『カイトウ』

いちじょうこうや

 『狂気』

 気が狂うこと。また常軌を逸した心。

 (小学館 【日本国語大辞典 第二版 第四巻】)



 私があの人…名前は伏せて、サトウと呼称しよう。サトウと私が出会ったのはもう十年近く前。小学校高学年のクラス替えの時だった。

 それまではクラスの異なるただの同学年の人間。それまでサトウと私は全く関わりがなく、たまたまこの時に席が前後となり、話すようになったのが全ての始まりだった。

 偶然のこの出会いは私にとって、とても面白いものであった。

 小学校高学年、生まれてやっと十年くらいであったのにこの時までサトウと話したことがなかったことが悔しくてたまらなかった。それだけ妙にサトウとうまが合ったのだ。

 サトウは特別運動ができたわけでも、飛びぬけて勉強ができていたわけでもない。俗に言われる、“どこにでもいる子ども”であった。子どもにある、いたずらをするとかもやっていたわけではなかったと思う。

 

 ただ、サトウはその時から一際異彩を放っていたことがあった。

 それは“何かへの執着心にも似た探求”。

 「サトウは色んなことを知っているんだね」

 およそ十そこらの子どもと思えない様々な知識に驚いて、一度尋ねたことがある。

 サトウは笑ってこう答えた。

 「知りたいんだ」

 「何を?」

 「正しさ、を」

 「正しさ」

 「そう。正しさ」

 放課後の教室。図書室から借りてきた本を読んでいたサトウは、しおりを挟んで本を閉じた。

 「世の中には私の知らないことがたくさんある。世の中の正しいといわれることをたくさん知ることが、身につけることができたら、私も正しくなれそうな気がするんだ」

 まるで自分は正しくないもののように話すサトウに、ほんの少し壁のようなものを感じながら、教えてくれた理由に私はうなずくしかできなかった。

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