていたらしい。私は私でこの手紙のやり取りで高校以降のサトウの続きを追えるような気がして楽しさを覚えていた。

 大学も一緒であったらこのようなやり取りはなかったのだから。

 

 「大学を卒業後はまず日本をあちこち行ってみたい。今の研究に関することだけではなく、自分の知らない物事が多くあるから、それらに一つでも触れたい」

 就活の足音が聞こえ始めたとき、そんな将来の展望が綴られていた。ずっと変わらない部分があることに、この時の私は安堵したことを何故か今でも覚えている。大学卒業、就職と世間一般では当たり前の流れに乗ってほしくなかったのかもしれない。

 そうしてそれぞれの大学を無事留年もなく卒業し、私は実家を離れた。

 引っ越し先も伝えていたのでその後も文通は続き、ある日届いた手紙にはこう書かれていた。

 「もうすぐどこかで久々に顔を見せることになるかもしれない」

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