23.施工管理技士

昼食後。


フューリーは大樽の前で宝箱に腰かけている。


祐太の視線は、青い光を放つ球体に釘づけだ。


青い球体は、フューリーが手にする白墨チョークの先端でくるくる回転している。


白墨は大樽にふれていない。かわりに球体が大樽に接近し、そこに記されたルーンをなぞってゆく。


印を囲んで幾何学的な模様が現れた。模様は部分的に光ったり消えたりを繰り返す。


最後には模様の全体が輝いて、そして消えた。残ったのは印だけだ。


トレグラスがペチャペチャと張りのない拍手をした。


「腕はおちてないねー、フューリー! またこうしてフューリーの特殊技能を見られるなんてー、ラッキー!」


「特殊技能ってなんですか?」


祐太がたずねると、トレグラスはその質問を待っていたとばかりに宙返りして、


「フューリーは『魔法ゲート施工管理技士』なんだよー!」


ぽかんとする祐太。


ルシルは「やはりそうでしたか」とうなずいている。


「リアクションうすいねぇー!」


「それは……特別な能力なんですか?」


「もっちろんだよー! みんなが好きなところに好き勝手にゲートを作ったらどうなるー? 悪用するやつらがいっぱいでてきてぇ、世の中大混乱さー! だからぁ、特別な技能が必要なのさー!」


フューリーはヒザをさすりながら「よっこらしょ」と宝箱から立ち上がった。


「今回は施工じゃなくて、調整だけね。それじゃ、動くかどうか確かめてみましょうか」


コホンと咳払いすると、


「──本部へ」


かたん、とフタがはずれて、樽の中が青白く光りはじめた。




大樽の中をくぐると、そこは本部カルメランだった。


六角形の小さな部屋。床には魔法ゲートのルーンが刻まれている。


この部屋は今朝、祐太たちがダンジョンに出発した部屋だ。


「たっだいまー! おっかえりー! みんな、無事に戻ってこれてなによりー!」


真っ先に飛び出したトラグラスが、帰宅と出迎えの両方をこなした。


「さっすがフューリー! ほんっと、助かったよー! ありがとぉー!」


「こちらこそ、危ないところを助けてもらって感謝してるわ。さて、問題はなさそうね。ゲートの動作確認を頼まれてたんだけど、これであたしの仕事も完了。できることはここまでね。今後のことは現役の隊員にまかせましょう」


フューリーは新人隊員たちに向かって、


「二人ともがんばってね。また店にもよってちょうだい。あたしも時々は顔を出してるから」




ふたたびダンジョンに戻ってくると、目の前に横倒しの大樽が並んでいる。フューリーの仕事に間違いはなかった。


「そういえばぼくたち、まだ仕事してないような気がする」


祐太は首をひねった。ずいぶん働いたような気がするのに、不思議だ。


「ユータ、今日はもうおひらきにしましょう。なんだか気分的に疲れました。こういう日があってもいいと思います。ヤカンの中身も空っぽですし」


「そうだね」


「よくないよー! まだ勤務時間内だよー!」


「トレグラ。あんな生態系等に被害を及ぼすおそれのある侵略的植物と巨大害虫は農業食料省か環境保全省におまかせするのです」


「とにかくー、今日は予行演習のつもりだったからぁー、最後にそれだけはやっておきたいんだよぉー!」


「よこうえんしゅう?」 


「ふっふっふー! 二人とも、興味深いものを見せてあげるよー!」


罠だった。


興味深いものという言葉につられた二人は、数分後、監視塔のらせん階段をえんえんと登り続けていた。


祐太は肩で息をしながら、


「ここって……外から見たら、十階建てくらい、あったよね……ふぅひぃ」


「おのれ、ドラゴン……ゆるすまじです……。はぁ、はぁ。待ってください、ユータ。ふへー……」


やっとのことで最上階に到達した時には、「今度の休日は図書館に行って、ドラゴンに効く呪詛魔法を調べましょう」というルシルの提案に祐太も同意していた。


「とーちゃくー! おそかったねー!」


二人とも最後の力をふりしぼって上官に抗議しようとしたけれど、すぐにその決意を忘れてしまった。


息を呑む光景だ。最上階の一方には壁がなく、広大なミントの森が眼下にひろがっている。


そして、大パノラマにむけて想像もしていなかった物が設置されていた。


祐太の目には、どこからどう見てもそれは大砲だった。


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