ファイアミッション
24.魔砲(一)
☆ ☆ ☆
翌日。
ルシルは砲隊鏡をのぞきながら「ほほぅ」とつぶやいた。
「今日のパーティーはなかなかの猛者ぞろいですね。面構えがちがいます」
年季の入った装備品は経験値の高さを証明している。(つまるところ金回りはわるそうだ)
ダイヤルを回すと、刃こぼれを数えられるくらい寄せていた視野が、いっきに広角に切りかわった。
「九、十……十一人。しかも大所帯ときては、いそがしくなりそうです」
鏡筒から目を離して、
「ユータ、弾の準備はどうですか?」
砲座の斜め後ろで、大鍋が火にかけられている。鍋の中でグツグツと煮えたぎる魔女のスープを、祐太は長いしゃもじでかき混ぜながら、
「ちょうどいい
ドロドロしたスープの表面で、まん丸な砲弾が浮き沈みする。
祐太はやっとこで砲弾をつかみ上げ、足もとに並べて置いた。床の上には、煮込んだ砲弾が十ほども並んでいる。
「そういえば、教官はどこに?」
「トレグラなら様子を見てくると飛んでいったきり、戻って来ません。まぁ、いつものことです」
「砲撃に巻き込まれなきゃいいけど」
「ドラゴンは頑丈ですから、当たったところでどうということはありません」
陽射しが強い。
太陽は高度を増しつつあった。まだら模様の雲の影が森の上を流れてゆく。
おそるべき人喰いの森にも、冒険者はちゃんと目的があってやってくるのだ──と、祐太がぼんやりと地平線に目を向けていると、森の一角に青白い閃光が走った。
たちのぼる白煙が肉眼でも確認できる。
「はじまったようです」
魔法使いがところ構わず攻撃魔法を撃ちまくる。
炎、稲妻、突風を広範囲に発生させて、反撃の隙を与えない。敵がひるんだところで、武器を手にしたメンバーがいっせいに突っ込んだ。
剣や斧、大鎌で手当たり次第に刈りまくる。
彼ら冒険者の目的は『ミント結晶』を手に入れること。ミント結晶は人喰いミントの体液が結晶化したもので、魔法薬などの原料として高く売れる。
とはいえ、言うまでもなくモンスターミントを制圧するのは容易ではない。成長した茎は梁のように太く、強靭で、攻撃魔法ごときで決定的なダメージを与えられるはずもない。
おまけに四方八方、あらゆる方向から襲いかかってくるツルの勢いを、完全におさえこむのは不可能だ。
それでも──それだからこそ、戦士たちは刈って、刈って、ひたすら刈って、ナメクジがはうような速度で前進するより他にない。
森の奥深く、どこに存在するかも分からないミント結晶を求めて、人間対ミントの長い戦いが始まった。
新鮮なミント臭は戦闘の激しさを物語っている。それは風に乗って、すぐに
「そろそろヤツらが来ます」
二日続きのミッションで、なんとなく森のざわめきというか、不穏な気配のようなものを察するようになった二人だった。
ルシルは祐太に向き直って、口を開いた。
「砲撃用意」
「砲撃用意」
祐太は復唱して、大砲の尾栓をひらいた。
鋳造の古くさい大砲だ。こんなのを積んだ海賊船どうしが、互いに撃ち合う昔の映画を見たことがあるような無いような。
「十六サンチ、コルドロン弾」
「十六サンチ、コルドロン弾」
鍋つかみで砲弾を持ち上げ、
「装填完了」
「三種スパイス入り特製スープ二杯」
「三種スパイス入り特製スープ二杯」
祐太は大きなお玉で魔女のスープをすくうと、砲尾の漏斗状の穴にそそぎこみ、それを二度繰り返した。
「装薬完了」
冒険者パーティーの活動地点から数キロ離れたポイントで、羽をひろげたカメムシが次々と上空へ舞い上がる。
「飛んで火に入る夏の虫、です」
ルシルはふたたび砲隊鏡をのぞきこんだ。
「目標、冒険者パーティーに接近中のカメムシの群れ。速度、標準的なカメムシの飛行速度」
観測された数値が、次々とレンズに表示される。
「方位、六四八。射角、九六七」
砲身が自動で動き、勝手に照準をあわせた。
祐太は道火用の長い杖を手にとった。杖をにぎったまま魔力を発動する。
「まだまだ……充分にひきつけるのです」
レンズに
カメムシの編隊が円環に突入し、群れの中心がドットに重なった瞬間、ルシルは号令を発した。
「撃てっ!」
祐太は杖先を砲尾に差し込んだ。
杖を伝わって流し込まれた魔力に、特製スープが反応する。
爆発的なエネルギーの放出。
轟音とともに、煮込み三時間の魔砲弾は天高く撃ち出された。
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